“激ヤバ”な犯罪支援会社が日本へ
カンボジア犯罪組織の「マネロン企業」が日本に進出か――。
東南アジアでオンライン詐欺の問題が深刻化する中、詐欺組織が得た不正な資金のマネーロンダリングを支援していると指摘されている企業がある。
今春、この悪名高きカンボジア企業Huione(汇旺・フイワン)グループが日本に進出してきた疑惑が浮上し、東南アジアの事情通の間で騒然となった。
このHuioneのグループ会社を通じては、日本でも話題になったミャンマーの「KKパーク」のようなオンライン詐欺拠点で得られた資金や、昨年の北朝鮮のハッカー集団によるサイバー攻撃で「DMMビットコイン」(現在は廃業)から流出した暗号資産がマネロンされていることが判明している。
さらに、グループ会社Huione Guaranteeがテレグラムで展開するPtoP(個人と個人)取引が行えるマーケットプレイスでは、催涙ガス、スタンガン、足枷など、東南アジアのオンライン詐欺拠点で詐欺の加担者を監禁・拷問する際に使われる道具の売買なども行われていたことが分かっている。
まさに“激ヤバ”な犯罪支援プラットフォーム運営会社というわけだ。
こうした実態を報告したブロックチェーン調査会社の英エリプティックによると、サービス開始の2021年から今年1月までに、Huione Guaranteeとそのベンダーが使用している暗号通貨ウォレットが受け取った金額は、少なくとも240億ドル(約3兆4400億円)に上り、ユーザー数は90万人以上に増加。取引額、ユーザー数ともに、「世界最大の違法オンラインマーケットプレイス」として台頭している。
米財務省の金融犯罪取締ネットワーク局(FinCEN)も5月1日、Huioneには「重大なマネロンの懸念がある」と指摘。米国の金融システムからHuioneグループを排除することを提案している。
国連もHuioneを警告
このHuioneの日本への進出疑惑が出た発端は、同社が3月9日にテレグラム上で発表した声明だった。
その主な内容は、
「グループ会社Huione Payのカンボジアでの決済事業ライセンスを昨年、自発的に取り消したこと。海外の決済事業を日本に移行しており、すでに事業ライセンスを取得済みであること。カナダにも支店を開設予定であるということ」
というもの。その後、カナダの地元紙がこれを報じ、日本でも懸念が広がるようになった。
声明では「自発的に取り消した」という言葉が使われていたものの、米政府系メディアのラジオ・フリー・アジア(RFA)によれば、カンボジア国立銀行がHuione Payの事業に法令違反があったと認識し、ライセンスを剥奪したという。
「国連の報告書でも、Huioneは『マネロンや詐欺拠点で使われる道具の売買を仲介している』と警告されています。しかしそれでも、本格的な摘発はされていない。
Huioneのグループ会社の取締役の1人はフン・マネット首相のいとこであることから、カンボジア政府が本気でつぶすとは思えません」(東南アジアの闇社会に詳しい事情通)
地下銀行ネットワークが普及
Huioneはオンラインでのサービスだけではなく、カンボジア国内に9つの実店舗も展開しており、店頭ではこれまで銀行業務や暗号資産取引に関するサービスを提供してきた。カンボジアにあるにもかかわらず、サービス自体は主に中国人向けに行われている。
現地在住の中国人ジャーナリストが語る。
「Huioneは他の銀行と比べて簡単な手続きで口座開設ができるので、旅行者を含めて多くの中国人が利用していました」
Huioneの事業がカンボジアで急拡大した背景には、ここ数年で中華系の犯罪組織がカンボジアに進出し、オンライン詐欺の拠点が急増していることがあるとみられる。カンボジアは公的機関で汚職が蔓延していて、法制度もまだ十分に整備されておらず、犯罪がしやすい環境が整っている。
そうした中で、カンボジアでは華人による「地下銀行」のネットワークも広く普及。市中にある表向きは普通の両替所に見える店舗が、地下銀行の役割を果たしていることも珍しくない。それがたとえ、犯罪で得た不正な資金であったとしても、政府による金融監督システムの外で、中国・カンボジア間の資金移動をすることができる。そうした地下銀行市場をけん引してきたのが、Huioneだといえる。
日本での事業ライセンスは“登録なし”
そんな違法性の高い会社が、日本で一体何を企んでいるのか――。懸念を抱いていた時、日本にもHuioneと同じ名前の会社がすでにあるとの情報が入ってきた。筆者は関連性を調べるため、登記された住所へ向かった。
東京都文京区にある、最寄駅から徒歩10分程度の住宅街にあるビル。壁に郵便受けがずらりと並び、そのほとんどが中国系の企業、もしくは個人名のようだった。
そのうちの1社が、Huioneと同名の会社だった。事前に登記情報を確認すると、会社設立日は2024年8月29日。事業の目的として14項目があげられ、「投資コンサルタント業」や「電子マネーの発行、販売及び電子決済サービスの提供」「不動産の開発」などがあった。
記載された取締役の中国人の氏名をネット検索してみると、過去にカンボジアに関係があったとされる記述も出てくる。本当にあのHuioneが日本に進出したのだろうか――。実際に話を聞くべく、入居するオフィスのドアを叩いてみたが、しばらくしても返答はなかった。
同社の公式テレグラムで担当者に問い合わせたところ、担当者は、日本で設立されたこの会社はHuioneグループと「関係がない」と説明した。日本で展開するサービスの詳細については、「間もなく発表する」という。
なお、Huioneの先の声明では、「すでに日本で事業ライセンスを取得した」と記載されていたが、金融庁にHuioneについて問い合わせると、3月31日時点で、電子マネーや暗号資産の取扱いで必要な事業者登録はいずれもされていなかった。
この声明文はその後、大幅に修正されている。現在は、「Huioneは国際化のプロセスを開始しており、日本、韓国、北米でのブロックチェーンサービスを徐々にアップグレードし、分散型ウォレットを通じて顧客により広範かつ高品質のサービスを提供している」というあいまいな表現にとどめている。
日本で警戒心「高まってない」
現地取材をした後日、Huioneと同名の会社が入居するビルの中国人オーナーにも話を聞くことができた。
――入居している株式会社HUIONEとはどんな会社ですか?
「借主とは面識がなく、分かりません。オフィスに人が出入りしている様子もありません。今回取材が来たので問い合わせたところ、『カンボジアの企業とは関係がない』との説明を受けています」
――テナントには中国企業が多いようですが、どのように入居企業を集めているんですか?
「オフィスの借り手は、仲介業者や知人の紹介などを通じて募っていました。ビルのオーナーになったのが初めてで、入居企業の調査があまりできていませんでした。もっと気をつけなければいけないですね」
在日華人コミュニティーに詳しいジャーナリストで、『潤日:日本へ大脱出する中国人富裕層を追う』著者の舛友雄大氏はこう語る。
「中国系資本のビルも、東京・大阪の中国人が多いエリアでは、それほど珍しくない風景になりつつある」
その上で、Huioneのような企業が日本に進出しているとすれば、それは、
「日本では東南アジアの中国系詐欺拠点に関連するマネロンについて、まだそこまで警戒心が高まっていないのが一因なのではないか」
と推測する。
さらに、前出の中国人ジャーナリストは、このように警鐘をならす。
「カンボジアを拠点とした中国系犯罪組織の幹部らはもともとシンガポールに住んでいましたが、2023年にシンガポールで大規模なマネロン事件の摘発があったことを受け、監視が厳しくなったことから、日本に移住するケースが増えているようです。日本はもっとこうした犯罪者に対して、警戒していく必要があります」
まだその実態は掴めないものの、Huioneのような世界的に違法性を指摘されている企業が、日本に忍び寄ってきているのは紛れもない事実だ。日本の規制当局やメディアは、こうした企業への監視の目を一層強めていく必要がある。
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