デジタルタトゥーという言葉がある。一度投稿したら消しても完全に消えないから、ネットに投稿するのは気を付けたほうがいいという文脈でも良く使われる。しかし自分のことを投稿してそれが残るのならまだしも、デマを流されてデジタルタトゥーのようになってしまったらどうしたらいいのだろうか。
実際小説家で漫画家の折原みとさんは、Yahoo知恵袋の投稿で「折原みとさんは自己破産したんですか?」という質問が出され、ベストアンサーも「さあどうなのでしょうね」というものだったのだが、「自己破産したらしい」というデマが広がってしまったことがある。
ひろゆきさんの妻で、ベストセラー『だんな様はひろゆき』や『転んで起きて』などの著書がある西村ゆかさんは、まさにデマを流された体験をした。しかも、出元はインフルエンサーの夫であるひろゆきさんだ。悪気はないであろうことはわかるとしても、ではどう対処したのか。実体験をもとに、デマに対してどうやって対処すればよいのか、時間とメンタルを削がれない自衛術についてゆかさんが綴る。
「痴漢で示談金もらっておこずかい稼ぎしてたって本当ですか?」
かわいいフラミンゴの赤ちゃんの動画を見つけてリポストしたら、「痴漢で示談金もらっておこずかい稼ぎしてたって本当ですか?」と聞かれた。何を言っているのか分からないかもしれないが、実際に起きた話だ。最初に断っておくと、“私自身に起きた出来事”としては、このやり取りは既にひと段落ついている。その上で、事の顛末を書いてみませんか?という声をいただき、ネットでのデマを、なるべく時間も自分の機嫌も削がれずに対処するにはどうしたらよいか?という視点で、シェアできることがあればと思い書いている。まぁそんな困り事、起きない方が良いのだけど!
1本の動画についた事実無根なコメント
始まりは、5/12の夜にしたXへの投稿だった。フラミンゴの赤ちゃんが、一本足で立とうとしている動画があまりにも可愛く、リポストしたところ、あるコメントがついた。
「ひろゆきの配信で聞きました。電車で痴漢に遭って示談金でお小遣い稼ぎしていたと。ひろゆきは余計な事言っちゃったという風にその話をしてすぐ配信を切りました。私はその配信の時配信をみていました。痴漢されて示談金をもらっていたという話は本当でしょうか?」とある。
中高と電車通学だった私は、学生時代に痴漢にあったことは沢山あるが、それでお金をもらったことは1度もない。ていうか、こんなほのぼのしたポストにこういうコメントがつくところがXの香ばしいところだよな……と思いつつ、「ひろゆきの配信」というのがひっかかる。とりあえず本人に確認しようと思った。
情報収集に証拠集め
対処1:情報収集は無駄なくテキストで
私はひろゆき君に当該コメントのURLを添えて「これま?(これマジ?)」「私、痴漢で示談金もらったことなど人生で一度もない」とLINEを送った。ここで「同じ家にいるのに、なんでわざわざLINEするんだ?」、「直接言えばいいだろう」と思う人もいるかもしれないが、近しい距離だからこそ、揉め事になりそうなことなら口頭ではなくテキストの方が良い。まず、この時点では、何が/どの部分までが本当なのかわからない。コメントをしてきた人の勘違いという可能性もある。言った、言わないの繰り返しや、仮にそこから険悪になった時に起こりうる「言い方がキツい」みたいな不毛な揉め事は、自分にとってストレスだからだ。
程なくして、「覚えてないー」という返答がきた。彼は言ったそばからあらゆることを忘れるタイプなので、正直想定内だ。だが、覚えていないことは仕方ないが、内容的に放置しておくと面倒くさそうだなと思ったので、「ファクトチェックしてもらおう」、「本当に配信で言ってるなら、事実と反してるから、ちゃんと訂正してほしい内容だよ」とあらかじめ伝えた。
対処2:事実確認・証拠集めはコスパ良く
私は元のコメントを引用する形で以下の投稿をした。
「学生時代に痴漢された数山ほどあれど、それで示談金をもらったこと、人生で一度もないですね。ひろゆき君本人に、配信でそういう発言したのか聞いたら「覚えてない」という回答なので、該当動画わかる人教えてプリーズ
#レッツファクトチェック」
1時間ほどでファクトチェック
彼の動画やライブ配信のアーカイブは山ほどあるので、それを自分で一つ一つ調べるのは気の遠くなる作業だ。でも、インターネットには彼の動画を定期的に見ている人が沢山いるだろうし、またネットの人たちは、答え合わせが好きな人が結構多い。ことあるごとにgrokに「ファクトチェック」と投げている人を、あなたも見たことがあるだろう。ということで、投稿から1時間たらずで当該の動画が見つかった。
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発端となった動画:【ひろゆき】あの人達の戦争と私達の戦争の巻 ST.AMBROISE ERABLEを呑みつつ。2022/03/07
※5月20日に動画タイトルは以下のように変更している。
【ひろゆき】あの人達の戦争と私達の戦争の巻 2022/03/07 2025/5/20追記:1:27:47で「彼女が痴漢でお小遣いを稼いだ」と嘘の発言をしたことを謝罪・訂正します
動画全体の長さは1時間半ほどで、私への発言に関連するのは、配信終了直前の3分弱。質問者から「痴漢された場合の対処法」について聞かれて、それについてひろゆき君が答えるという流れだった。彼は「自分なら通報をする。証拠があれば裁判で勝てるのでお金も貰うことができる」という趣旨をアドバイスし、最後に「うちの彼女もそうやってお小遣いを稼いでたっていう時代があったらしいです」と締めていた。
「アドバイス自体は問題ない」が…
動画を見た個人的な感想としては、当事者がそれをできる人かどうかは別として、アドバイス自体は問題ないなと感じた。質問者に寄り添った上で、あまりシリアスにならないトーンで、彼なりの解決策を提示している。でも最後の「(私が)そうやってお小遣いを稼いでたっていう時代」は全くのデマで、そんな時代ねーよだし、仮に示談金をもらったことがあったとしても、それはお小遣ではない。パートナーという立場から、雰囲気を和らげるために身内を下げて笑いに変えがちという彼の性格を含めて考えると、発言に悪意や攻撃的な意図は感じなかった(失礼だなとは感じた)。
一方で、再生回数が74万回を超え、収益化、切り抜きも許可している登録者数159万人のチャンネルで、性犯罪絡みの話題で事実と異なること(痴漢被害を利用して金銭を得ていたと取れる趣旨)を吹聴されることは、一般的に考えて悪影響だと感じた。今の時代、切り抜かれた情報だけ見て一次情報にあたらない人や、悪い方向に拡大解釈する人も多いからだ。
ポイントとして、デマを言われることは気分が良くないが、単に自分の気分が悪くなるだけのものか、放置しておくと悪影響があるものかを分けて考えるのは大事だ。今回は後者の部分も含まれるので、まず、きちんと否定しておこうと思った。私は動画を保存して、同時に前述の発言を録音&文字起こししておいた。最近はICレコーダーに文字起こし機能が一緒についているものが出ている。スマホアプリでも同様のものがあるので(「録音 文字起こし」とか検索すると色々見つかる)活用すると手間が省ける。
ちなみに、実際にデマに困っている人の中には、法的手段を検討する場合もあるかも知れない。今回話しているようなネット上のデマ発言の場合なら、Chat GPTやGemini、GrokなどのAIに当該発言をコピペして、法的にどういう責任が問えるのかを聞いてみると、時効も含めて刑法、民法と分けて解説してくれる。実際に弁護士に相談する前の壁打ち相手になるし、問題点がクリアになることで冷静にもなれると思う。
公の場での反論はできるだけ簡潔に
対処3:否定と反論(できるだけ簡潔に)
私は当該動画のURLと私に関する発言を添え「痴漢されてお金もらったことなんぞ一度もないわ。この類の適当発言はマジでよくないよ!@hirox246」と投稿した。
個人的に、公の場での反論はできるだけ簡潔に済ますのが良いと思っている。「良くわからないけど長文でキレてるやつ」とヘイト感情を持たれたり、たまたま目にした批判的な事例をキッカケに、過去の自分に起きた嫌な出来事を思い出し「これだから男は」、「女はすぐにこうだ」などと主語を拡大して、社会問題ではなく男女の分断に結びつけてウザ絡みしてくる輩がネットには生息しているからだ。
この時点でフランスは夜中の12時近かった。私には持病があって、睡眠時間が不足すると疲労感や身体の節々が痛くなる。ネガティブな話題で睡眠時間が奪われるのは嫌だし、私としてはめちゃめちゃ短時間で動画も見つかって、事実確認と否定表明までできてスッキリ!と思いと寝た。翌日目覚めると、多くの人がかわいいモフモフとした物体や美味しそうなコーヒーの写真を残しておいてくれたから和んだ。
「勘違いでしたー。すいませーん」
対処4:再発防止策
次の日、私の投稿を引用する形で「勘違いでしたー。すいませーん」とひろゆき君がリプライを送ってきた。かっる!まぁ大体において、ネットでの彼のスタンスは軽い感じだが、いかんせん今回は内容が内容だ。
また、これは全くの偶然だが、時期を同じくしてX上では「大沢たかお祭り」なるものが盛り上がっていた。これは、漫画『キングダム』の実写映画化において、俳優の大沢たかおさんが演じている「王騎」将軍のシーンから画像を切り取り、面白いキャプションをつけて投稿するというムーブメントだが、この「すいませーん」と言う投稿に「旦那が過去の配信で「うちの彼女もそうやってお小遣いを稼いでいた」と酔った勢いで適当なことを言っていた事を知った時の奥様」と、怒れる王騎将軍の画像をつけたコメントに、彼が即座に「ほんと、それ。」と返している投稿も見つけた。「勘違いは仕方ないけれど、懲りずに同じようなことを繰り返されるのは正直面倒なので、再発防止までしないといけませんねぇ」、と私の中の王騎が囁いた。
私は平和主義者なので、ビールを飲んだおじさんが思ったことをテキトーに喋るという、彼の配信の趣旨を最大限尊重しつつ(実際、彼の発言に助けられたというポジティブな声もいっぱい聞くからだ)も、“内容によっては”、テキトーのラインを超えさせないようにするには、ゴール(性犯罪のようなシリアスな話題でテキトーを言わないようにすること)とは少しズレるが、「こいつにテキトーなことを言うと、後々面倒くさい」と思わせるやり方が有効だと考えた。
◇こうして、事実確認をし、証拠を集め、問題提起をしながらも簡潔に誤解を解き、ユーモラスな「ネタ」のようにまでした西村ゆかさん。終始感情的にならず、相手を責め立てないということも重要なポイントで、夫婦関係以外にも参考になるのではないだろうか。
さらにゆかさんは、この問題解決から一歩前に進むことも考えた。その内容については、後編「夫・ひろゆきにデマを流された西村ゆかが「軽ーくはすまさなかった」やり方」にてお伝えする。