老舗書店「有隣堂」の公式YouTubeチャンネル『有隣堂しか知らない世界』のプロデューサー兼ディレクターで、初の著書『愛される書店をつくるために僕が2000日間考え続けてきたこと キャラクターは会社を変えられるか?』を上梓したハヤシユタカ氏。当初は登録者数が伸び悩み、さまざまな手を打っていたが、あるとき「小手先のテクニックじゃ登録者は増えない」と気づいたという。いったい何があったのか、当時を振り返ってもらった。
チャンネル登録者数を増やすために……
失敗はまだある。チャンネル登録者数の増加策がことごとくうまくいかなかったことだ。
1本目の動画公開から8カ月でチャンネル登録者数は1万人に達したが、その間には停滞期もあった。具体的には、直前の7カ月目までは登録者数が4000人ほど。ずっと「微増」の状態だったのだ。
チャンネル登録者数というのはとても重要だ。この数字は「視聴者のお墨付き」の指標となるからだ。
考えてほしい。もし今から新しく面白いYouTubeチャンネルを開拓したいなと思った時、登録者数が10人のチャンネルと、100人のチャンネルと、1万人のチャンネルがあったらどれを見るだろうか。1万人だと思う。それだけの人が、見る価値アリと「お墨付き」を与えているからだ。
そのため、僕たちは多少強引にでも登録者数を増やそうと、焦りに焦ってさまざまな施策を行った。
ひとつが、有隣堂の店舗で発行するレシートに、ブッコローのイラストとチャンネルにアクセスできるQRコードを印字したことだ。
小売店の優位性を最大限に使った戦略。これで毎日、約5万人のお客さんに一気に告知をすることができる。
全従業員にチャンネル登録のお願いを
しかし、効果はまるでなかった。冷静に考えれば、内容もわからない企業チャンネルのYouTubeのために、わざわざスマホのカメラを起動して、レシートのQRコードにかざして、アクセスはしないだろうなと思う。
次に、全従業員にチャンネル登録のお願いをした。何しろ自社が新たな戦略として始めた「企業YouTube」。当時いたアルバイト含めて約2400人の従業員は、こぞって登録してくれるに違いない。
しかし、登録者数はなかなか2400人に到達しなかった。
「よし、じゃあ社員全員にスマホを出させて目の前で登録させよう」なんて暴論も飛び出したが、それはパワハラすぎるため、結局は地道にお願いした。結局、2400人の到達には5カ月かかってしまった。
しかし本来であれば、この手法は有効なはずだ。個人のYouTuberと企業YouTubeで何が違うかと言えば、組織力。ステークホルダーと呼ばれる、従業員やその家族、株主や取引先に協力してもらえれば、企業規模に比例した登録者数が手に入る。
なぜ、有隣堂ではうまくいかなかったのかと言えば、残念ながら従業員の理解が得られていなかったからだ。社員の平均年齢が50歳近くというのも関係があるのかもしれない。
登録者数が一気に伸びた理由とは?
では結局、何が原因で登録者数は伸びたのか。
きっかけは2021年2月8日の午後8時に起きた。当時月間約4億PVを誇っていたニュースサイト「ねとらぼ」が「『ぶっちゃけAmazonで買った方が安くない?』大手書店チェーン・有隣堂のYouTubeチャンネルが正直すぎて面白い」という記事をアップしたのだ。
常日頃、隙あらばYouTubeの登録者数をチェックしていた僕は、記事公開の1時間後、午後9時に異変に気付いた。登録者数が更新ボタンを押すたびに増えていく。SNSをチェックすると、震源は「ねとらぼ」の記事だとすぐに判明した。慌ててYouTubeチームの渡邉郁さんにLINEを送る。
ハヤシ「ねとらぼの記事、把握されてますか?」
郁「まさに今発見して、お送りしようと思ってました!」
ハヤシ「有隣堂に連絡とかあったんですか?」
郁「ありません。1時間ほど前から急に再生数も登録者数も伸びてますね。いろいろなサイトで記事転載もしていただいて……一気に行けるとこまで行きたいです」
この記事をきっかけに、チャンネル登録者数は爆発的に伸びていく。
記事が公開された2月8日時点では5392人。2月24日には1万人を超え、3月6日に2万人突破。3月18日には3万人に到達する。
「面白い動画を作り続けること」が一番大事
この記事の掲載は寝耳に水だった。こちらから記事掲載をお願いしたわけでもなく、それどころか事前の取材もなかった。
読んでわかったが記事にしていただいたのは、これを書いた「ねとらぼ」のライターさんが『有隣堂しか知らない世界』を純粋に「面白い」と思ってくれたからだった。
記事にはこんな文章があった。
書店員さんたちはただ自分が好きな物をプレゼンしている様子で、あまり売る気が感じられません。『書店のYouTubeってことは商品の宣伝でしょ』と思って覗いてみると、逆に心配になってしまうほど。
そんな自由なノリに拍車をかけるのが、MCを務めるフクロウ(ママ)のぬいぐるみ「R. B. ブッコロー」の本音爆発なつっこみです。
僕たちが当初から大切にしていた「素直さ」を、この記事ではとても評価してくれた。本当に嬉しかった。
チャンネル登録者数を増やすために、あらゆる強引な手段を用いたが、「ねとらぼ」の記事で大切なことに気付かされた。
結局は「面白い動画を作り続けること」が一番大事ということだ。
『有隣堂しか知らない世界』の魅力についてもっと知りたい人は→再生数は計1300万! いま書店「有隣堂」のYouTubeにハマる人が続出しているワケ