ミドル~シニア層の日本人にとって、真に有効な健康習慣とは? あなたの「老化時計」の進み方を大きく変える、「食事」「運動」「ライフスタイル」について、最新研究の成果から解説。「健康の常識」をアップデートする新連載!
本記事は、『健康寿命と身体の科学 老化を防ぐ、50歳からの「運動・食事・習慣」』(樋口 満・著)を一部抜粋・再編集したものです。
フレイルとはなにか
私たちのからだには予備能力(余力)があり、病気やケガをして、一時的に体力が低下しても、そこから回復する能力が備わっています。しかし、高齢になると、その能力が著しく低下してしまいます。
この加齢にともなう身体諸機能の低下(余力の低下)は、とくに、75歳以上の後期高齢者で顕著になり、外的なストレス(逆境)に弱くなり、感染症の罹患や事故の発生頻度が高くなるとともに、そこからの回復力(復元力:レジリエンス)も低下します。
また、消化器系、循環器系、そして整形外科(運動器)系を問わず、手術後の回復が遅れたり、十分に回復しなかったりして、要介護状態に陥るリスクが高くなります。
このような高齢者に特徴的にみられる脆弱性が高まった状態を「フレイル(虚弱)」と呼びます。「フレイル」は、日本老年医学会が平成26(2014)年に”Frailty”の日本語訳として、新たに提唱した疾患概念です。
身体的な面でのフレイルの原因としては、骨・関節・筋肉などの運動器の衰えがあげられ、先に述べた「ロコモティブシンドローム」や「サルコペニア」などが関連します。
そして、高齢者に多い慢性疾患や多剤併用などがこれらを加速させ、身体活動量の低下や食欲減退から、低栄養、筋量・筋力の低下を起こす悪循環(フレイル・サイクル)が起きやすいのです(図5-8)。
フレイルチェックテスト
一方、心理的な原因としては、加齢に伴う認知機能の低下や抑うつ気分などがあげられ、家事や買い物などさまざまな場面で適切な行動・判断ができにくくなることが問題となります。
また、社会性の面での原因としては、孤立しがちになることで、引きこもりや孤食(ひとりで食事をすること)が常態化しがちです。
フレイルの特徴は、このような3つの原因が重なることで、状態がどんどん悪化していくことです。たとえば、身体機能の衰えによって外出が億劫になることで引きこもりがちの生活になり、それが社会性の低下を引き起こします。
また、引きこもりがちな生活が続くことで、さらに身体機能や認知機能が低下することにもつながり、心身の機能がどんどん衰えていくという「負のスパイラル」に陥るのです。
フレイル状態にあるか否かを判断する基準としては、以下の5つの項目のうち、3つ以上が該当する場合を「フレイル」とし、1~2つ該当する場合をフレイルの前段階である「プレフレイル」とされており、該当なしの場合は健常と判定されます(2020年改定 日本版CHS基準)。
体重の減少(6ヵ月で2kg以上の意図しない体重減少)
筋力の低下(握力:男性28kg未満、女性18kg未満)
主観的疲労感(ここ2週間、わけもなく疲れたような感じがする)
歩行速度の減弱(通常歩行速度1・0m/秒未満)
身体活動の減少(軽い運動を週に一度もしていない)
体重減少には筋量の減少を伴うことが多く、それは歩行速度の低下にもつながっています。
シニアにとっては、日常生活において定期的に、軽い運動・身体活動をするだけでもフレイル予防になりますが、たんぱく質やカルシウム、ビタミンDなどの筋肉・骨を構成する栄養素の摂取不足を回避することにも十分な配慮が必要です。
以下に、シニアのフレイル予防と関連する適切な栄養摂取についての研究をご紹介します。
フレイル予防にはたんぱく質摂取
サルコペニアは加齢に伴う骨格筋の萎縮・機能低下であり、高齢者に多く発症する疾患です。サルコペニアの予防には適切なたんぱく質摂取とレジスタンス運動(筋トレ)が効果的であることは広く知られています。
しかし、先述のように、シニアは筋トレだけだと筋力の増加が認められにくいことが報告されており、同時に適切なたんぱく質摂取が重要であることが報告されています。
肉類はたんぱく質が豊富ですが、なにもステーキを食べる必要はなく、日本人が日常的に摂取している魚介類、納豆や豆腐などの大豆製品、そして卵類、牛乳・乳製品などを積極的にとって、サルコペニアの予防を図ることが重要です。
なお、最近では、一部の高齢者に、サプリメントとしてプロテイン(たんぱく質)の摂取がみられますが、食事で主食、主菜、副菜などをバランスよく摂取していれば、たんぱく質不足に陥ることはないと考えられますので、安易なサプリメント摂取には注意が必要でしょう。
フレイル予防にビタミンDを摂ろう
各種ビタミンは、体調管理にとって極めて重要な栄養素です。そのなかでもビタミンDは、これまで骨の健康との関連で注目されてきた脂溶性ビタミンです。
近年の研究の成果として、動脈硬化や体力にも関連することが明らかになってきており、さらなる研究の発展が注目されています。
ビタミンDは紫外線によって皮膚でコレステロールから合成されますので、外出して太陽の光を適度に浴びてください。それとともに、ビタミンDを多く含む魚介類や乾燥しいたけなどの食品を積極的に摂取してもらうとよいでしょう。
高齢者は外出する機会が減ったり、食も細くなったりしがちなので、血中ビタミンD濃度が低くなる傾向があるので要注意です。
先行研究によれば、血中のビタミンD濃度が低い人々は、高い人々にくらべて、メタボリックシンドロームのリスクが高くなることが示唆されています。
私たちの研究データも、血中ビタミンD濃度が低い高齢者は、それが高い高齢者にくらべて、握力や脚伸展パワー、さらには心肺体力が低い傾向であるとともに、糖・脂質代謝に関連する指標もよくないことが示唆されています。
したがって、当たり前のようですが、シニアは積極的に外出し、からだをよく動かすとともに、ビタミン豊富な食事にも配慮するということが、何より健康の保持にとって重要だといえるのです。
日本人の長寿を支える「健康な食事」
厚生労働省による「日本人の長寿を支える「健康な食事」のあり方に関する検討会」報告書では、高齢者の「健康な食事」のあり方として、「加齢による虚弱を予防し、生活の質の維持を図るため、心身の状態にあった食生活を無理なく続け、これまでの経験や知恵を身近な人々に伝えながら、満足のいく生活をより長く続けることが重要である」としています。
また、内閣府の「高齢期に向けた「備え」に関する意識調査結果」によれば、高齢期に備えた健康の維持・増進に必要なこと、心がけていることとして、「散歩やスポーツ・運動をすること」とともに、「栄養のバランスのとれた食事をとること」が上位にあげられており、健康をより意識したライフスタイルを心がけようとする国民が多いことを示しています。
本書の冒頭で述べたように、すでに超高齢社会に到達し、今後一層の高齢化が進む日本が、世界から注目される「元気な成熟社会」を実現するためには、シニアが元気でいることが大切です。
先ほど紹介した調査結果は、多くの人がすでにそのことに気づいている証左ともいえるもので、未来は明るいといえるでしょう。
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本連載では、スポーツ科学の第一人者が、「健康長寿の秘訣」をエビデンスに基づいてお伝えしていく。