近いうちに、国内における外国人の運転事情が大きく変わるかもしれないーー。
警察庁は5月22日、外国で取得した運転免許を日本の免許証に切り替える「外免切替」を利用したドライバーによる相次ぐ事故を受けて、審査を厳格化する方針を明らかにした。同庁は今後、道路交通法の施行規則の改正などを行なうという。
その対象となる外国人はなにを思うのか。現地に赴き、彼らの声に耳を傾けた。
外免切替の問題点
「筆記のテストは簡単だよ。10問だけの○×クイズで終わるから、今後テストが難しくなったらみんな困っちゃう。今のうちに受けちゃおうって感じで、今日は付き添いをお願いされたんだ」
埼玉県鴻巣市にある運転免許センターの一角。外免切替を希望する男性の通訳として来たというベトナム人男性(20代)は、記者の問いかけにこう笑顔で答えるのだったーー。
現在、外免切替の審査の厳格化の動きが進んでいる。政府が6月中旬にまとめる「骨太の方針」にも、制度の見直しについて明記される予定だという。
外免切替で指摘されている問題点は主に2つ。現行の制度では、ホテルや知人宅などの一時的な滞在先でも住居地として認められる。つまり日本で暮らす外国人以外にも、観光ビザなどによる短期滞在者の外国人でも免許を取得できるのだ。
また、日本の交通ルールを問う筆記テスト(知識確認)も、2択形式で10問中7問に正解すれば合格することから、受験者の通過率は90%を超える。この状況から、外免切替の審査内容を厳しくすべきだという声が多くあがっている。
「外免切替を利用した外国人ドライバーによる事故が頻発していることも、審査の厳格化に至った理由の一つだろう。昨年8月には、山梨県の富士河口湖の交差点でレンタカーを運転していた中国人の女が、中国人観光客の夫婦を轢いて死亡する事故が起きた。
また先月は、埼玉県で中国籍の男が飲酒した上で車を運転し、小学生4人に重軽傷を負わせる事件が発生。さらに三重県の高速道路で、ペルー国籍の男が高速道路を逆走して車4台と衝突する事故も起きた。
3人とも外免切替で免許を取得したドライバーだったことから、現行の制度に対して厳しい目が向けられるようになった」(全国紙社会部記者)
現場で見た「驚きの光景」
外免切替の取得者数は、近年うなぎ上りだ。2024年の年間取得者数は7万5905人で、10年前に比べると2.5倍に増加している。免許取得者のうち最も多くを占めるのがベトナム人で、2番目は中国人だという。ここまで人気の理由はなんなのか。
「彼らが外免切替を行なう目的は、単純に日本で運転するほかに、免許のアップグレードにもある。日本は『ジュネーブ条約』に加盟しているので、日本の免許証があれば、100カ国近くの運転が可能になる。
しかし中国やベトナムは未加盟のため、母国の免許証では不都合が生じてしまう。中国のSNSには『日本の免許を持つとどの国でも運転できる』『簡単に合格できる』などの投稿が出回っている」(同上)
果たして実際のところはどうなのか。6月上旬、朝7時ごろに埼玉県にある運転免許センターを訪れると、開場前にも関わらず、入口前にはすでに100人近くの長蛇の列ができていた。その中にはアジア系の外国人らしき人の姿も目立ち、警察官が「最後尾はこちらです〜」と整列を呼びかけていた。
敷地内に設置された喫煙所にも外国人グループが多く、中国語をはじめとした外国語が飛び交っている。タバコをふかしているベトナム人の男性(20代)に声をかけると、冒頭の発言に続けて「今日一緒にきたベトナム人の友達は、日本に来たばかりで日本語ぜんぜん話せないから私が翻訳しないといけない」と話してくれた。
「今日で友達の外免切替をサポートするのは10人目(笑)。これから筆記テスト(知識確認)が難しくなるかもしれないから、みんなが私に『手伝ってくれ』とお願いしてくる。
私のように通訳に来ている人は多くて、大体ネパールとかベトナム、中国の人かな。今日の『事前審査』が終わったら、また4カ月後に筆記テストがあって、運転テスト(技能確認)もあるからサポートする側も大変です」
外免切替をサポートする「業者」まで存在
外免切替の主な流れはこうだ。まず在留カードなどの必要書類の確認や、外国免許の取得について日本語で質問される「事前審査」を通過すると、運転に関する知識確認のテストの受験を予約できる。埼玉県では完全予約制を導入しており、3〜4カ月先しか空き枠がない状況だ。
こうして知識確認に合格し、技能確認(運転テスト)を突破すると日本の免許証が発行される。韓国や台湾をはじめとする29カ国の外国人は、知識確認と技能確認を「免除」されるが、中国人やベトナム人は、この3つの審査を通過しなければならないのだ。
この男性に外免切替をする理由を尋ねると、「私たちが日本で働くためには、運転免許が必要なんだ」と答える。
「今日一緒に来た友達も、日本の建築会社で働いているし、仕事のために免許を取らないといけない。最近は、外免切替したらすぐに国に帰ってしまう外国人がいると聞くけど、私たちは違う。
それにちゃんと住所もあるし、ホテルを住所にするのは中国人だけだと思う。ベトナム人でそんなことしてる人は聞いたことないよ」
午前9時すぎ、ふたたび運転免許センターを訪れると、事前審査の会場となる「外国免許相談室」の入口前には多くの外国人が詰めかけていた。廊下に設置されたイスはほとんど埋め尽くされており、その数およそ30人はいるだろうか。
アジア系や中東系の外国人が多く、子供連れで来ている人も見受けられる。ネパール人男性は、「早めに来ないと午前中に申請できない可能性があるので来ました」と話す。
事前審査の受付が始まると、施設のスタッフが「在留カードと電話番号が分かるようにしておいてくださいね〜」と呼びかける。外国人たちが一斉に荷物を確認する中、気になる光景が目に入った。
40代のアジア系女性が、隣に座るアジア系男性に「なに出せばいいか分かる?」と流暢な日本語で尋ねているのだ。男性は「はい先生、大丈夫です」と言いながら、リュックの中を漁っている。彼女はいったい、何者?
思わず話しかけると、彼女はフィリピン人で外国人向けの自動車教習所に勤めており、今日はミャンマー人男性の事前審査の翻訳に来たという。
「私たちの会社は、これから新しく免許を取ったり、外免切替をしたいスリランカ人やミャンマー人、ブラジル人のサポートをしています。外免切替に関しては、技能確認の運転練習のほか、知識確認の問題対策、当日の翻訳サービスまで請け負っています。私たちみたいな会社は免許センターの周りにいくつかあります」
中国人男性が語る「外免切替の本音」
料金相場は、運転講習1コマ(約45分)で1万円ほど。ただし、観光ビザなどで入国してホテルや知人宅などの一時的な滞在先を住居地として提出する「短期滞在者」の外免切替サポートは一切受け付けていないという。
「たしかに日本で外免切替をして、すぐに母国に帰る外国人はけっこういると聞きます。去年は中国のSNSで外免切替が流行ったみたいで、免許センターで中国人らしき人を見かけることも多かったし。でも私の会社は、滞在先のホテルを住所にするのは禁止にしています」
その後も、書類不備があったのか、施設のスタッフに向かって「なぜ(外免)切り替えできない?!」と抗議する白人男性を見かけた。「こんなのおかしいよ!」と激昂する男性をなだめるように、スタッフが「まず落ち着いて」となだめていたが、それ以外は大きなトラブルが起こることはなかった。
時刻は12時40分。運転免許センターの一角には、これから知識確認のテストを受験する外国人たちの列ができていた。その数およそ20人ほどだろうか。必要な書類を提出したのち、続々と試験が行われる会場に歩いていく。そんな光景を見守る一人の男性に声をかけると、埼玉県に住む中国人で、今日は知人の外免切替の付き添いで来たという。
この男性に、外免切替をする理由を尋ねると、「たしかに日本の免許を持つと色んな国で運転できるし、日本観光のついでに、外免切替をする中国人はいるとは聞く。でも少なくとも、俺の周りにはそんな人はいないよ」と話す。
「中国人というだけでイメージが悪いから仕方ないんだけど、俺の知り合いはみんな機械の工場とかに勤めてるし、日本で仕事するために外免切替を取ってる。
それと今後、筆記テストが難しくなるかもしれないから、そういう情報が出てすぐの3月とか4月は焦った外国人がみんな免許センターに駆け込んできてたね。中国のほかに、バングラデシュとかベトナムとかもたくさんいた」
1時間後、再びこの男性とすれ違うと、満面の笑みで「無事に知り合いが筆記テストに合格したよ。勉強なんてまったくしてなかったのに、楽勝だったって言ってたよ」と声をかけてきた。
今後、審査の厳格化が予定される外免切替。本当に免許が必要な外国人のみ利用できる制度になってほしいものだ。