カレー沢薫さんの漫画『ひとりでしにたい』はなかなかパンチの効いた一冊だ。主人公は35歳の山口鳴海。彼氏ナシ、独身。慕っていた独身の伯母が孤独死し、衝撃的な姿で見つかったことから、「婚活しよう」と考え始めることから物語は始まる。しかし冷静な(実はその冷静さには裏があるが)同僚男性・ナスダに「結婚=安定ってありえませんよ」「結婚したらひとりで死なないのか」という、と現実を突きつけられるのだ。
そして、結婚しようがしてまいが、誰かに、何かに依存せず、愉快に生きて愉快に死ぬことを笑いながら感じさせてくれるこのマンガが、綾瀬はるかさん主演でドラマ化。それもNHK土曜日夜10時という話題の枠だ。内容としても攻めまくり、歌って踊ってという原作を知っている方々から「果たしてどんなふうに実写化されるか」という声も出ていた。6月21日に初回が放送されると、「綾瀬はるかのコメディは最強」「こんなに攻めてる原作をドラマにすることがすごい」「綾瀬はるかに葉っぱ隊をやらせただけで大成功」「内容はエグイのに綾瀬さんのおかげでエンタメになってる!」等々の熱い声が集まっている。
その中に、綾瀬はるかさん演じる鳴海のオタク度がすごすぎるのでは?という声もあった。フリーライターでミュージカルを愛する長谷川あやさんに「オタ活」の目線で『ひとりでしにたい』を考察してもらった記事をアップデートの上公開する。
『ひとりでしにたい』のリンクが送られてきた
編集者からちょっとこれ読んでみてと、この漫画のリンクが送られてきた。『ひとりでしにたい』(カレー沢薫)。なかなかインパクトのあるタイトルだ。「いったいなぜ私に?」「これを読んでどうしろと?」など、疑問が渦巻くがとりあえずは読んでみるとしよう。ヒマだし。

一気に読んだ。なるほど、エピドードごとに語りたいことがたくさんある。気の置けない友人たちと飲みながらあーだこーだ言いたくなる。
『ひとりでしにたい』は、「孤独死」や「終活」をテーマにしているが、ひとりで生き、死んでいくことを悲観も、否定もしてない。そんなところにも共感した。現在、アラフィフの私に結婚の経験はない。予定もない。そもそもパートナーもいない。そして、一切、それを卑下しても恥じてもいない。
この作品の主人公・山口鳴海は35歳。「孤独死」する可能性は、私のほうが彼女よりだいぶ高いのは明らかだ。そして別にそれでいいと思っている。ただ、鳴海の伯母の光子のように、発見が遅れて、「黒いシミ」や「汁」になるのは避けたい。孤独死し、風呂場で「汗」になった、この特殊清掃のお世話にはなりたくないと思っている。

そうとわかっていながら、私はまだ終活をしていない。日本人女性の平均寿命は約87歳。すでに人生の折り返し点と言われる年は過ぎている。そろそろ終活を始めるべきなのではないかと、よりよく生き、死ぬために今できることを考えるべきではないかと、背中を押された気がした。
そして、この本には、この時代に女性が(いや、年齢やジェンダーを区切る必要はないかもしれない)、パートナーなしで愉快に生きていくヒントが散りばめられている。そんなわけで、『ひとりでしにたい』をひもときながら、「ひとりを愉快に生き、死ぬ」ということについて考えていきたいと思う。いま「自由」だと思っているものが、加齢とともに「孤独」と「不安」に変わっていかないように。
ペットとオタ活にわかりみ
物語の登場人物のどこに共感し、どのような感情を抱くかは人それぞれだが、私が、「おお鳴海、わかる、わかるよ」と、主人公に握手を求めたくなったのは、彼女が「おキャット様」と崇めるほどにペットの猫に愛を注いでいる点(私も使っていない母性のすべてを飼い犬に注いでいる)、また、男性アイドルのおっかけをして、そこにある種の生きがいを感じているという点だ。
私の場合は別のものだが、時間を忘れて没頭できる趣味があるのは、人生を楽しむ上でかなり重要な要素だと思う。それはなにかとつらいことや面倒なことも多い、現世を生きる活力につながっていく。愛犬について書くと3万字くらいになる(しかも親ばか話)ので、今回はオタ活にクローズアップして考えてみる。

オタ活にはお金がかかる。そして、趣味にかけるお金を、あまり惜しいとは思わない。私には鳴海のような「推し」はいないが、これまでの人生において、時間とお金を惜しみなく注いできた趣味がある。それを例にとって説明していくが、別にここで「布教」をしようと思っていないのでどうか怖がらないでいただきたい。
私の趣味は、ミュージカル観劇だ。そう、非常にお金のかかる趣味だったりする。アイドルのコンサートもそうだが、そもそもチケット代が高い。大きな劇場の最もいい席は、軒並み1万円超。なかには2万円に迫るものもある。安い席あるが、用意されている席数が少ないので争奪戦必至だし、見え方もそれなりだ。公演や主催者によっても異なるが、小さな劇場のものだと、5000円~といった感じだろうか。そして、それに伴うグッズ代や、国内外の遠征費もある。私はミュージカルというジャンルの「箱推し」で、鳴海のように「推し」はいないが、「推し」がいる場合は、ファンクラブの会費というものもある。
1万円の化粧品は高い、チケットは高くない
「東京に住んでいるのなら遠征費は必要ないのでは?」と思う人もいるだろうが、これを細かく説明するとそれだけで1万字は書けるので、「地方公演のほうがチケットがとりやすい」「舞台は日々変化していくもの」「地方にしかない出演者の組み合わせがある」と手短にお答えしておく。もっと簡潔にするなら、「それがオタクだから」だ。
人によって頻度は異なるかもしれないが、私の場合、年間の観劇回数は国内外合わせて100本強。年に数回、海外遠征での観劇回数を含めての数だ。これでも最盛期よりもだいぶ減ったし、謙遜でもなんでもなく観劇オタク界ではへなちょこのほうだ。
「あら、経済的にゆとりがあるっていいわね」と思うかもしれない。確かに、金銭的に余裕のある人も多いと思うが、この費用を捻出するために働き、得たお金のほとんどを注ぎ込んでいる人もたくさんいる。私だって、観劇にまつわる費用と美味しいお酒代を稼ぐために働いているようなものだ。少し前に、見ず知らずの演劇ファンが、化粧品に1万円はとてもかけられないがチケット代なら妥当、最前列センターブロックなら、もはやそのお得感はタダ同然といった内容の、わかりみがありすぎるツイートをしていたので、すかさず「いいね」をしておいた。

『ひとりでしにたい』の中にも「孤独死したくないなら 担当という『希望』への『投資』一番ケチっちゃダメですよ」というセリフがあったが、とてもよくわかる。目標があれば、仕事にも気合いが入る。原稿料をチケット代に換算して、「これを書いたらあの公演に2回行ける!」と自分を鼓舞することもある。
「その日までは絶対に死ねない」
「推し」の舞台を見に行くために、きちんとおしゃれをする人も少なくない。また、演劇の場合、劇場や俳優のスケジュールを押さえる関係で、1年以上先の公演の予定が発表されることもある。「その頃、何してるかわかんないって。これから子どもを作って生んでるかもしれないし」という突っ込みはお約束だが、演劇オタクの世界では、来年の話をしても鬼は笑わない。常識なのだ。そして、絶対のその日までは死ねないと生きる気力がみなぎってくる。
趣味のメリットは、まだまだある。人とのつながりだ。趣味を通じて、住むところも年齢も異なる人と知り合うことができた。たとえば、私は、リアルな(といっていいのだろうか)友人や仕事仲間と、ミュージカルの話をしない。話が通じないし、相手だってわからない話をされてもたまったもんじゃないと思う。
オタク話は同じ世界に生きる、オタクとするに限る。もちろん、オタクではない友人から、「今度、ニューヨークに行くんだけど、1本だけミュージカルを観るとしたら何がいいと思う?」と聞かれたときには、私がこれまで得てきた経験と知識のすべて駆使し、渡航時期に合わせ、その人の好みに合いそうなものをアドバイスする。

2025年になって改めて感じる「オタ活」の力
上記は、2020年4月、『ひとりでしにたい』第1巻刊行のタイミングで、コロナ禍の真っ只中に書いた記事だ。久しぶりに読み返したけれど、今も変わらず、私は“ミュージカル観劇”が大好きだ。なんなら、2020年当時はいなかった「推し」もいる(笑)。
とはいえ、この5年間で、私たちを取り巻く環境は大きく変わった。世界的なインフレと、終わりの見えない円安──。コロナ前までは、年に1、2度、観劇目的でニューヨークに行っていたが、エア代もホテル代も高騰する昨今、そう簡単に行ける場所ではなくなってしまった。ミュージカルおたくの友人も、「もう生涯ニューヨークに行ける気がしない」と嘆いている。
日本国内で上演される、ミュージカルのチケット代も上がっている。一例を挙げると、2019年に帝国劇場で上演された『レ・ミゼラブル』のS席のチケット代は14,000円だった。が、2024~2025年にかけて同劇場で上演された同作のS席は、17,500~19,500円。なかなかの値上がり率だが、それでもチケット入手が非常に困難だったことを付け加えておきたい(笑)。ブルジョアでもなく、しがないフリーランスの私は、劇場へ行く回数は確実に減った。それでも好きな演目や好きな俳優の舞台はチケット代がいくらかなんてたいして気にしない。ニューヨークには行けなくなったが、韓国には定期的に、観劇目的で足を運んでいる。
これはあくまでも私の例。週に何度も好きなプロ野球球団の試合を見に行き、またオフシーズンには沖縄にキャンプに行くことをルーティンにしている友人もいるし、アイドルの推し活をしている友人もいる。みんなどこか楽しそうだ。推しの子どもや孫が今の推しの名前を襲名するまでは生き抜きたいと、歌舞伎クラスタが言っていたのを聞いた時は、その壮大さに少しクラクラしたが、生きていく活力になる趣味があるのは素晴らしいことだと思う。6月21日(土)からスタートした、NHKの連続ドラマ『ひとりでしにたい』でも、綾瀬はるかさん演じる鳴海は実に楽しそうに見えた。
10年ほど前だっただろうか。知人に、「そんなに夢中になれる趣味があるなんてうらやましい」と言われて、はっとした。「こんな金のかかる趣味を持ってしまい、私のばかばかーっ」と思っていたが、実は幸せなことだったのだと再認識した。趣味に費やすためのお金を稼ごうと、仕事にも気合が入る。今では、この趣味に出会えた自分、ナイス! と思っている。
【NHK公式】土曜ドラマ「ひとりでしにたい」
笑って読める終活ギャグマンガ、カレー沢薫の『ひとりでしにたい』を、綾瀬はるかを主演に迎え、大河ドラマ「青天を衝け」連続テレビ小説「あさが来た」の大森美香による脚本でドラマ化します。
2025年6月21日(土)スタート <全6回>
【原作】カレー沢薫『ひとりでしにたい』
【脚本】大森美香
【音楽】パスカルズ
【主題歌】椎名林檎「芒に月」
【出演】綾瀬はるか 佐野勇斗 山口紗弥加 小関裕太 恒松祐里 満島真之介 /
麿赤兒 岸本鮎佳 藤間爽子 小南満佑子 コウメ太夫 / 國村隼 松坂慶子
【制作統括】高城朝子(テレビマンユニオン) 尾崎裕和(NHK)
【演出】石井永二(テレビマンユニオン) 小林直希(テレビマンユニオン) 熊坂出