家族の健康を第一に考えて料理を作り続けてきたウー・ウェンさんにとって、材料も手順もシンプルなのは「当たり前のこと」。そうでなければ毎日続けられないし、何よりそれが体にいいからだ。
そんなウーさんの料理に対する考え方をまとめたのが、最新刊の『最小限の材料でおいしく作る9のこつ』(大和書房)だ。『本当に大事なことはほんの少し 料理も人生も、すべてシンプルに考える生活術』、2023年料理レシピ本大賞【料理部門】エッセイ賞を受賞した『10品を繰り返し作りましょう わたしの大事な料理の話』、に続く完結編となる。
本書のまえがきの中で、ウーさんは次のように言っている。
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毎日の食事を、シンプルにおいしく。365日でも食べたいきれいな味にするためのこつを、この本でご紹介します。私がふだん実践していることばかりです。それを役立てていただくために、まずはみなさんに次のような「意識改革」をしていただきたいのです。
【1】料理を「料理名」から考えない
麻婆豆腐やハンバーグを作ろうとすると、必要な材料も増えるし、手間もかかります。旬の野菜、たとえば春キャベツを買ってきたら、それをいちばんおいしく食べることを考える。すっきりとしたきれいな味の料理には、有名な名前がついていないことも多いのです。
【2】塩と油だけでよい、と心得る
調味料は塩と油。基本、それだけでいいと考えましょう。良質な油はうまみの調味料。私は調理には太白ごま油、風味づけには焙煎された茶色いごま油を使います。春キャベツを蒸して、塩とごま油をちょっとつけて食べるおいしさを知ってください。はじめに旬の素材ありき。味つけは忘れてしまってもいいぐらいです。あとでテーブルの上で塩をふればいい、ぐらいの気持ちでOK。そんな料理を主体にしましょう。
【3】季節のものを食べる
旬は、その素材が最高においしい時季です。野菜でも魚でも、スーパーにたくさん並んでいて、見るからにいきいきとして新鮮で値段もお手頃。そんな旬の素材を蒸したり焼いたり、シンプルに加熱して塩と油でいただく。それがいちばんラクチンで飽きなくて、からだにいい食事です。季節を楽しめば献立に悩むこともないし、この先ずっと大丈夫なんです。
【4】完璧をやめましょう
中火以下で作る家庭料理は、どこかがちょっと抜けているぐらいがちょうどいい。 レシピ通りにきちんと作って、調味料を書いてある通りに計量して入れて……とやっても、おいしい料理が作れるとは限りません。 昨日の小松菜と今日の小松菜は、味が違って当たり前なのです。 レシピ通りに完璧に作ろうとせず、今日の小松菜のかたさに合う幅に切り、今日の小松菜の苦味に合う塩をふる。自分の目と手と舌の感覚で作ればいいんです。繰り返しますが、 味が足りなければ、食卓で塩をふる。 家庭料理はそれぐらいのほうが飽きがきません。
【5】中火以下で作る
強火でガーッと作るプロの姿は忘れてください。家庭料理は中火以下で作ります。 強火で、重い中華鍋をふって短時間に炒め物を作れるのはプロだからです。私たち「普通の人」は、中火以下の火加減でゆっくり作る。そのほうが家庭料理はおいしく作れて失敗がないのです。「普通の人」じゃないと作れないのが、からだにやさしい家庭料理なのです。
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最新刊と『本当に大事なことはほんの少し』から、4回にわけて、「ウーさんのとっておきの当たり前」をお伝えする。
第1回「ウー・ウェンさんの当たり前。鶏でも豚でも、肉は蒸すのが一番いい!」では、蒸した肉のおいしさと便利さについてお伝えした。2回目の今回のテーマは、「おいしさの隠し味、黒酢を使いましょう」。
*以下、本書からの抜粋。
「黒酢」はおいしさの隠し味
私は一日3食のほとんどの食事を、ごくありふれた調味料で作っています。
塩(粗塩)、油(太白ごま油、ごま油)、しょうゆ、みそ、酒(日本酒、紹興酒)、こしょう(黒こしょう、白こしょう)、はちみつ、そして黒酢。以上の8つがわが家の基本の調味料です。とてもシンプルです。
ドレッシングやたれの類いもマヨネーズも、冷蔵庫に入っていません。ドレッシングやたれは、基本の調味料でいくらでも作れるからです。それに市販のドレッシングやたれは、味が強すぎて、野菜や肉そのものにある素材のうまみが感じられなくなってしまう気がするのです。
わが家の基本の調味料のうち、みなさんにあまりなじみがないのは黒酢だと思います。黒酢は、ウー家のごはん作りに欠かせない調味料です。
そもそも中国では、日本の酢のような透明なお酢は、あまり使いません。黒酢が一般的なのですが、その黒酢も厳密に言えば、日本で作られている黒酢とは少し風味が異なります。でも、私は日本で暮らしていますので、日本製の黒酢を愛用しています。
黒酢は、大麦やもち米などの穀物を長期間発酵させて作る調味料です。 発酵調味料ですから、からだによい成分がたくさん含まれています。 血流をよくし、免疫力を高めてくれて、お肌にもいいアミノ酸が豊富。 また、黒酢の主成分である酢酸は体内に取り込まれるとクエン酸に変わり、クエン酸は疲労回復に効果があるとか。
からだにいいばかりでなく、黒酢は料理を確実においしくしてくれます。中国では黒酢を「酸味」として使うのではなく、料理をおいしくするための「隠し味」として使うんです。特に私の故郷である北京には黒酢を使う料理が多くありますが、酸味は表に出しません。酸味を感じない程度に使うことがほとんどです。料理にコクと深みがほしいときに、黒酢を使います。
黒酢には、たとえば次のような料理的効果があります。
・黒酢は、肉をやわらかくしてくれます。
・黒酢は、油を使った料理をさっぱりとさせて、油の分解をよくしてくれます。
・黒酢は、じゃがいもの土っぽい風味をやわらげると同時に、じゃがいもの甘みを引き出し、シャキッとした歯ごたえにしてくれます。
・黒酢は、きのこなどのクセのある食材の風味をよくしてくれます。
・黒酢は、じゃこの魚くささを消してくれると同時に、カルシウムの吸収をよくしてくれます。
・黒酢は、強いうまみがあるので、これを使うことで減塩、減油ができます。
こんなふうに黒酢には魅力がいっぱい。黒酢を上手に使うことで、家庭の料理はもっとおいしく、もっとヘルシーになるのです。では実際にどんなふうに使ったらいいのか、黒酢が欠かせない料理、まずは薄切り肉の酢豚をご紹介していきますね。
薄切り肉の酢豚は、下ごしらえが大事
酢豚こそ、黒酢で作っていただきたい料理です。普通の透明な酢で作ると、酸味が際立つので、砂糖などを多めに入れて甘みをつけてバランスをとりたくなります。そうして作った甘酸っぱすぎる酢豚が苦手、という人も多いと思うんです。
その点、黒酢なら酸味がマイルドだし、黒酢には肉をやわらかくする効果もあるので、とってもおいしい酢豚ができます。
酢豚は炒め物です。炒め物は下ごしらえが大事です。 コロコロとした一口大の豚肉で作る酢豚は、肉を揚げて火を通してから炒めます。 家庭のおかずで、下ごしらえに揚げ物をするのは面倒ですよね。 ですから、薄切り肉で作りましょうよ。 薄切り肉なら揚げずに、下ゆですればOKです。 誰ですか、「薄切り肉でも酢豚なんですか?」なんて言うのは。「豚肉」と「酢」を使えば「酢豚」でしょう。形状にとらわれる必要はないのです。おいしければいいですよね。
2人分で豚こま切れ肉250グラムを使います。 鍋にお湯を沸かして、肉を一度に全部入れてゆでます。食べられるくらいまでしっかり火が通ったら、お湯の中でしゃぶしゃぶして脂やアクを落とし、水気をよくきってボウルに入れます。そして、こしょう少々、酒大さじ1、粗塩小さじ1/3、片栗粉小さじ1で下味をつけておきます。
下味のこしょうは肉のくさみをとるもの。酒は肉をやわらかくして風味をよくするもの。片栗粉は、あとで調味料を肉にからめるための「のり」の役目。
「片栗粉はそれじたいはおいしくもないし、栄養があるわけでもないので、少し使うので十分。でも、ないと困るもの」と私は教室でいつも言っています。そばで聞いているスタッフはもう、耳にタコができているかもしれません。でも、そうして同じセリフを何度も聞いていると、みなさんが家で料理を作るときも、この言葉が天から聞こえてきて「片栗粉は少しでいいんだ」ってわかるんです。だから大事なことなんです。
ちなみに、ゆでた肉の水気をきるとき、ざるにあけないのは、ざるの網目に脂やアクがつくと、洗い落とすのが大変だから。ゆで湯の中でしゃぶしゃぶして脂やアクを落とし、しっかり水気をきればいいのです。そうすれば、面倒な洗い物がひとつ減る。 主婦の知恵です。
黒酢入りの調味料と、炒め合わせる
合わせ調味料を用意しましょう。黒酢大さじ2、はちみつ大さじ1、しょうゆ大さじ1/2、酒大さじ1、ごま油大さじ1/2をボウルで混ぜ合わせます。 ごま油は風味づけに入れるので、茶色いごま油です。
仕上げに使う材料も用意しておきます。白いりごま大さじ1、パセリのみじん切少々、白髪ねぎ10センチ分を使います。
では炒めますよ。炒め鍋に太白ごま油小さじ1を入れて中火にかけ、豚肉を炒めてから、合わせ調味料を加えます。 調味料が煮立ってくるまでは、箸やヘラで混ぜないこと。
混ぜると煮立ちが遅くなります。煮立つ=調味料の水分が飛ぶ、です。煮立って水分が減ってきて初めて、調味料のうまみが出て、調味料どうしがなじんでおいしいたれになるのです。
調味料が煮立ったら、箸などで混ぜて豚肉に味をしっかりからめます。 調味料のテリが出てきたら、白いりごまをふって混ぜ、器に盛ります。 パセリと白髪ねぎをのせれば完成です。
すごく簡単で、これならいつでも作れますよね。豚こま切れ肉だけ買ってくればいいので、お手軽です。そして酸っぱすぎず、甘すぎず、黒酢のうまみがあるので塩分も油分も少しでいい、とてもヘルシーな酢豚です。お弁当にもぴったり。家庭の酢豚はこれがいいと思うのです。
第3回は、ウー・ウェンさんが、「家族のごはんのために心がけてきた大切なこと」について。きっと参考になるはず。6月29日配信予定です。