コロナ禍を奇貨として社会にすっかり浸透したコワーキングスペース。ザイマックス総研が2024年に実施した調査によると、東京23区内のフレキシブルオフィス(コワーキングスペースを含む)の拠点数は1777件で、2021年時の762件から約2倍に増えている。人口100万人を超える政令指定都市の拠点数を加えると2820件だ。
急成長を遂げたコワーキングスペースで起こる様々なマナー問題やセキュリティリスクを紹介する。(全2回の2回目)
前編記事『〈「キーボードの音がうるせえんだよ!」とデスクを蹴られ…いま急増中のコワーキングスペースで起こっている「深刻なマナー問題」〉』より続く。
マルチ商法の会話が聞こえてくる
コワーキングスペース利用者の多くが不満を感じているのが、オンラインミーティング時の声量だ。
会話が漏れない専用ボックスや会話可能なエリアを別で設ける施設がある一方、全席でオンラインミーティングを許可している施設もある。利用者の不満が溜まりやすいのは後者だ。
声の大きさは人それぞれ感じ方が違う。お互い様とはいえ、なかには直接注意してしまう利用者もいるようだ。
「1時間近くオンラインミーティングをしていた男性と別の男性が口論になっているのを見かけたことがあります。『声がでかい』、『長時間のウェブ会議はやめてほしい』と男性は訴えていましたが、一方の男性は『ここは会話OKなエリアですよね?』と食い下がっていました。
私は系列のコワーキングスペースをすべて使えるプランを契約しているのですが、場所によってはパソコンに向かってマルチっぽい会話をしている利用者もけっこういたりします。彼らはとにかくずーっと喋っているので、さすがに勘弁してほしいと思いますね」(フリーランス広報・29歳)
機密情報ダダ漏れの利用者
そもそも不特定多数が集まるコワーキングスペースでは、オンラインミーティングに参加しないという利用者が少なくない。IT企業のエンジニアである笹井誠さん(仮名、37)は、以前会社近くのスターバックコーヒーで起こった騒動をきっかけに、その思いを強くしたという。
「20代くらいのビジネスマンが隣の席でオンラインミーティングを始めたんです。会話を聞いていたら、明らかに同じ会社に勤める人間なんですよ。しかも、クライアントの名前や要望なんかも平気で口にしていて……。さすがにヤバいと思ってやめさせました。
でも、彼のこの行為をほかの社員も目撃していたみたいなんですよね。『うちの大事なクライアント情報をカフェでベラベラ話している社員がいる』と会社に連絡が入り、後日、全社員宛に注意喚起のメールが送られてきました」
ただ、最近になってコワーキングスペースの利用を始めた笹井さんは、利用者のセキュリティ意識の低さに絶句したという。
「スタバで遭遇した彼と同じなんですよ。オープンスペースでオンラインミーティングに参加しながら、センシティブな情報を大きな声で話している。もしかしたらカフェより安全だと思っているのかもしれませんが、不特定多数の人間がいる時点でコワーキングスペースも大差ありません。
このあいだも、大事な話がすべて筒抜けの人がいましたからね。話しぶりからして、相手はおそらくその方が所属するチームの人間だったと思います。いま商談中の取引先にどのようにアプローチするかが議題だったみたいで、『先方の予算は●●円』、『あっちのキーマンはA部のXさんだから』、『先方のCさんに聞いた話なんだけど、実はインドの事業がだいぶやばいことになっているらしい』など堂々と話していました。
しかも、取引先は誰もが知る有名企業だった。こんな会話をコワーキングスペースでしていることが先方にバレたら大騒ぎになりますよ。少なくとも、僕はこの会社とは取引したくないと思いました」
専門家が警告「3つのリスク」
サイバーセキュリティに精通するCISO代表取締役の那須慎二さんは、コワーキングスペースやカフェなど不特定多数が利用する場所でのオンラインミーティングには「3つのリスクが潜む」と警告する。
「一つ目が、盗聴リスクです。イヤホンを装着してオンラインミーティングに参加していると、自然と自分の声が大きくなる傾向があります。周りの人は聞き耳を立てるだけで簡単に内容を把握できてしまいます。
二つ目が、のぞき見リスクです。自分のパソコン画面は他人から見えていると思ったほうがいいでしょう。実際、肩越しにパソコン画面をのぞいて情報を盗むショルダーハッキングという手口が存在しています。
そして三つ目が、Wi-Fiリスクです。コワーキングスペースやカフェが提供するフリーWi-Fiは、同じネットワークに複数の端末がぶら下がる構成になっていることが少なくありません。もしWi-Fi提供側のセキュリティが脆弱な場合、アクセスしている端末に対して簡単にサイバー攻撃を仕掛けることができます」
とりわけ、那須さんが挙げた一つ目と二つ目を悪意ある人間が実行する場合、特別な技術は必要ない。対象者のすぐそばにいるだけで機密情報を手に入れられる。手に入れた情報をきっかけにさらに別の情報を盗み取ったり、サイバー攻撃を仕掛けたりすることも可能だ。
油断した人間から情報を盗む
「例えば、攻撃を仕掛けたいA社の佐藤さんという方が、コワーキングスペースで取引先のB社とオンラインミーティングをしているとしましょう。ハッカーは近くに座ってその会話を聞いているだけで、彼らがどのような立場の人間で、どのようなプロジェクトを進めているかなど詳しく知ることができます。
B社の関係者になりすましたハッカーが、『プロジェクトの資料を送りたいので佐藤さんのアドレスを教えて欲しい』などとA社に電話をすれば、メールアドレスを手に入れられるでしょう。あとはそこにウイルスを仕込んだメールを送ればサイバー攻撃の入り口を作れます。
日本は治安が良いので勘違いしているビジネスパーソンの方が多いのですが、悪意のある人間は常に近くにいると思って行動したほうがいい。油断している人間の情報を盗むのは非常に簡単です」
では、コワーキングスペースの利用者はどのような対策ができるのか。
「まず、オンラインミーティング用の個室があれば必ず使ってください。もしないようだったら、近くのカラオケボックスを利用するのも一つの手です。また、ショルダーハッキングは覗き見防止フィルターで対策ができるのでぜひ導入してほしい。
そして、フリーWi-Fiの脆弱性はご自身のスマホのテザリング機能を使えば解決できます。どうしてもコワーキングスペースのWi-Fiを使いたい場合は、セキュリティ対策がどうなっているのか施設のスタッフに確認するのがベストです」
リモートワーク見直しの裏には…
近ごろは、生産性の観点からリモートワークを見直す企業が増えている。しかし、どうやら理由はそれだけではなさそうだ。
「生産性を気にしている企業が多いのは事実ですが、一方で情報漏洩リスクを気にしている企業の担当者は少なくありません。いくら会社側で対策を徹底しても、リモートワークをする従業員側の意識が低ければいとも簡単に情報は流出します。
実際、こうした働き方が普及したコロナ禍以降、企業に対するサイバー攻撃は明らかに増えている。リモートワーク導入によって生まれたネットワークの脆弱性や従業員の油断をハッカーが狙っているのは間違いありません」
今後、コワーキングスペース市場はさらなる盛り上がりを見せるのか、それとも衰退していくのか。命運を握っているのは、利用者自身のマナーやセキュリティ意識なのかもしれない。
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