このままじゃ、地球がまずいーー。
“気候変動”という言葉が、“気候危機”と呼ばれるようになって、すでに数年が過ぎた。私たちにとって、それはもう、遠い世界の話ではない。地球温暖化による環境破壊は、地球上に暮らすすべての生活者が当事者であるということ。危機が迫る今、それをきちんと理解し、同じゴールへと向かって歩んでいく必要がある。
前編では、そうした危機感を抱きながら、人と人との“対話”を重ねることで、環境問題と本気で向き合い、東京・吉祥寺で共同生活を送る次世代の若者たちの姿を紹介した。
後編では、“対話”だけにとどまらず、「渋谷ビオトープ計画」などに取り組む彼らの活動を通して、その根底にある想いに迫るーー。
▶︎お話をうかがったのは
中村萌さん(環境NGO職員)
立山大貴さん(写真家)
小林七海さん(編集者)
尾崎靖さん(編集者)
※尾崎さんはこの家では暮らしていない。
“自然との距離”を取り戻す「渋谷ビオトープづくり」
共同生活を送る中で、日常的な対話はもちろん、誰でも参加できるオープンミーティングを開催するなど、対話の連鎖を生み続けてきた。そんな彼らが取り組むアクションは、それだけじゃない。環境問題や社会のことをより身近に考えてもらうことを目的としたフリーペーパーを発行したり、地球の未来を考えるイベントの企画・運営をしたり。そして、最近では、渋谷の街中で”ビオトープづくり”に励んでいる。
きっかけをくれたのは、渋谷ストリームのすぐそばを流れる渋谷川沿いで開催されているイベント「SHIBUYA SLOW STREAM」のディレクター熊井晃史さんだった。
「イベントを行ううえで、やはり渋谷川とその周辺環境を良くしたいという思いがあったといいます。実際、緑は少なく、川にも生き物の姿はほとんど見られない。生き物や人々が自然と集まってくるような場所にしたいという願いから、ビオトープ計画が生まれました。専門家に任せると、クオリティは高いものができるけれど、設置して終わりになってしまう。『もっと人を巻き込みながら、みんなで育てて行けたら』との想いから、Spiral Clubに声をかけてくれたのがきっかけです」(立山さん)
2023年、夏の終わり。渋谷川に、直径30センチくらいの小さな鉢を設置した。その後、想像よりも早くトンボが産卵し、ヤゴが育ってくれたという。翌春には、長さ4メートルにわたる規模へと拡大。そして、2025年、春の訪れとともにメダカの赤ちゃんが誕生した。
「何匹かのお腹が大きくなっているのには気づいていて、ある日観察会をしていると、すごく小さな赤ちゃんが泳いでいるのを見つけたんです。参加者の人たちも一緒になって喜んでくれました! 最近もまた、数匹のお腹が膨らんできているので、さらに生まれるかもしれません」(小林さん)
毎月開催している観察会には、Spiral Clubのメンバーだけでなく、フィットネスクラブのスタッフや、保育園に通う子どもたちなど、近所の人たちも参加するようになっていった。
「自分たちがこのビオトープを大きくしていくというよりは、参加してくれた人たちそれぞれが『自分たちもやりたい』と思って、始めてくれることが、いちばんいい形だと思っていて。実際、興味を持ったフィットネスクラブの人が、スタジオの前で始めたり、保育園の先生も『うちでもやってみたい』と話してくれたり。自宅で小さく取り組んでいるという人もいて、少しずつ、いろんな場所に広がっています」(立山さん)
そして、ビオトープは、生物多様性を取り戻すと同時に、“自然との心の距離感を取り戻す”ことにもつながっていると続ける。
「川で泳ぐ魚を観察してみるとか、水草が少しずつ変化していることに気づくとか。そういう“小さな自然”との関わりから、心のつながりを取り戻せることってあると思うんです。そうすると、たとえば『つぎは海に泳ぐ魚をみにいこう』とか、『山に流れる川には、どんな生き物がいるんだろう?』とか、そこから視野が広がっていくきっかけにもなる」(立山さん)
参加者の多くは、とくに「気候変動に関心があるから参加している」というわけではないという。「それが、逆にいい」と、語るのは小林さん。
「名札カードをつけて、川まで歩いて、生き物を観察する。泳ぐ魚を眺めているだけで楽しいし、花が咲いていたら喜んで……そういう素直な感覚のほうが、かえってフラットに自然を近くに感じられるというか。みんな同じ目線で過ごす中で、一緒に感情を育てていけるのが、すごくいいなと思うんです」(小林さん)
そして、参加者たちの帰り際に、自分たちの活動について話をする。
「感情や体験が先にあるから、自然と聞く側にも納得感が生まれる、という点も、いいですよね。オープンミーティングや読書会の案内をしたり、Spiral Clubのフリーペーパーを手渡したり。そこからまた、ゆるやかにつながっていくような関係づくりを大事にしています」(小林さん)
対話が日常になれば、地球への意識は続いていく。
Spiral Clubの活動の場は、オープンミーティングやビオトープづくり以外にも、広がりをみせている。興味のあること、やってみたいことを、メンバーそれぞれの個性や強みを活かして活動している。
2024年9月には、立山さんが運営スタッフを務める気候危機を訴えるムーブメント「ワタシのミライ」が主催するイベント「地球のため、わたしのため」を、下北沢「BONUSTRACK」で開催。野菜やビーガンスイーツ、ビールに古着……マルシェには、”地球にやさしい選択”をする人たちが手がけるブースが並び、アーティストや農家など、さまざまなゲストによるトークショーを実施。Spiral Clubによる対話の場も設けられた。気候危機を、自分ごととして見つめ直すための、きっかけづくりのイベントだ。
「イベントを企画する段階から、『消費で終わりたくない』という強い思いがありました。マルシェで買い物して終わり、みたいな場にはしたくなかった。農家の方が感じる気候変動や、アマゾンの森で過ごした人が思う“地球と共にある暮らし”など、足を運んでくれた人が、いろんな角度から気候危機について考えられる場にしたかったんです」(立山さん)
そのために企画したという計8つのトークショーは、すべてが満席。立ち見も出るくらい、大盛況だったという。会場で配ったフリーペーパーには、気候危機にまつわる基本的な情報と、もっと興味があるなら、『次にこういうアクションがあるよ』と選択肢も記載した。
「このイベントそのものは、Spiral Clubの主催ではないけれど、たくさんのSpiral Clubメンバーが協力してくれました。みんなの肩書きは違うけど、それぞれの得意を活かして、こうして集まれるのは自分たちの強みでもあるなと感じます」と、続けた。
このほかにも、デモや静かに立って意思を示す“スタンディング”といったアクションに参加することもあるが、「誰でも気軽に参加できるとは限らない」と、そのハードルの高さにも課題を感じているという。
「地球と共に在りたいという思いは同じでも、デモは得意じゃないとか、自分に合わないという人もいます。デモやスタンディングは、どちらかというと“みんなで同じ方向を向いて、数でエネルギーを出した方が効果的な場”。だから、その表現方法がいちばんじゃない人も、たくさんいる。もっとそれぞれの個性や仕事を活かして表現できる場を作りたいと思っていたから、このイベントでは、来場した人同士が対話したり、ここで出会った人たちが、何かをはじめるきっかけになるとか。そういう“滞在できる場所”をつくりたくて、企画したのもあります。
初めての試みで不安もあったのですが、想像以上に、たくさんの人が来てくれて。興味関心も入り口も違う。いろんな角度から、気候危機に思いを寄せる人たちが集まってくれたのが、うれしかったですね」(立山さん)
気候危機をなんとか食い止めたいーーそんな強い想いを持ちながらも、やみくもに突き進むのではない。「楽しみながら取り組む」ことを大切にし、実行する姿は、まるでお手本のようだ。そんな彼らに「目指しているゴールは?」と聞いてみたところ、返ってきたのは、意外な答えだった。
「ゴールは、ないですね。自分たちが目指しているのは、“対話を日常にする”こと。だから、その場づくりを続けていくことが大事。その中で出会った人が、また別の場所で誰かと話して……そんなふうに、じわじわ広がっていくのが理想かな。そういう意味では、“ゴールはない”。それが、今の自分たちにとっての答えかもしれません」(中村さん)
特別なイベントがある日だけでなく、ごはんを囲む時間や、誰かの何気ないひと言から始まる集まりでも、地球の未来や社会について語り合う。
「やっぱり楽しいのがいちばん。誰かが『今度ごはんを持ち寄ってうちで集まろうよ』って言い出したら、 みんな自然と集まってくる。気候危機の話題も、そうじゃないときも、話しているテンションが一緒なんですよね。その感じが、すごくいい」(尾崎さん)
彼らが手がける場は、「知っている・知らない」で誰かをジャッジしないという、やさしい世界。環境問題や社会課題に対して、正しい知識を一方的に伝えるような“お勉強の場”ではないし、「この問題について考えましょう」と構える場でもない。ここは、“入口の人”にとっても、安心して足を踏み入れられる場になっているのだという。
「自分たちの集まりは、知識がバーッと並べられるような場ではなくて、誰かを否定したり、ジャッジしたりしないってことを、メンバーも参加者もすごく意識してるんです。たとえば、ペットボトルを持ってる人が来ても、『え?』って指さして言うことなんて絶対ない。そこを責める場じゃないんです」(立山さん)
深刻なテーマを扱いながらも、一直線じゃない、ふざけながらやっている。その理由は、「本気ですべての人と話したい」から。
「年齢や立場、肩書きなんかで誰もジャッジしない。リテラシーの有無だって関係ありません。私たちの活動は、知識のある人たちのための場づくりではないということ。地球に生きている以上、気候のこと、地球で起きてること、そしてそれに影響しているすべての人たちが当事者なんです。だから、“知識があるから偉い”とか、“知らないから恥ずかしい”とかじゃなくて。むしろ、環境問題について、よく分かっていないという人にこそ、来てほしいと思っています」(中村さん)
撮影/近藤沙菜 構成・文/大森奈奈