NHKの二人のディレクターがOSO18の足跡を追った取材記録をまとめた『異形のヒグマ OSO18を創り出したもの』。ハンターとヒグマの攻防も本書の読みどころの一つだが、ベストセラー『嫌われた監督』の著者・鈴木忠平氏は、「取材者の本能を揺さぶられる。ドキュメンタリーを手掛けるディレクターたちの葛藤とが胆力が詰まった作品」と評する。
鈴木忠平氏の渾身の書評をお届けする――。
劇的なもの、がなくなってしまったなかで
映画を見るときは映画館に行くようにしている。飲みの誘いはなるべく断らないようにしている。文筆を生業にしていると、そうでもしなければ、座り慣れた仕事部屋の椅子から立ち上がろうとしないし、勝手知ったる自分の生活圏を離れようとしない。だから想定外との遭遇を求めるなら、用事をつくって玄関を出るしかないのだ。
ところが最近では、どの電車に何時に乗って何両目にいれば最短で乗り換えができるのか、そんなことまで計算している自分がいる。映画館に行く前には、作品のレビュー評価を検索し、飲みに出る前は店に関する口コミを調べている自分がいる。効率化して最適化して、失敗しないように失望しないようにリスクを減らし、結局は70点くらいの、予想していたものに限りなく近い体験に終始している。
どこかへ旅に出てもしかりである。そこに何があるのか、どんな体感を与えてくれるか、出発する前から分かってしまっている。いつしか私の日常には0点やハズレがない代わりに、想像を超える劇的なものもなくなってしまった。肉体も思考も想定内の安全圏に留まろうとするのは人間の本能なのだろうか。そうであってもなくても、少なくとも私は抗えずにいる。
『異形のヒグマ』は2019年に北海道東部の標茶町に出現した一頭のヒグマと、それを追う特別対策班を描いたノンフィクションである。ドキュメンタリー番組の制作を担当したNHK札幌放送局のディレクター2人が共著でまとめた。
酪農家が放牧している牛を次々と襲ったその雄グマは、最初にそれらしき姿が撮影されたのが標茶町のオソツベツという場所であったこと、その時に残った足跡の直径が18センチメートルだったことから、「OSO18」と名付けられた。
これまでクマが牛を襲うという事例はほとんどなく、さらに最初の一枚を撮られた後はどれだけ罠を仕掛けても、いくらカメラを設置しても、なかなか姿を捉えることができなかった。
五十頭以上もの牛を襲い、一部だけを食べて殺すという猟奇性と、人間の考えを見抜いているかのような奇怪さから、OSO18のニュースは全国へ発信され、道東を震撼させる巨大な怪物ヒグマの存在は世の中に知れ渡っていった。あたかも静かな田舎町に連続殺人事件が起こり、正体不明のシリアルキラーがメディアや人々の関心を集めるような現象であった。
本書の著者のひとりである有元優喜氏と知り合ったのは2021年の冬のことだった。その頃の私の状況を少しだけ書くと、プロ野球の北海道日本ハムファイターズが新しいホームスタジアムを建設するまでを描いたノンフィクション作品に取り組んでいて、取材のため、札幌に長期滞在していた。
ドキュメンタリー番組愛好家を自認する私は、「ヤノマミ」や「イゾラド」などのNHKスペシャル・アマゾンシリーズで知られる国分拓さんが札幌放送局に勤務していることを知り、夜な夜な市街某所で国分さんと会っていた。せっかくの機会だから聞きたいことを聞いてしまおうと取材の舞台裏などをズケズケ訊ねていた私にとって、最も印象的だったのはアマゾンの奥地で金鉱山を掘る男たちのドキュメンタリー「ガリンペイロ」の舞台裏であった。
姿なき怪物を追い続けて
人生の一発逆転を賭ける前科者や社会からこぼれ落ちた者たちが、法の届かない密林の奥で共同生活をしている。必ずや人間の本性が剥き出しになるような何かが起こるはず。そう考えた国分さんは、自らも巨大なゴキブリやムカデが這うバラック小屋に寝泊まりしながら、じっと待ったという。
そしてある日、緊迫の場面がやってくる。ずっと仲間になじられ続けていた気弱な男が散弾銃を持ち出したのだ。目の前で殺人が起こるかもしれない。どんな場面でも回し続けることで知られる相棒のカメラマンもさすがに制止に入る。
ところが国分さんは動かず、カメラを回し続けるよう指示したという。もちろん長い取材の中で、彼が撃たないと分かっていたのだろうが、何より動き出した場面を止めたくなかったのだという。焼酎グラスを握りしめた私が、そうしたエピソードに頷いたり膝を叩いたりしている席に、札幌放送局の若手ディレクターとして、国分さんの薫陶を受けていた有元氏もいたというわけだ。
札幌から片道5時間はかかる標茶町へ頻繁に通っていた彼は、ときに取材を終えた足でそのまま酒席にやってきて現場の様子を聞かせてくれた。いかにOSO18の生態が通常のヒグマとかけ離れているか。対策班の中に単独捕獲実績が150頭を超え、道内外で最強と言われる赤石正男というハンターがいて、突然変異体のようなこのヒグマをどう捉えているか。全国的な注目を集める怪物が最強のハンターによって仕留められる場面とはどんなで、その映像をどんな番組にしようと考えているか。
彼の話を聞きながら、私たちも想像を膨らませて、ああした方がいいとか、こうした方がいいとか、好き勝手に意見を口にしながら、ドキュメンタリーの宴は夜更けまで続いた。本書を序盤から引っ張るのも、この未知の対象を追うという緊迫感である。
だが、その後もOSO18は対策班の前に姿を現すことはなかった。かろうじて設置した監視カメラにそれらしい影が映っても、後に残されるのは牛の死骸だけで、罠にその姿はない。夏が終わり冬が来て、また次の夏が来る。広大な山と丘陵地にたった一匹の熊を探すことの困難さを突きつけられたまま、時間だけが経過していく。
次第に有元氏は取材チームの山森英輔氏とともに、都会で消費されるための分かりやすいストーリーへの疑念と、それすら得られないのではないかという諦めを募らせていく。2023年の夏には対策班のリーダーである藤本靖に悪性リンパ腫が見つかり、追跡を中断せざるを得なくなった。この頃の有元氏はもう姿なき怪物を追うことをやめようかと考えるようになっていた。
その矢先に、追跡劇は突然の終わりを迎える。
2023年8月21日の夜、有元氏は札幌市内の自宅でドラマを見ていたという。連続殺人事件を追う2人の刑事が主人公のサスペンスで、タイトルは「怪物」であった。
「国分さんに勧められて一度観始めたら止まらなくなりまして、ずっとテレビの前にいました。あの頃はOSOの取材についてあまり考えたくなかったので、仕事から逃れるという意味もあったのかもしれません。取材を始めて2年で、まだ一度も映像を撮れていない。実物のヒグマすら自分の目で見ていない。なんかこの取材は最初からずっとフワフワしているなって。
プロデューサーは『じっくりやりなよ』と言ってくれていましたけど、局内には、本当にいるかいないか分からないクマを追いかけて、いつまでやってるんだという空気もありました。OSO18ではなく、ウソ800じゃないかと、冗談とも本気ともつかないことを言う人もいましたから」
有元氏がドラマという非現実の中へ逃避していた夜9時、携帯電話にメッセージが入る。
対策班の藤本からだった。
すでに解体されていた「怪物」
『OSO捕獲−−』
突然の報せは以下のように続いていた。
『場所—釧路町仙鳳趾付近
体重—330kg
捕獲日—7月30日
DNA照合済み
牧草地に居る所を有害駆除(銃)
獲ったのはうちらじゃないよ』
すぐには呑み込めなかった。まず釧路町は今までOSO18が現れたことのない場所であり、当然ながら自分たちもカメラを回したことはなかった。さらに見つけたのは対策班でなく、仕留めたのは赤石でもないという。有元氏は薄暗い部屋で呆然とするしかなかった。
この後の釧路総合振興局の発表によれば、撃ったのは今年からライフルを持ったばかりの役場職員であり、初めて仕留めたヒグマがOSO18だったという。つまり自分たちが追い続けてきた怪物は、見当外れの場所で、ビギナーハンターによって、あっさりと仕留められたのだ。
なぜ、そんなことになったのか。有元氏は道東へ向かう。足取りは重かったという。
「OSOが捕まったことで、次の日の昼には札幌放送局のプロデューサーのところへNHKスペシャルで番組をやらないかという話がきて、取材する僕たちのところにも伝わっていたんですけど、正直無理だろうと思いました。恥ずかしいものはつくれないという気持ちと、何より、番組をつくるに値するだけのものをまったく見出せていなかったので」
標津町の赤石と、入院中の藤本を訪ねてはみたが、そもそも彼らの任は他者によって果たされており、20日以上も前に亡骸となったヒグマをこれ以上、追跡する気配はなかった。追い討ちをかけるように、OSOの肉が東京都内のジビエレストランで供されているという情報がSNSに出まわった。
まだ見ぬ怪物はすでに解体され、肉すら残っていなかった。死の謎を解明する手がかりは見当たらず、もし取材者が自分の中でシナリオを描いていたとすれば、それはほとんどゼロになったのだ。
だが本書はここからクライマックスを迎える。想定外の結末に取材者が頭を抱えて絶望したところから、さらに生き生きと動き出すのだ。
捕獲の連絡を受けてから2日後、有元氏はOSOを解体したという業者にたどり着く。何とか骨だけでも探そうという彼の前に現れたのは解体場の裏にある巨大な堆肥の山だった。以下、本文の抜粋である。
『堆肥場は、ゴミ捨て場というよりも、例えるなら小学校の体育館ほどの広さに近かった。その空間に堆肥が押し込められ、高さ三メートル近くまでうずたかく積まれている。堆肥の山をよく見ると、バラバラになったエゾシカの骨や毛皮が中からはみ出し、ところどころ突き出している。
エゾシカ数十頭分、いや数百頭分はあろうかという骨は、発酵による熱の力で深い焦げ茶色に染まり、八月の酷暑の中だというにもかかわらず、こんもりとした山からは湯気が立ちのぼっている。家畜の糞尿が長期間貯め置かれ、増殖したアンモニア臭。腐敗した野生動物の内臓や毛皮から発生する酸っぱさの混じった饐えた臭い。生物の生きた名残が蒸発しきらずにゆらゆらと宙に漂っている。(中略)
探すのは不可能だと思った。ダンプカー三台分の堆肥。腐敗しきった数百頭分の動物の残骸。それらが混じり合った異臭の山にOSO18の亡骸は埋もれていた』
業者はひとこと、「無理だよ」と言った。絶望的な光景を前に、有元氏はその言葉に頷くしかなかったという。だが一度諦めた彼は翌日、防護服に身を包み、ゴーグルと手袋を装着して再び堆肥の前に立った。「だから無理だって」という業者を説得し、残滓の山にスコップを突き刺すのである。
生きるうえで最も幸福な要素とはなにか
本人に筆が乗ったという自覚があるかないかは定かでないが、野生動物の糞尿や内臓が入り混じった汚物の描写であるというのに、彼の人生の中でも最悪の体験のひとつだったはずなのに、この場面は鮮烈で、読み手に固唾を飲ませる。これまでずっと対策班の背中を追って、カメラの後ろから怪物が仕留められるのを待っていた取材者が安全圏を飛び出し、自らカメラの前に立った。その途端、文章もストーリーも躍動し始めるのだ。
「とにかくカメラを動かさないといけない。場面を動かさないといけない。その一心でした。入局したばかりの頃から、よく言われたんです。ずっと座ってインタビューするのではなく、場を動かせと。例えばインタビュー相手が自宅の物置に珍しいものがあると言うのであれば、それを見せてもらえませんかと、取材対象と一緒に物置きまでいく。そうすると映像が動くわけです。
だから、我々にはとにかく場面を動かさないといけないという強迫観念みたいものがあるのかもしれません。あの時は目の前にある事実を追うことに必死で、なんとか骨だけでも、とにかくOSOの実体を見なければという気持ちでしたし、もし骨が見つからなかったとしても、少なくとも探す過程はカメラに映るわけですから」
使命感に駆られたわけではない。安全圏の外へ踏み出したという自覚もない。ただ気づけば堆肥の山の前に立っていた。有元氏はそう振り返った。私はそれを聞いて、人にはこういう本能もあるのだと再認識した。シナリオのない現実の事物を相手にする取材者の本能である。そして彼のこの行動が一頭のヒグマに〝人格〟を与えることとなり、本書はラストで、我々人間に対して、自分たちが生み出した社会の歪みや軋みを突きつけるのだ。
OSOが死んでから数年が経ち、本書が刊行されて数カ月が経った先日、連れ合いがこんな話をしてきた。
「知ってる? OSO18って小さい頃から肉ばっかり食べてたんだって。普通は木の実とか植物が主食なのに、そんな極端に肉食へ偏ったクマってこれまでほとんどいなかったんだって」
骨から分析された研究結果が正式な論文となって発表され、ニュース報道されたのだ。ドキュメンタリーを見なければ、それに類する本も読まないという連れは、その情報に触れて初めて、「怪物」としかイメージのなかったあのヒグマに何があったのか、その生涯に思いを馳せているようだった。
へえ、そうなんだと返事をしながら、私はあらためて有元氏が堆肥の前に立ったシーン思い起こしていた。あの場面、現場にいる彼だけでなく、読者である私まで昂ったのは何故なのだろうかと考え直してみた。
当てが外れるかもしれない。あるいは何も得られないかもしれない。リスクを抱えながら結末の見えないことに向かっていく。冒険性や無謀性の先に訪れる遭遇はドキュメンタリーやノンフィクションの核を成すものであると同時に、現代社会においては、生きる上での最も幸福な要素なのかもしれない。何しろ、どんな最新機器やアプリを覗いてみても、決して手にすることはできないのだ。
ここのところ、ずっと抱いていた私の予感はほとんど確信に近いところまできている。(了)