尻尾を振りながら吠える犬
FRaU webでおなじみのライター長谷川あやさんは、ミニチュアダックスの愛犬ケリーを連れ、よく旅行する。最近はペットフレンドリーなホテルも頻繁に利用する中で、困っていることがあるという。ケリーには吠えぐせがあり、ドッグランなどで、他の犬たちの姿を見ると、吠えまくる。
実はケリーはもともと長谷川さんの知人がペットショップで購入したが、先住犬を始終追い回し、血尿が出るまでになってしまったため、悩んだ知人から譲り受けたという過去があった。
散歩中も、他の犬に遭遇すると吠える。だが、ケリーは吠えながらもしっぽをぶんぶん振っているという。
ドッグランでも散歩に行く公園でもぼっちのケリーを、なんとかほかの犬と遊ばせてあげたいと願う長谷川さんの親心をかなえるべく、動物行動学のプロに助言を頼んだところ、 吠えの原因はふたつある という。
ひとつは怖くて警戒心から吠える。もうひとつは、興奮のため 。他の犬と遊びたい気持ちが高じて、または、縄張りに人が入ってきて、興奮して吠える。
東京大学、および大学院で獣医学を学び、在学中にカリフォルニア大学デービス校付属動物病院にて行動治療学の研究をされた高倉はるか先生がペットのお悩み相談に答える連載の後編。ケリーの吠えぐせは治るのか。
はるか先生にインタビューで聞く。
家の中では友好的な仔が外に出ると…
――ケリーは11歳のシニアです。これまで吠えてきた習慣を変えることはできるのでしょうか。
「以前、動物支援団体ワタシニデキルコトから、 散歩中に他の犬に吠え掛かるのを治してほしい と、3歳のラブラドールレトリーバーを預かりました。
人懐っこく、また、家の中ではうちの先住犬オレオ(ラブラドールレトリーバー)や、ほかの保護犬(生後半年の野犬の子)と仲良くできるのに、外に連れ出すと、誰かれ構わず喧嘩をふっかけてしまいます。これでは散歩に連れて行けない、譲渡に出す前に吠え癖を治してほしい、という依頼でした。
ビスコの場合、家の中でなら他の犬と仲良く遊べるので、家の中と同じように、外でもフレンドリーでいられるよう、学んでもらおうと思いました。
そこで、 オレオと一緒に散歩に連れて行き、オレオが他の犬と仲良くしているのを見せることを繰り返しました 。最初はガウガウ唸っていたビスコですが、自分の信頼するオレオが他犬と仲良く体のにおいをかぎ合っているのを見ると、だんだんと落ち着いてきます。
慣れる、でもまた他の犬と会えば、ガウガウする、を繰り返すうちに、唸ったり吠えたりする頻度が格段に減りました。
半年ほど経ち、そろそろ大丈夫かな、というタイミングでワタデキに戻し、現在は里親さんのところで幸せに暮らしています」
行動やくせを治すのは経年の2倍
「ケリーも同じように、おだやかでのんびりした性格の犬と合わせてみたらどうでしょう。ただし、相手の犬は注意深く選ぶ必要があります。吠えられてもあまり気にせず、匂いを嗅ぎやすいようおしりを向けたり、友好的な態度をとり続けられる仔が、地域に1匹か2匹はいるものです。そういう仔と引き合わせ、徐々に馴れさせていくのがいいと思います。
ケリーも、自分が吠えてアピールしなくても、相手から来てくれる、一緒に遊んでくれる、という状況を理解すれば、だんだんと吠えずに済むようになり、その他の犬たちにも、吠えなくなるでしょう。
ただ、それでは学習できない仔もいます。
もし怖くて吠えているとすると、相手が友好的であっても、近づかれるだけでおびえ、恐怖心から噛んでしまうこともあります。また、ビスコのように縄張りに入ったら大丈夫、というのではなく、近づくほど余計に激しく吠える、縄張り意識が強い仔は、そもそも他の犬を受け入れられません。
まだ犬が若かったり、パピーのうちなら、体験を積むことで治せることもありますが、行動やくせを治すのにかかる時間は、経年の2倍と言われています。なので、ケリーが10年そうやって暮らしてきたとすると、治す訓練は20年にもなるということです」
初対面の前にはたっぷり散歩させて
――他の犬と会わせてみたい、となった場合、そうしたおだやかな、心優しい犬は、どこで探せばいいのでしょう。
「もしトライしてみたいということであれば、最初は犬を連れずに、近所の犬が集まるドッグランのようなところに行って、飼い主さんと話してみるといいと思います。そういう犬は、たいていは雌でおおらかな性格で、他の犬が何をやっても全然気にしません。飼い主さんに協力いただいて、その犬に近付いてもらい、ケリーがどういう反応をするかで、遊びたいのか、怖がっているのかを見分けられます。
近づけたら吠えるのを止めた、しっぽを振るなど、友好的なそぶりが見えたら、一緒に散歩させてみるといいと思います。それが第1段階です。
けれどもケリーが鼻にしわを寄せて唸ったり、噛もうとする、または飛び掛かる態勢を取るようだったら、他の犬に近寄ってもらいたくないというサインなので、それ以上は諦めたほうがいいと思います。
まだ若犬、子犬なら、相手を変えたり、繰り返すことで慣らしていくことはできると思いますが、10年以上やってきた習慣を変えるのは難しく、トレーニング自体がケリーの負担になるからです。
また初顔合わせの時は、会わせる前に、いつもよりも長めにお散歩させて、ケリーを疲れさせておくといいですよ。疲れている時は、多くのことが面倒くさく感じるように、犬もたっぷりの散歩の後は、満足感と疲れで、周囲への関心が薄くなります。疲れて吠える気にならない、というところから始めるのは、いいと思います」
他の犬と仲良くさせる必要があるか
――相手の犬が、警戒も攻撃も仕掛けてこないのに、ずっと唸ったり、吠えたりしているような場合は、諦めたほうがいいということですね。
「犬も人間も、習慣を変えるのは難しいのです。
一方で、 本当に他の犬と仲良くさせる必要があるのでしょうか 。外で大勢の人と関わりたい人もいれば、家の中でひとりで過ごすのが好きという人もいるように、全ての犬が他の犬と仲良くする必要は決してないんです。
他の犬に対して威嚇したり、攻撃しようとするのでなければ、 たとえ遊びに誘われてもスルーするというのなら、それはその犬の個性なので、無理に他の犬と交流させる必要はないと思います。
うちの仔、他の犬と仲良くできないんです、 しつこくされると、つい唸ってしまうんです、というのも、問題はありません。 唸るのは、『近づかないで』という警告ですから、飼い犬が唸っているのに、他犬が構わず近づいてくるよう時は、距離をとってあげてください。噛ませるのは、絶対にダメです。
ただ、吠えるとうるさくて、散歩や旅で他の犬に迷惑をかけてしまう、もしくは、愛犬のストレスが気になる、ということなら、 どれくらいの距離で吠えるのかを一度観察してみるといい と思います。1メートル以内に入ると吠える、などということがわかれば、周囲にそれを伝えて、犬の集団からは離れて過ごすようにすればいいのです。
もし他の犬の姿を見つけただけで吠えるなら、他の犬のいない時間帯に散歩するなどの対処が必要かもしれません」
フレンドリーだった犬が急に攻撃的になった時
ただし、フレンドリーだった犬の様子が最近変わった時は、要注意だと先生は言う。
「ケリーの場合は小さい頃から、ということですが、もし、昔は他犬に友好的だったのに、年を取ってから急に行動が変わったという場合は、別の問題があるかもしれません。
最近、急に吠えるようになった、以前は他の犬と楽しく遊べていたのに、他の犬が近づくと唸るようになってしまったという時は、加齢による不調かもしれません。
たとえば、 足腰など間接に痛みが出て他の犬と遊びたくなくなった、目が見えづらくなったり、音が聞こえづらくなったところに、急に来られて、不安から吠えてしまう、体調の変化から不安になって飼い主さんへの依存や執着が強まり、飼い主さんに近付く犬を威嚇する、 などの原因が考えられます。
年取ってからの行動の変化は、病気がからんでいることが多いので、他犬に対しての行動以外にも、寝ている時間が増えたり、散歩に行きたがらない、トイレを億劫がるようになったなどの行動の変化が見られたら、お医者さんに相談してみてください。
ミニチュアダックスのケリーなら8,9歳くらいから、柴犬なら10歳あたりから、大型犬だと6,7歳から、毛の中に白髪が混じるようになったら気を付けてあげていただきたいなと思います」