昨秋から続いてきた「令和の米騒動」は、一気に「小泉劇場」の様相を呈している。「コメ担当大臣」を自認する小泉進次郎農相は、就任以来、備蓄米の流通に心血を注いできた。その結果、小泉氏自身が目標としてきた「5キロ2000円」程度での備蓄米販売がいよいよ広がり始めている。
備蓄米の流通に見通しがつき始めたいま、「小泉劇場」の次なるキーワードとなりそうなのが「コメの増産」だ。
「コメ増産」に向かう政府
周知のように、わが国では1970年代以降、コメの生産量を政府がコントロールする「生産調整」を核とした減反政策が、長らく採られ続けてきた。だが、「食生活の多様化」を背景に、わが国の1人当たりコメ消費量は減少の一途をたどっている。1962年度の年間消費量118.3キロをピークに、2022年度には50.9キロまで減少した。コメの卸業者でつくる全国米穀販売事業共済協同組合(全米販)によれば、2040年にはコメの国内需要が2020年比で41%減の375万トンに縮小すると予測されている。
こうした状況でコメを作りすぎれば、コメが余り、米価は下がる。そうなるとコメ農家の収入は減り、国内の生産基盤が崩壊してしまう。そこで政府は、生産量を抑える政策を続けてきた。
こうした生産調整による減反政策は安倍政権下の2018年に一応、終了したことになっている。だが、コメが作られすぎないよう、政府が毎年コメ生産量の目安を設定する「事実上の減反政策」はいまなお続いており、これが「令和の米騒動」の犯人として槍玉に上がっている。たとえば、国民民主党の玉木雄一郎代表は『文藝春秋』7月号でのインタビューにおいて、「2018年に減反を本当にやめて増産に舵を切っていれば、今回の事態は起こらなかった」と指摘している。
石破首相の「悲願」
そして、ついにコメの増産を検討する動きが政府内でも現れ始めた。小泉農相は「コメの増産を進める方向で検討する」と明言し、石破茂首相もこのところ相次いで増産の可能性に言及している。
そもそも、石破首相は長らく「生産調整」の手法に反対する論陣を張っていたことで知られる。先の総裁選でも、コメの増産へと舵を切り、米価が下がった場合には農家の所得を補償すべきと主張した。
石破氏は税金を投じて米価を維持する方針に否定的で、麻生政権下で農相を務めていた時期(2008~2009年)には、生産調整からの転換を目指す「石破プラン」を提案した。当時は自民党内からの反発や民主党への政権交代を受けて、改革を断念せざるを得なかったが、ついに時勢が石破氏にとって追い風となりつつある。
コメ政策は、戦後80年議論され続けてきた
いつ終わるともしれない米価高騰を背景に増産を打ち出せば、世論の支持は得られるだろう。だが、話はそう単純ではない。
「コメの生産はどうあるべきか」という問題は、少なくとも戦後80年間、日本の農業政策において最大の関心事だった。それゆえ、この問題についてはこれまでも膨大な議論が交わされ、研究者たちもさまざまなことを調査してきた。「コメの増産」というキーワードに飛びつく前に、この問題がどれだけ複雑であるかを知っておくことが必要だ。
“日本米”輸出の難しさ
繰り返しにはなるが、コメの増産をめぐる論点を確認しておこう。消費量が今後も着実に減るなかで増産にシフトすれば、コメ余りによって米価は下がり、ひいてはコメ農家の収入が減る。その結果、主食であるコメの生産基盤が崩壊する。これが想定される最悪のシナリオだ。
もちろん、こうした懸念があることは小泉農相らも織り込み済みだ。増産による懸念に対して、小泉氏はコメの輸出促進によってマーケットを拡大させ、国内の需要減少に対応すると説明している。
だが、「国内の市場が小さくなる代わりに海外へ輸出する」という議論は、少なくとも1970年代からある。すでに50年以上議論されてきたにもかかわらず、思うような成果が挙がっていないのには、それなりの理由があると考えるのが自然だろう。
では、なぜコメの輸出はうまくいかないのか。
高すぎる日本のコメ
まず、国際市場での競争を考えると日本のコメはあまりにも価格が高い。たとえば、米・カリフォルニア州産と比較すると、平均小売価格は2倍以上の差があるというデータもある。世界のマーケットを相手にするということは、こうしたカリフォルニア州産などとの競争を意味する。
山地が多く、農地に適した平地が少ない日本と違い、アメリカの農地は平らかつ広大で、コメ生産の効率性も桁違いに高い。カリフォルア州でのコメの生産コストは、日本の平均的なコメ農家の5分の1以下だ。「日本の農家も大規模化を進めれば勝負できる」という意見があるかもしれない。だが、50ha以上の作付面積をもつ日本で最大規模クラスの農家と比べても、カリフォルニアでの生産コストは3分の1以下である。いくら大規模化を進めても、アメリカの生産コストに追いつくことはそう簡単ではない。
「高くてもおいしいから売れる」は本当か?
「日本のコメは美味しいから、高くても売れるはず」という意見もあるだろう。たしかにそうかもしれないが、「高くても高品質なら買う」という市場はそれほど大きくない。」
前述の「石破プラン」の策定に携わり、小泉政権では農産物の輸出倍増計画も担当した元農林水産審議官の針原寿朗氏は、『米産業に未来はあるか』(農政調査委員会編)での座談会で、コメ輸出の実態をこう指摘している。
「私は輸出拡大政策に20年間携わる中で一貫して、お米の輸出は(中略)政策として進めることはやめるよう言い続けた。日本産米の需要は少なく、最初はいいが、狭いマーケットに各自治体やJAが懸命に乗り込んでいくので最終的には足の引っ張り合いになる」
つまり、すでに海外の市場では小さなマーケットを日本産のコメ同士で取り合う状況になっており、「高くても高品質なら…」というマーケットは開拓が進んでしまっているのだ。
小泉農相が主張するように、増産して余ったコメを輸出に回すのであれば、まずはこうした課題を解決しなくてはならない。だが、50年以上も取り組んできた難題に、そう都合よく解決策が現れるものだろうか。
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【つづきを読む】『「コメ増産」は“米騒動”の解決にならない!「このままでは農業が崩壊する…」専門家が語る、石破・小泉《コメ改革》最大の問題点』