ここ2年ほどのことだろうか。テレビのニュース番組を眺めながら、ずっと疑問に感じ続けてきたことがある。食品関連のニュースが流れる際、毎回のように取材を受けているスーパーがあるのだ。昨日も今日も……チャンネルを変えても、また出ている。その店の名は「スーパーマーケット セルシオ 和田町店」。横浜市保土ケ谷区にあるローカルスーパーだ。
取材を積極的に受け入れるスーパーといえば「アキダイ 関町本店」(東京都練馬区)が有名だが、セルシオの登場頻度はアキダイをもしのぐ勢いに見える。
横浜にあるスーパーがそんなにも取材を受けているのはいったいなぜなのだろう? ナゾを解明するべく、店に取材を申し込んだ。
何の変哲もない“地元のスーパー”なのに…
電話で企画の趣旨を伝えたところ、取材を受けてくれるという。しかも、電話をかけたその日の夕方にアポイントが決まった。さっそく出向くことにした。
東京方面から電車で向かう場合の主要ルートとしては、横浜駅で相鉄線に乗り換え、各停で5番目の和田町駅で下車。南口の階段を降りてすぐのところにセルシオはある。
年季が入った建物の1階が売り場になっており、店の軒先にまでたくさんの商品が並べられていた。特に変わったところのない、まさに地元のスーパーといった風情だ。実際に足を運んでみると、「こんなところにどうしてニュースの取材が?」とあらためて首をひねりたくなる。
出迎えてくれたのは、セルシオでバイヤー(仕入れ担当)を務める久保田浩二さん。黒いマスク姿には見覚えがあった。ニュース番組で頻繁に取材を受けている、まさにその人だからだ。
店舗の奥の部屋に案内され、インタビューを開始した。まず、セルシオとはどんなスーパーなのか、というところから質問を始めた。
店を営んでいるのは、株式会社セルシオジャパンという企業だ。久保田さんは言う。
「私は数年前に転職してきたので昔の話は分からないところもありますが、一言でいえば精肉の会社です。テナントとしていろいろなスーパーに出店するようになって以来、店舗数を伸ばしてきました。ちなみにセルシオという社名は、高級車のセルシオが由来。『従業員みんながセルシオに乗れるぐらい豊かにしたい』という社長の願いが込められているそうです」
経営は手探り状態で始まった
現在の店がある場所にはもともと「キタムラ」というスーパーがあり、セルシオはその中にテナントとして入っていた。ところが2020年1月、キタムラは急きょ閉店してしまう。このときセルシオは、その跡地で自らスーパーを開くというチャレンジに打って出た。
「何より立地の良さが魅力だったようです。駅から降りてすぐのところで、人通りが絶えない。じゃあ自分たちでやっちゃおうか、と」
ただし、スーパーを営むのは初めてのこと。肉以外のことは手探りだ。それでもキタムラの閉店から約2ヵ月半後の同年3月20日、「スーパー セルシオ 和田町店」はオープンした。
セルシオの開店準備が進んでいた頃、当時はまだ別のスーパーに勤務していた久保田さんのもとに連絡が入った。電話をかけてきたのは、セルシオジャパンの部長だった。
「私は長くスーパー業界にいますので、セルシオの方とも以前から面識がありました。そのセルシオがスーパーを開くことになって、部長から『(肉以外の)食品のことを教えてくれないか』という連絡をいただいたわけです。『これはどれくらい利益を乗せて売ればいいの?』と。私に分かる範囲のことはお教えしていました」
久保田さんは西東京市ひばりが丘のスーパーに勤めていたが、2021年に退職。次はどうしようかと考えていたときに、セルシオの存在に思い当たった。スーパー業界、特に食品全般に精通した久保田さんは、セルシオにとっても欲しい人材だったに違いない。双方の思惑は合致し、同年末に久保田さんはセルシオに入社。和田町のスーパーで働き始めた。
携帯の電話番号がテレビ局の“フリー素材”に
実は現在の“取材殺到”状態が生まれているのは、久保田さんの存在あってこそだ。
話は、久保田さんがひばりが丘のスーパーに勤務していた時期に遡る。新型コロナの蔓延が社会問題化していた頃、スーパーも感染防止対策を迫られていた。当時は専用の資材もなく、店長だった久保田さんは手作りで飛沫防止シートを用意するなどして、客が安心して買い物をできる環境づくりに励んでいた。
「そんなとき、あるテレビ局から本部のほうに『コロナ対策の取り組みを取材させてもらえないか』という連絡がありました。本部から『受けられるか』と聞かれたので『いいですよ』と。それが、私が初めて受けたテレビ取材です」
特別にユニークな取り組みではなかったというが、番組が放映されると、それを見た別のテレビ局から連絡があり、取材は連鎖していく。コロナが一段落したあとも、消費税増税やタマゴの価格高騰など“生活ネタ”が話題になるたびに、取材の申し込みが来るようになった。
「ひばりが丘にいた頃に10件ぐらいは取材を受けたと思います。その間、いちいち私に電話を取り次ぐのも面倒だということになって、テレビ局の方には個人の携帯電話の番号をお伝えするようになりました。(関係者の間で)自由に共有していただいても構わないですよ、と。言ってみれば“フリー素材”みたいなものですね」
この頃から各局のニュース制作に携わる関係者の間で、「あのスーパーは電話一本で取材を受けてくれる」という評判が久保田さんの携帯番号とともに広まったようだ。
企画書の提出や広報部との折衝、あるいは可否の判断待ちといった手間なく取材先を確保できることは、時間との勝負であるニュース取材班にとっては非常に価値が高い。秋葉弘道店長が取材OKを即決するアキダイがそうだったように、久保田さんもまたフットワークの軽さが評価され、取材先リストの最上部に位置するようになっていった。
(撮影/日比野恭三)
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