みうらじゅんの新刊『アウト老のすすめ』(文藝春秋)がロングセラーを記録している。超高齢化社会に突入して久しく、「おじさん」がかつてないほど忌み嫌われる今、私たちは「老い」とどう付き合えばいいのか。受け入れ難い老いをやわらかくとらえるヒントになる造語「老いるショック」「老けづくり」、そして「アウト老」。自身も67歳となったみうらじゅんが提唱する、老いの三部作について話を聞いた。
指南書ではなく、あくまで老人のエッセイ
――新刊『アウト老のすすめ』、順調に売れているみたいですね。
タイトルに「すすめ」なんてあるから、老人への指南書、ありがたいことが書いてあると勘違いした人も買ってくれたんだと思いますね。こちらとしてはありがたいことですが。でも実際、そんなタメになることはひとつも書いたつもりないですからね。だってこの表紙ですよ。嘘偽りなく、ありがたいことが書いてあるわけないじゃないですか(笑)。
――表紙の写真はみうらさんだけでなく、マネージャーさんの愛犬・モコゾウとの2ショットになっています。
これはちょっと事情がありまして。マネージャーがうちの事務所に勤めて今年で30周年なんですよ。その記念の意味もあって、マネージャーの飼っている愛犬とコラボしたというわけです。僕は小学生の時以来、犬は飼ったことがありませんので。ま、モコゾウの可愛さに助けてもらった本ですかね(笑)。
――この本は、『週刊文春』で今も続く連載「人生エロエロ」がもとになっています。
そうです。直しと加筆はしましたが、いつもの二行“人生の3分の2はいやらしいことを考えてきた”を抜いたバージョンです。高齢者に堂々なれたので、そのタイトルにしたってわけです。
――みうらさんは紙の雑誌をずっと大切にしていますよね。
ま、リユースってわけですからね(笑)。僕はやっぱり神対応より紙媒体のほうが大事なんです。これまでも勝手にいろいろな造語を考えたり、マイブームを雑誌で紹介してきましたけど、最適な場所で発表するってことは常に意識してきました。
――まだ浸透していない造語をコラムに書く時は、誰も使ってないのに「いわゆる」と書いたり。
さも「通称」と思ってもらうためにもね(笑)。
――あるいは、連載している別々の雑誌で同じことを書いたりも。
昔は何十誌も連載を抱えてましたので、一斉に同じようなネタを書くことは頻繁にありました。たぶん読者は、二誌に同じことが載っていれば、そのネタが流行ってるんじゃないかと思うんですよ。違う雑誌を見た二人が、「〇〇って雑誌に書いてあったんだけどさ」「え、それ俺も見た」なんてことが起きることだってありますよね(笑)。でも今は雑誌が衰退して、その手が通じなくなりました。僕は元来、雑誌タレント、通称「ザシタレ」ですから(笑)。きっと雑誌がなくなると、やる気をなくしてしまうと思うんです。
同じ話を何度もする「ループ・オン・ロッケンロール」
――老いというテーマについては、本書のタイトルにある「アウト老」の前に、「老いるショック」という言葉が先にありましたよね。
腰が痛いとか、シワが増えたとか老いを感じた時、その部位を自ら指差し「老いるショック!」というやり口は、50代だった頃に考えてました。でもね、まだ発表は早いと思ってたんですよ。どの世界にも相変わらず年功序列があって、いかに自分のほうが辛いかってマウントを取り合うことがあるでしょう。なので、50代で老いを語ると「まだ若いくせに」とか「俺のほうがしんどい」とか言われそうな気がして、還暦を過ぎるまで待ってました。そして、「老いるショック」からの「老けづくり」、そして「アウト老」を三部作としたんです。
――「老けづくり」は、巷の「若づくり」へのアンチテーゼとして。
つーか、自分はフツーの老人になれる自信がなかったんです。「老けづくり」はコロナ禍で始めました。髪のほうは白髪があまり出なくて困ってたんですが、ヒゲを伸ばしてみたところ、白髪がけっこうあって。これは「老けづくり」ができるぞと嬉しくなりました。ただ、親からは「汚いヒゲは剃りなさい!」って小言を言われましたけどね。僕は今67歳で、親は90歳を過ぎてますけど、まだ「カワイイ純ちゃん」なんでしょうね。この歳になって反抗期が来るなんてね(笑)。
――白髪のヒゲを伸ばしたことで、心境の変化などは?
「ヒゲラルキー」ってやつを考えましたね。マウントを取る年上の老人から「オレより伸ばしてるとはどういうことだ」と言われるんじゃないか? ヒゲにもヒエラルキーならぬ「ヒゲラルキー」があるのではと、コロナ禍では雑誌を切り抜いて、年上・年下のヒゲ面の有名人のスクラップブックを作ってました。でも結論は、「ない」ということがわかったんです(笑)。
――そんな「老けづくり」を経て、いよいよ「アウト老」に。
「老けづくり」も社会の流れとは逆行していますから、当然「アウト老」への道は開けていきますよね。これは高校生時代、ロックから学んだことにも通じています。決して他人と同じことはしないぞ、っていうね。
――ロックといえば、その姿勢を表す「キープ・オン・ロッケンロール」という言葉について、みうらさんはロックのほうではなく「キープ・オン」のほうが大事だとよく言っています。
「また」じゃなく、「まだやってる」の精神です。それがアウト老になると、「キープ・オン」から「ループ・オン」になってきます。何度も同じ話をするのは「老いるショック」の効能。「また同じ話してるよ」って指摘を受けたら、すかさず「ループ・オン・ロッケンロール!」と叫んでいく活動です。ま、若い人とは接触を持たないことが一番なんですけどね。アウト老同士なら、同じ話をしても「よ、出ました!」って名人芸のように言ってくれると思うんですが。ま、僕は同じ話を聞いた時、言うように心掛けています。同じ話も4回目5回目ともなれば、いよいよ「待ってました!」って言われますって(笑)。要は、それまで否定されてきたものをすべて肯定する。それがアウト老の道とも言えます。
――若い人でも「老けづくり」はしたほうがいいですかね。
それはどうでしょう? 「老けづくり」の憧れは年を取るまで待っていてください。すぐにバレますから。
怒りたくなった時は「この野郎でございます〜」
――年齢やキャリアを重ねることで出てしまう「ケンイコスギ」(権威濃すぎ)についても聞かせてください。
年を取るとキャラも濃くなるし、何よりも顔がコワイです。自分では意識してなくても、若い人からは 「ケンイコスギ」と言われがちです(笑)。それは大変よくありません。今まで付けてしまった、または思われてる権威濃過ぎを自ら放棄し、「あの年寄りバカじゃねえの」って段階に持っていってのカワイさ。それを提唱している造語「アウト老」はもう、カワイイだけでいいんですから(笑)。
――もし「ケンイコスギ」になりそうになった時には、どう対処したらいいでしょうか。
勘違いしないために、自分で調子こいたなと思った日は、バカなことを考えたり、いやらしいことを考えて、元いた場所に戻ってこないとなりません。
――『アウト老のすすめ』では、食事に対しても何の意見も言わないことが大事だと書かれていました。
食事を前にすると、つい出汁がどうとかウンチクを言いがちな人はね、とりあえず年を取れば意見を言わない修行をしたほうがいいと思います。そして最終的に出された品、それがラーメンだったら「ラーメンだ!」とだけ言う癖をつけてください。
――年をとったからこそ、行動にも発言にも気をつけないといけませんね。
気をつけなきゃなんないのは年を取ってからのほうが重要ですから。それで言うと、僕もだんだん独り言が多くなってきましてね。気づくと「あぁ、そういうことか〜」とか口に出してる。なので、独り言でも敬語にする努力をしているんです。「そういうことですね〜」とか。敬語にすると、さも相手がいるみたいに思えるでしょう。相手がいるってことは、当然気を遣うってことですからね。年取って怒りっぽくなっている人もおられると思いますが、そこは努めて敬語を交え、「この野郎でございます〜」と言うといいと思いますよ。
取材・文/おぐらりゅうじ
写真/田嶋裕太
後編記事『「ボケに回れない」からついつい「ケンイコスギ」になってしまう…みうらじゅんが説く「老い」を受け入れる心構え』へ続く。