トランプ関税の影響で自動車業界の先行き不透明感がいっそう増している。業績見通しを撤回する海外メーカーもあるなか、トヨタは2026年3月期の連結純利益が前期比35%減の3兆1000億円になる見通しだと発表した。前編記事〈大幅減益を見込むトヨタの秘策か…インドネシア巨大財閥と拡大を狙う「地産地消ビジネス」〉に引き続き、多摩大学特別招聘教授の真壁昭夫氏が、トヨタの今後の戦略を解説する。(全2回の2回目)
EV分野への投資は抑制
中長期的な成長戦略として、トヨタはエンジン車、ハイブリッド車(HV)、プラグインハイブリッド車(PHV)、EV、燃料電池車(FCV)、さらにはSDVをラインナップにそろえる“全方位型”の戦略を重視している。
SDVで重要性が高まるのは、やはりソフトウェアだ。全方位戦略を重視しつつ、トヨタはEV販売計画(世界で150万台)の目標を引き下げる方針を示した。
足許の世界の自動車市場では、中国勢によるEV値下げ競争が激化傾向だ。
トヨタにとって、当該分野で競争に巻き込まれることは得策ではないだろう。米欧では、EV用の充電インフラが未整備で航続距離も短い。しかも、価格が高いEVに対する需要は停滞気味だ。目先はEV分野への投資を抑えてHVやPHVの開発や車載用ソフトウェアの実用化加速に資金を再配分するとみられる。
トヨタと人工知能
中古車やメンテナンスを重視するトヨタの事業戦略を踏まえると、既存の自動車にセンサーや運転補助のデバイスを後付けすることも考え得る。それが可能になれば、年式の古いエンジン車、電動車であっても、ネット空間と接続できるかもしれない。
トヨタにとって、コネクテッド技術の実装はメンテナンス提案の実効性を高める重要な方策になり得る。車内装備の充実や、ソフトウェアのアップデートによる走行性能の向上も可能になるだろう。
トヨタの全方位戦略は、ハードウェア面(車体)の多様な選択肢の提示を重視することに加え、先端ソフトウェアをより重視したものに変化している。既存の世界自動車大手企業と比較すると、そうした戦略を実行することで、米国の関税の影響を抑えつつ、収益力を維持する可能性はあるだろう。
現在、トヨタは自己資本利益率(ROE)を20%に引き上げる方針だ。信用力の悪化を回避するため、トヨタは資産規模を小さくし、それと同時に収益率の引き上げを重視している。収益率の向上には、高付加価値のモノ、サービスを新たに生み出すことが欠かせない。
トヨタは国内で年300万台の生産を堅持しつつ、主に人工知能のようなソフトウェア分野でもプロダクトポートフォリオを拡充する。
トヨタが見据えるビジネスモデル
その先にトヨタが見据えるビジネスモデルは、自動車の生産とITプラットフォーマーを結合したような事業体だろう。既存のモノに新たなソフトを結合して、世界の最終需要に近いところで高付加価値のモノとサービスを供給する体制をトヨタは目指しているのだろう。
その一方、自動車産業界では水平分業へのシフトが起きている。
三菱自動車は台湾の鴻海精密工業(ホンハイ)からEVを調達する。提携をきっかけに、中国、アセアン、そして米欧でも自動車の設計開発と製造を分離する企業は増えそうだ。
米テスラは、AI企業への転身を考えているようだ。トヨタは多岐にわたる提携先企業と利害を迅速に調整し、事業運営の主導権を握る必要がある。
ただ、ソフトウェア分野に関してはIT企業に比較優位性がある。
トヨタが自社の価値観に基づいてSDV開発を推進する難しさは高まるはずだ。米国自動車市場の悪化によって、トヨタの収益力が低下する懸念もある。トヨタといえど、今後の世界市場で高い成長を遂げられるか否か、不透明さは増すだろう。
トヨタは主要関連会社の非上場化を示唆した。意思決定が遅れれば生き残りは難しくなるという危機感は急速に高まっているはずだ。
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