毎月700万円ずつ増えていった
「手元の資金約5000万円が一瞬で吹き飛び、投資家引退を決めました」
悔しさをにじませながら語るのは、仮想通貨トレードを生業としていた投資家・佐藤氏(仮名)だ。
佐藤氏はもともと日本で外資系コンサルタント会社に勤務。手元の貯金と退職金をあわせた4000万円を元手に、ドバイに移住し、仮想通貨トレーダーへと転身した。
「趣味で仮想通貨のデイトレードをしていました。年間で数百万円は勝てるようになったときに、専業トレーダーを目指すようになりました。会社での異動なども重なり、専業トレーダーになることを決意。退職金も合わせて“種銭”は4000万円でのスタートとなりました」
専業トレーダーとなった佐藤氏が、日本ではなくドバイへの移住を決めたのは税制の問題があった。
「日本では仮想通貨にかかる税金が雑所得扱いとなるため、税率が最大55%と高額です。仮に1000万円勝っても、約300万円が税金で取られてしまう。一方、ドバイは基本的には無税。トカ?それならば、たとえ現地での生活費が日本よりも高額であっても、無税のドバイに移住してトレーダーとして活動したほうがいいと判断したのです」
ドバイに移住してからの佐藤氏は順調そのものだった。元手の4000万円は毎月約700万円ずつ増えていった。「ひとまず目標にしていたのは『資産1億円』でしたが、そのゴールが日に日に近づいていきましたて。
いったいどのようにして資産を増やしていったのか。
「普段のトレード手法はこのようなものです。①仮想通貨関連のニュースをリアルタイムでチェック→②好材料なら『買い』、悪材料なら『売り』を入れる→③ほとぼりが冷めたタイミングで利確……という手順でした。実際にはいくつもの取引所を横断的に見て、もっと細かい情報も判断材料にしているのですが、大枠はこういった投資手法です。
仮想通貨は、ニュースが短期的な値動きに影響することが多く、トランプ相場で値幅も出やすくなっていたので、それらを統合し、自分なりのルールや解釈を加えてエントリーのタイミングを決めていました。もちろん読みが外れて負けることもありましたが、トータルでは勝つことができていました」
異変が起きたのはドバイに移住してから4ヵ月目のこと。手元資金が約6000万円を超えてきたころのことだ。
5000万円が一瞬で消えた
「秘匿性の高いメッセージアプリ『テレグラム』が開発した『TON』という仮想通貨があります。テレグラム自体は仮想通貨の世界でも人気で、TONそのものも期待もされていた。5月末のある日、そんなTONが15億ドルもの巨額債権を発行して大幅な資金調達をし、さらに元VISAの大物幹部のニコラ・プレカス氏を副社長として採用するというニュースが飛び込んできたのです」
完全にTONの「好材料」となる話だ。この発表を受けて、TONの価格は一気に上昇していく。
「これまでの経験上、こうした好材料のニュースで価格が上がるのは一時的なもので、すぐに適正価格に下落すると判断しました。素直に『買い』で飛び乗るには遅い段階と感じたので、急騰したタイミングで『売り』を入れたのです」
問題が起きたのはここからだ。普段から佐藤氏は利益を最大化するためにレバレッジ10倍の高レートで勝負をしている。今回は手元の資金6000万円を10倍にして、6億円で空売りを仕掛けた。
「想定と逆の値動きが起きました。価格はすぐに下落せず、むしろぐんぐん上昇し、4時間で20%も高騰。空売りは失敗しました。すぐに損切りを始めましたが、一瞬で4000万円が消し飛んでしまったのです」
そこから佐藤氏は、なかばパニックのような状態になる。
「わずか数分で4000万円が消えてしまって、投資の世界では『悪手』とされる“リベンジトレード”をしてしまったのです」
リベンジトレードとは、投資で損失が出た際に、その損失を早く取り戻そうとして、感情的に判断してしまい、より大きなリスクを取ってしまうこと。佐藤氏はまさにその状態に陥った。
「6000万円のうち4000万円が消えてしまったが、まだ2000万円は残っている。私はこの2000万円でまたも10倍のレバレッジをかけ、2億円にして今度は『買い』を入れました」
しかし、このタイミングが「天井」だった。佐藤氏が「買い」を入れてから、今度はジェットコースターのように価格が下落していく。投資家たちが利確を始めたのだ。
「買いを入れてすぐに下落が始まり、2000万円のうち1000万円がまたも一瞬で消えてしまいました。上がっている時に空売りを仕掛け、下がり始める時に買いを入れる。いわゆる『両面焼き』の状態になってしまったのです。なんとか手持ち資金1000万円は残してこの日のトレードを締めました」
カネが増えるとハイになる
4000万円で始めたトレードを6000万円にまで増やした佐藤氏だったが、わずか数時間で6000万円が1000万円になってしまった。一気に5000万円を失った佐藤氏は全身から汗が吹き出し、視界がゆがむほどの精神状態に陥ったという。
佐藤氏は「一晩寝て冷静さを取り戻し、投資家引退を決意しました」と語る。もう一度1000万円から少しずつ増やしていく道もあったはずだが、そうはしないと言う。なぜなのか。
「5000万円を一度に失ったというショックもありますが、それ以上に、このまま投資家を続けていても、いずれ同じ過ちを繰り返すと思ったのです。実は、4000万円が6000万円になった段階で、ある種の全能感のようなものを感じていた。ハイになっていたんですね。そういう状態になってしまうと、今回のように冷静な判断ができなくなってしまう」
佐藤氏は今回のミスを振り返る中で「普段ならやらない手法を使っていた」と語る。
「そもそも、普段はビットコインなどの大型の通貨にしか手を出していません。TONなどの比較的時価総額が小さい通貨は、板情報などのデータが十分統合されておらず、ビットコインなどと比べると情報が少ないうえに、乱高下が激しい。それでもTONの好材料のニュースに飛びついてしまって、いわばカンを使ってトレードしてしまっていたのです」
そうした背景にあるものこそ「全能感」だったというわけだ。
「自慢ではないですが、冷静な状態であれば、トータルで負け越すことはありません。それは、どこまでが投資で、どこからがギャンブルになるのかのラインがはっきりと見えているからです。しかし、資金が増え続けて、全能感をおぼえるようになると、そのラインの見極めが非常に甘くなる。今回はまさにその状態でした」
知らないうちに投資を超えて、ギャンブルの領域に足を踏み入れていた──佐藤氏は投資の道を諦め、再び日本で働くことを決意したという。
「いまはただのニートですからね。帰国準備をしながら、転職サイトを見る毎日です」
勝ち続けるには冷静さを失ってはならない。しかし、冷静でいつづけることが最も難しいことなのだ。
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