物価高の今、土地購入者は減っているのか
物価高で円安の2025年、海外旅行などを控える人が多い法務省出入国在留管理庁の速報値によると、2025年4月の日本人出国者数は96万1,382人。2024年よりは8%ほど増加しているが、コロナ前の2019年と比べると-42.3%だ。
ではたぶん一生の中で最も大きな買い物ともいえる土地購入はどうか。公益財団法人不動産流通推進センターが発表している「不動産業統計集」によると、1993年からの調査の中で土地購入者の推移をみると、それから20年の間での土地購入者が最も多かったのは1996年の196万件。リーマンショックのあった2008年に一気に下がり、120万件を割った後は、2013年ごろからは130万件前後を推移している。コロナの影響もさほど見られない。相続などさしせまった事情で売りに出し、購入する側は理想的な物件が出たところで購入するという仕組みが多いのだろう。
76歳の母親がひとりで暮らす実家が傾いていることに気づいてから、実家の売却やリフォームなども検討したのち、新規に土地を購入してアパート経営をすることに決めたのが作家の町田哲也さんだ。まずは理想的な土地を探すことからはじめた。工務店の藤井さんには初めから相談に乗ってもらい、プロとしてのアドバイスをもらいながら探していった。そこで出会ったのがある都内の土地だ。理想的だと考えたが、藤井さんとはなしたときは微妙な反応だった。前編「76歳母の「終活アパート」建設…”理想の土地”の仮契約で分かった「工務店の微妙な反応」の理由」でその原因がわかり、すっきりしたのだが、新たな不安が……。
近所は長く住んでいる人ばかり
野田さんはアクセサリーを作る工場を経営していたが、新興国から低価格の製品が流入して経営が悪化。2002年、60歳のときに商売をやめ、趣味で楽器の演奏を楽しんでいた。
「この辺には、何かつながりのようなものはあったんですか?」
野田さんの期待を裏切るようで申し訳ないが、今までのぼくの人生にC区との関係はない。ただ物件を決めるにあたって毎週のように訪問しているうちに、愛着を感じつつあるのも事実だった。
駅や幹線道路までのアクセスがいいだけでなく、スーパーや病院や区役所も近いので過ごしやすそうだ。仲介の不動産屋によると、路線バスの本数が多いので、高齢者が住むにもいいという。
近所は、長く住んでいる方ばかりだ。20、30年以上前に建てた家が多い。ぼくが視察したときには、境界線スレスレにエアコンの室外機がある家もあったが、建て替えの際に相手方の負担で撤去することは、この日取り交わす覚書に記されてあった。
「隣の駐車場の所有者」は誰なのか
「駐車場の所有者の確認は取れないままですか?」
藤井さんの質問に、野田さんと不動産屋が顔を見合わせた。近所に最後まで残る、境界確定の確認が取れない土地のことだった。
「その件なのですが、登記簿上の名義人と、実質的な保有者が違うようなんです」
「どういうことですか?」
ぼくは不動産屋の言葉がうまく理解できなかった。
仮契約前に、想定しない事態が生じていた。
アパート建設予定地の周囲には民家が並び、通り沿いにはパーキングがある。アパートの西側に駐車場が位置するのだが、その土地の保有者と敷地確定の確認が取れないという。
売買契約に隣地の住人の許可が必要なわけではないが、共有物である塀は、両者の合意がない限り除去や改築をすることができない。通り沿いから見ると駐車場側のブロックは、建物の印象に大きく影響する。古いブロックを取り換えて新しいものに交換したかったが、交渉をすることができなかった。
登記の名義人と駐車場の契約者が別?
敷地を測量し、隣地との境界を確定するのは、土地家屋調査士の仕事だ。ぼくは購入予定の土地を担当する徳永先生に、状況を聞くために時間をもらっていた。バイク好きの徳永先生は50代半ばで、夏でも長袖のジャケットを羽織っている。何度も汗をぬぐいながら話す色黒の肌が、現場を走り回る姿を連想させた。
「土地の登記簿上の名義人は、田中義助さんです。ただこの方はすでに亡くなっていて、駐車場の管理会社との契約は田中信弘さんという方が結んでいます。名義変更をしていないケースはたまにあるので、今回もそうかと思ったんですが、調べてみると、同じ田中姓でも二人には戸籍上のつながりがないようなんです」
「勝手に契約しているということですか?」
「信弘さんはこの地域でも有名な地主で、ほかにもいくつか土地を持っています。この土地も彼の土地である可能性は否定できないのですが、どこかで所有が変わったようで、それ以来登記上の名義を書き換えずにいるというのが私の推測です」
古い土地の「境界線」のあいまいさ
土地家屋調査士とは、不動産の登記に必要な土地や家屋についての調査、測量を行う専門家だ。土地を売却する際に、敷地が接する隣地の住人を訪問し、境界の確定をするとともに将来的にトラブルにつながりそうな事案があれば同意書を結んでおく。
駐車場の登記上の名義人と実質的な保有者が異なることは、徳永先生が田中さんへの訪問を重ねる調査の過程で明らかになった。何度訪問しても話を聞いてくれないため、ゴミ収集の日を確認し、ゴミを出すタイミングを狙って訪問したこともあるという。顧問弁護士を紹介されるまで、1ヵ月以上の時間を要していた。
高齢の方が警戒して、話を聞いてくれないことはよくあるという。土地家屋調査士という存在が認識されていないからで、詐欺と勘違いされることも少なくない。もしかしたら田中さんの警戒は、名義が異なることも影響しているかもしれないというのが徳永先生の推測だった。
「信弘さんも困っていて、弁護士に所有関係を明確にして欲しいといっているようですが、あれだけ古いと簡単じゃないと思いますね」
登記簿上の名義を最後に書き換えた記録は、100年以上前だ。経緯を確認するにはこれまでの記録をたどる必要があるが、戸籍が閉鎖された除籍謄本の保存期間の80年(当時。2010年の見直しで150年に延長された)はすでに過ぎている。
どうしても年に数件こういうケースがあるといって、徳永先生はため息をついた。
「境界線」はどの程度「問題」なのか
一連の調査で明らかになったことが2つある。1つ目は、隣地との敷地の境界確認を田中さんにお願いするのは現実的でないことだ。これまでの経緯をふまえれば、確認する立場にないという気持ちもわからなくない。駐車場運営の収入はあるが、法的な立場が明確ではないからだ。
今後不動産を売買する際には気になる問題だが、ぼくは次第にそこまで懸念する必要はないかもしれないと思いはじめていた。先方が駐車場を売却しようとすれば、そのときには両者で境界を確定しなければならないからだ。
逆にいつまでも売却しないようであれば、それまでは駐車場として使用されるということだ。アパート周辺の環境が大きく変わるわけではない。
2つ目は、登記簿上の名義人が正しくない以上、アパートなどの建物を建てるのもむずかしいことだ。本人確認で所有関係が明確にならない限り、施工する業者も躊躇するからだ。競合することもなければ、日当たりが悪くなることもない。
「先方の出方を、しばらく待ってもいいかもしれないですね」
時間をかけて解決していけばいいという、藤井さんの説明に説得力があった。
駐車場を設置するスペースのないアパートにおいて、駐車場の確保は重要な問題だ。むしろこの駐車場を、アパートに価値に変えていくような設計が必要かもしれない。アパート物件の闘いは、ほかにないものを持てるかの勝負でもある。