生物の中でも、ヒトは「ある変化」を機に幸せに生きにくくなったという。
その理由とはなにか。幸せに生きる方法はないのか。
小林武彦氏の新刊『なぜヒトだけが幸せになれないのか』では、生物学から「ヒトが生きる意味」を考える。
※本記事は、4月24日発売の小林武彦『 なぜヒトだけが幸せになれないのか 』(講談社現代新書)から抜粋・編集したものです。
人類の誕生
私たちの超ご先祖様は、古くは恐竜の時代である中生代の終わり頃、ネズミくらいの大きさで昆虫を食べて暮らしていた哺乳類だったと推察されています。恐竜などの大型の動物に食べられないように夜行性でひっそり、コソコソと木の上で暮らしていました。現在のネズミよりも手と脳が大きかったのが特徴です。
約6600万年前にそれらの一部の哺乳類にとってはある意味ラッキーな、恐竜など多くの動物にとってはアンラッキーな出来事が起こりました。それは巨大隕石が現在の中米、ユカタン半島あたりに衝突したのです。その衝撃により、急激な気候の変動が数万年間も続き、恐竜を含めた地球上の約70%の種が絶滅しました。これが、有名な中生代白亜紀の大量絶滅です。
気候の急激な変化により食料を多く必要とする大型の生きものがほぼ絶滅した中で、小型の私たちの祖先は苦しいながらもなんとか生き延びることができました。逆に気候が安定した後は、一時的に天敵がいなくなり、新しい環境、住み処、食料を手に入れて、それらにうまく適応して繁殖しました。『なぜヒトだけが幸せになれないのか』第1章で述べた、生存本能と生殖本能がフル回転です。
たとえば哺乳動物は、首の長いキリン、鼻の長いゾウなどさまざまな形態に進化を遂げました。霊長類(サルの仲間)も、最初はサルっぽくないサルであるキツネザルやメガネザルの仲間(原猿類)が登場しました(図2-1)。それらの子孫は現在もマダガスカル島などで生きています。
さらに4000万年くらいに前にニホンザルのようないわゆるサルっぽいサル(真猿類)が現れました。続いて2500万年くらい前に、真猿類からチンパンジーやゴリラなどの類人猿(ヒトの仲間)がアフリカに現れました。
さてここまでのサルの進化はほぼ横並びで、同じように森の中で進化しましたが、ここから差がでてきます。1500万年くらい前、それまでジャングルが多かったアフリカの気候が変化して、森が減少し始めました。多くの森の動物は住み処を追われ絶滅したでしょうが、その中で樹上から地上の生活に適応した類人猿がいました。それが今から700万年くらい前に登場した猿人と呼ばれる最初の「人類」です。
立ち上がる人類
彼らが木を降りて地上で生き残れた理由はいくつかあると思います。中でも特に「二足歩行」と「社会性」が重要だったと私は考えています。二足歩行は両手で作業する能力を発達させました。つまり道具が使えるようになったのです。それに加えて両手で物を運びながら移動できるため、食料の調達、住み処の作製などすごく便利だったと思います。これは「直立二足歩行の運搬起源説」と呼ばれ、広く信じられている説です。
ただこれらの直立二足歩行のメリットは、生き残れた選択要因としては少し弱いようにも感じます。チンパンジーも短時間ではありますが、慌てて逃げるときなど両手に食料を持って走りますが、それが特に有利とは思えません。口にくわえて走ってもいいと思います。常に二足歩行でないと生きられないくらいの強い選択要因もあったのではないかと思います。
そこでここからは私の考えですが、もう一つの重要な選択要因に、視線の高さもあったのではと推察しています。つまり視線を高く保つことで、茂みの中から顔を出すことができるようになり、これが身を守る上で非常に効果的だったのではと考えています。この推察は、岩や切り株に乗っかって、そこで立ち上がって見張りをするプレーリードッグから閃きました。
二足歩行で視線を高く保つことは、木に登れなくなった猿人にとって陸上の肉食動物の存在を素早くキャッチし、それらから逃げるために必須の行動だったはずです。もちろん自身が獲物を狩るときも、先に相手を見つけやすくなります。
ヒトの知能が発達した理由
加えて直立二足歩行は、その後大きな脳の維持を可能にし、それによって知能の発達のキャパシティを増大させました(図2-3)。
脳の発達は、社会性の発達にも関わってきます。社会性とは、生殖以外の目的で、生きるために協力し助け合える集団を形成することです。ヒトは特に強靱な体を持つわけではなく、隠れたり逃げたりする能力が発達しているわけでもありません。
それにもかかわらず、地上でも生きてこられたのは、この「協力できる能力」が大きかったからだと思います。集団で食料を獲得し、分け合ったり、住み処を作ったり、助け合いながら生きるための共同体(コミュニティ)を形成したのです。社会性は、表情やコミュニケーション能力も劇的に向上させました。
生物学的にいうと、そういう協力できる、いわゆるコミュ力が高いサルが、結果的に生き残れてヒトになれたのです。進化における変化と選択の結果です。