巨大地震勃発で人は何を考える?
震災は、人が築き上げたものを一瞬にして奪う。それまで住んでいた家屋、学校や会社、道路に橋……、といった構造物のみならず、そこで暮らす人の命、あるいは積み重ねてきた経験をも根こそぎ奪っていく。
この道路や橋といった分野では権威ある団体として知られる土木学会は、先日、今後30年以内に80%の確率で起こるといわれている南海トラフ巨大地震について、その被害額は実に1446兆円になるとの試算を発表した。
この報告書では、今後30年以内に70%の確率で発生すると予測されている首都直下地震の被害についても1110兆円との試算を出している。
さらにこの報告書では南海トラフ巨大地震では47兆円の税収減、459兆円の復興費がかかるとし、その財政的被害は506兆円にのぼるのだとか(出所:いずれも『2024年度 国土強靱化定量的脆弱性評価・報告書』土木学会)。
地震の被害は経済的損失だけではない。災害は、人の思い出や経験値、過去の体験をも奪い去る。そして、その後の復興期に至っては、それまで受けてきた教育や職業的なキャリアも無に帰すという。
そんな被災時、人は何を考え、どう動くのか。その徹底したシミュレートぶりが話題の作品『南海トラフ巨大地震』の原作者biki氏と、阪神淡路の大震災から30年の今だからこそ、「求められる教育」について話した。
聞けば聞くほど、日頃、私たちが気になってはいるものの、その答えが見い出せないモヤッとした何かがクリアになる。
今までの体験を非常時に役立てるために
――被災時、それまで自分が受けてきた体験や教育が活きる人と、そうではない人がいます。この違いはどこにあると思いますか?
biki 私は教育について何がしかの知識がある訳ではないのですが、私自身のことをお話しします。
私はずっと理系の人間で、大学院まで進み、バイオ系のことを勉強していました。正直、今の漫画家という仕事にどう考えても関係は見い出せません。
でも、私自身の体験としては、学生時代の研究という経験を通して得た学びは、いまも非常に大きく役立っていると感じています。
さらにいえば大学や大学院時代にとどまらず、それこそ小学校から大学院、就職活動、その後の社会人経験も含めた学びのすべてに対して、そう思います。
これらすべての学び、その全体験を通してひとつの共通項を見い出しました。それは論理的に戦略を立てていくというものです。何か行動を起こし、課題を見い出し、これを解決していくというスキームのようなものですね。
小学校から今に至るまで、いろんな側面で学んだことが、今の職業である作家として、ひとつのコンテンツを作り上げるというところに活きている。そう思うんです。
そうすると教育とは、無意識であっても、後々にでもちゃんと活きてくるものなのだなと思います。
学校も、ただ知識を得るのではなく課題解決の方法をどれだけトレーニングできる場なのだと思います。そうすると学校での学びというのはすごく大事な経験だったと思うんです。
私個人の思いなのですが、人、とくに学生に対しては、目の前に与えられた課題であったり、自発的に行う学習であったりにどれだけ真摯に取り組めたか、そういう行動や活動を、もっと評価すべきなのではないかと思います。
学校教育の「なんで、どうやって」の言語化
――学校で学ぶなかで大事だなと思われることは?
biki たとえば大学の学部や学科などの専門やバックグランドで人を判断することがありますが、私はそれは違うと考えます。
大事なのは、自分の力でどう課題を解決するか、どう自発的に動くかです。専門やバックグランドなど関係ない話だと思います。
自分のメタ認知をして……、つまり自分がどう考え、何を知り、理解していて、何を知らず、足りないか。自分という人間を第三者の視点から見て、どうかがわかることが大事です。
――小学校から大学まで。今の学校教育、こうすればもっと良くなるのにと思われることは?
biki 教育はあらゆるポイントで、すごく重要な課題解決の学習の機会になっています。だからきちんと言語化してあげてほしいです。
それこそ小中学生の頃から、なんで勉強するのか、どう社会に役立つのかというところをきちんと言語化してあげる。これだけで課題や課題解決への理解度や吸収度が変わってくるはずです。
1995年の阪神淡路大震災、2011年の東日本大震災のふたつの震災。そして地震ではないが人災ともいえる2019年のコロナ禍という災害を私たちは経験した。
コロナ禍ではふたつの震災とは異なり、人々は長らく人との接触を避けて日々の生活することを強いられた。人と人が触れ合うことで学びもある教育の場も例外ではなかった。
人と人が触れ合うからこそ、新たなる何かを見い出し、気づくこともあるはずだ。そうして世に出たコンテンツもきっとあるだろう。
これらコンテンツのうち、意欲作と話題となった作品、その作者もまた大勢の人と触れ合い、誰かからの刺激や影響を受けているのかもしれない。
作品のモチベーション
――作品『南海トラフ巨大地震』を描くうえで、どなたかの影響を受けた、意識している人とかいますか?
biki もう退職していますが自衛官だった父ですね。
自衛官らしい人で、現職時代はもちろん退職後の今でも自分の技術を磨いたり、知識を蓄えたりする……、そんな人です。
その父から、よく自衛隊の部隊での話を聞かせて貰いました。外交の難しさであったり、国防をどう捉えるかとか。
だから、震災とか戦争とか、そうした作品を描くうえでの有難い環境にいさせて頂いているのだろうなと思っています。
想定外の事態に役立つ力
災害、戦争、そしてコロナ禍のような非常時。想定外の何かが起こる。そうした場面において役立つのは、どんな状況においても炙り出された課題を解決する力――これに尽きよう。
今、地震に限っても、南海トラフ巨大地震、首都直下型地震など、そう遠くない将来にあらわれる危機が囁かれている。
そうした危機にもし遭遇した場合、もっとも役立つのは、意外にも日頃からの防災対策や避難訓練といったものよりも、むしろ、起こり得る想定外の出来事に対処する力、すなわち課題解決力ではないだろうか。
そうした課題解決力の力を養う教育が、今の日本社会で行えているのだろうか。危機の到来が伝わる今だからこそ、逃げずに向き合いたい問いだ。