新型コロナウイルスの感染蔓延に対し、政府は担保なし、金利なしの「ゼロゼロ融資」によって資金を供給し、その間企業の倒産は急減した。しかしそんな「あぶく銭」はいつまでも続かない。
時代の変化に応じてビジネスモデルを変えられなかった企業は、円安、資源高、人件費の高騰などに見舞われ、たちまち資金繰りに窮することになった。そしていままた、破産、会社更生法・民事再生法適用など様々な形での倒産が急増している。
60年にわたって「倒産」の現実を取材・分析しつづけてきた日本最高のエキスパート集団が、2021~2024年の最新の倒産事例をレポートした『なぜ倒産 運命の分かれ道』から連載形式で紹介する。
『つぶれるはずのない会社が“経営破綻”…「黒字決算」の医療系企業を崩壊に導いた「32億円債権」の闇』より続く。
ジェミック〈3社目〉〜連鎖倒産のカギ握る子会社
アイテックの申立書に基づいた債権者一覧を『帝国ニュース』に掲載すると、複数の債権者からほぼ同じ内容の問い合わせが寄せられた。「こちらが把握している債権額と異なっている」——。
債権者の名簿は、法的整理を申請した債務者側が自社の経理資料に基づいて作成するもの。当事者間で見解の相違があるケースも多いが、「金額が1ケタ違う」「債権はまったく存在しない」といった声が複数上がってくることは珍しく、こうした場合、粉飾決算や架空取引といった不透明な会計処理が背景にあることが少なくない。
これまで見てきた2社の破綻経緯を踏まえれば、これらの商流で手形取引を交えた不透明な資金操作が行われていたと思わざるを得ないが、この時点ではどちらの会社もそれを明言することはなかった。
「どうやら、アイテックの子会社で医療機器卸のジェミック株式会社がカギを握っている」というのが、周辺業者の総意だった。
コーケンの破綻から3日後の10月31日、今度はアイテックの子会社であるジェミックが事業を停止し、自己破産申請の準備に入った(11月9日破産手続き開始決定)。
その日、「いよいよジェミックが倒産するらしい」との情報が入り、事実確認のため会社に連絡するも担当者はつかまらなかった。同時に情報記者Aが現地に走り、その場で取材を申し込むと担当者が出てきて、事業停止と破産申請準備に入ったことを認めた。
そして後日、入手した破産申立資料には、下記の文言が明記されていた。
「アイテックが架空・循環取引と手形による資金操作を行っていた。ジェミックとしての実業ベースでの売り上げは2000万円程度」
ジェミックの直近期の年売上高は約121億円であったことから、ほぼすべてが架空売り上げだったということだ。ジェミックの売り上げが急増したのは2012年で、かれこれ10年近く粉飾決算が行われていた可能性もある。
債権者の中にはすでに訴訟の動きを見せていた会社もあり、取引関係のあった多くの企業に影響を与える倒産となった。
架空・循環取引の構図
連鎖倒産した3社のうち、唯一架空・循環取引を認めているのがジェミックだ。同社の破産申立書には、以下のように記載されている。
「医療機関から(中略)発注があったかのように装って複数のディーラーとの間で手形決済を行い、その中間にアイテックを入れることで(中略)(1)利益発生、(2)手形割引による資金融通、(3)表面上の売上増加(架空計上)を発生させてきた」
申立書や関係書類、周辺業者への取材をもとに、今回の架空・循環取引の構図を単純化すると、下の図のようになっていたものと推定される。
ポイントは、アイテックの立ち位置にある。ジェミックの申立書には「アイテックは、(中略)医療機器発注の情報を入手できる立場にあったことを利用して、(中略)架空・循環取引と手形決済の支払サイトを利用した金融の利益を得る手法が実行されるようになった」と記載されている。一方で、アイテックの債権者説明会では「医療機器の取引はジェミックが差配していた」とも説明されており、判然としない部分も多い。
また、手形操作の実態については、グループ外企業から両社に振り出された手形を割引に回して現金化していた事実を確認できており、これを資金繰りに充てていたことが想像できる。
債権者への取材やジェミックの申立書を参考にすれば、図のA社やB社の位置に様々な企業が入っていたほか、「アイテック→A社→C社→ジェミック」のように、間に複数社が挟まれて商流が形成されるケースも多かったようだ。アイテックやジェミックが振り出す手形の支払い期日を調整することで、間に入った業者に負担がないように差配していたとの話も聞かれる。
いずれにせよ、意図せず巻き込まれた取引先も含め、この構図によってアイテック、ジェミックは架空の売り上げと利益を生んでいたと見られる。
「この商流は危ない」
今回の架空・循環取引は、アイテックが様々な医療機関から設備や機材の発注、新棟建設、移転情報などを事前に把握できるような立場にあったことが大きな特徴である。アイテックやジェミックが、間に入った業者に対して取引の流れを事前に指示していたような話も聞かれる。
医療機器卸業界では、特定の医療機関や地域の案件に際して窓口役となるような業者が多く、その差配のもと、エンドユーザーとなる病院とメーカー(や卸業者)の間に複数の業者が入る商流は珍しくない。間に入る業者の元を実際の商品が流れることはなく、伝票のみが回ることも多いようだ。
「商流全体を把握することはほとんどなく、せいぜい自社の前と後の社名を確認するだけ」(某債権者)、「たとえ商流を確認していたとしても、間に複数の業者が入った商流で、アイテックとジェミックが親子だと認識していた業者がどれほどいたのだろう」(別の債権者)といった声も聞かれる。
また業界では、地域ごとに窓口役となる業者を介してある程度固定化された商流のなかで取引を行う商慣習であることから、医療機器卸業者にとって活動エリアや売り上げの急拡大は望み難く、全国の病院と関係を持つアイテックとの取引は「業容拡大のチャンス」と魅力的に見えたのかもしれない。
手形を使った取引である点も特徴と言える。もともとサイトの長い手形が多い業界であり、とくに公的病院向けの案件は回収が年度末の一括となるケースが多く、期中は支払い先行のサイトバランスとなりやすい。そのため、割引も含めて出回る手形の総額が大きくなり、今回のように期中で業者が破綻すると、多数の債権者と債権が生まれる。アイテックの倒産直前には、市中金融業者にも多額の手形が持ち込まれ、大半が見送られたとも聞かれる。
「この商流は危ないと感じ、数年前に思い切って撤退した」(医療機器卸筋)。持ちかけられた取引条件の不審さや、親子関係にあるアイテックとジェミックによって自社が挟み込まれるような商流に疑念を抱いた同業者、金融業者もいたようで、「当然の帰結だ」と語る関係者もいた。些細な不審点も見逃さず、徹底して追及してみることは、時間に追われる現代ではなかなかできないことだが、あらためて肝に銘じなければならない事例といえる。
実態の損失額と乖離している
こうした業界慣習を利用したといえば言い過ぎだろうが、結果的に今回の連鎖倒産は大手業者や地場の優良業者も含めて、多くの医療機器卸業者を巻き込んだ。アイテックの倒産以降、注目点は「アイテックが再生できるのか」よりも、相応の焦げ付きが発生している債権者の動向に移っていった。
さらなる連鎖倒産の可能性が気になるところだが、なかには財務の安定性を欠く債権者もいたものの、前述のような地場の医療機関網に商流の根を張る大手業者も多く、自己資金で損失をカバーできている、事情を踏まえた上で金融機関からの支援が得られている、といったケースもあったようだ。
ただし、焦げ付きによる財務面へのダメージはもとより、架空・循環取引への関与の度合い(知っていて取引を続けていたのか?)といったレピュテーションリスクを心配する声は後を絶たない。「取引の見直しを考えている」といった声も一部で聞かれた。
債権額について疑問を呈する声も多い。アイテック、ジェミック側が作成した債権者名簿に対しては「粉飾された経理書類によって算定されているものではないか」「まだ取引が実行されていない、あるいは取引そのものが存在しない案件の分まで集計されている」など、実態の損失額と乖離しているという債権者からの指摘も聞かれた。
どこまでが債権者にとっての実損で、どこまでがそうでないのか。架空取引の可能性があるとはいえ、すでに売り上げや利益として計上されていれば、決算修正を余儀なくされるケースもあるだろう。こうした事態を踏まえて、債権者からの訴訟に発展するような動きもあった。
帝国データバンクの取材に対し、アイテック、コーケン、ジェミックの会社・代理人弁護士は「現状でお伝えできることはありません」との回答に終始。実態についてはいまだに見えない部分も多い。
運命の分かれ道
(1):医療機関の設備、機材発注情報を把握できる立場を悪用
(2):取引先を巻き込んだ循環取引で架空売り上げ、利益を計上
(3):膨れ上がった手形取引
沿革
1970年4月、株式会社コーケン設立
1981年5月、アイテック株式会社設立
1984年3月、ジェミック株式会社設立
2022年10月、アイテック、民事再生法の適用を申請、コーケン、自己破産を申請
同年11月、ジェミック、破産手続き開始決定