朝は鳥のさえずりで目を覚まし、夜は虫の声とともに眠る……。なんとものどかな毎日だが、人間、それだけでは生活できない。今回は、実際に田舎に移り住んでみて初めてわかった「意外なリスク」を、かなしろにゃんこ。氏が赤裸々に語ってくれた。
【第3回(全9回)】
★対談者プロフィール★
青木聖久(あおき・きよひさ)
日本福祉大学教授、精神保健福祉士。ソーシャルワーカーとして精神科病院や小規模作業所(現・地域活動支援センター)で支援にあたった経験もある。『発達障害・精神疾患がある子とその家族がもらえるお金・減らせる支出』(講談社)など著書多数。
かなしろにゃんこ。
千葉県生まれの漫画家。『漫画家ママのうちの子はADHD』に始まる発達障害を持つ息子との日常を描いたコミックエッセイ・シリーズは累計10万部を突破。ポータルサイト「LITALICO発達ナビ」(https://h-navi.jp/)でもコラムを好評連載中。
夜が明けないうちから農作業
青木:実際に始めてみるまでの「田舎暮らし」のイメージと、現実とのギャップはいかがでしたか。あらためてお聞きしたいのですが。
かなしろ:ギャップがあるとは、あまり思いませんでした。始める前に、YouTubeでけっこう田舎暮らしの情報を集めてたんですね。やっぱり「厳しいよ」って意見もあったし、Uターンしてまた都会に戻った、という体験とか、そういう情報も得ていました。だから、大変ではあったけど、そこまで意外ではなかった。
むしろギャップは、私が50代っていうところにあったんです。〈まだまだ力仕事とか、肉体労働にチャレンジできるんじゃないか〉そう思ってたんですけれども、現実は甘くありませんでした。
あとは酷暑ですね。自然には勝てません。都会ならクーラーのきいた建物に入ることもできますが、隠れる場所もない田舎の畑の暑さは、本当に厳しくて。体感的にはデスバレーなんです。45~50℃はあるんじゃないか、っていう感じ。立ってるのがやっとで、作業するなんて不可能です。日中、外にいると、間違いなく死にます。私だけじゃなくて、プロの農業の方もかなり参ってる様子がうかがえました。農作業は早朝からやってましたよ。
青木:早朝って、何時ぐらいからですか。
かなしろ:もう4時とかですね。暗いうちから活動して、日が昇ってきたら家に入らないと、暑くて具合が悪くなってしまうので。そして、日没とともに外に出るんですが、結局1日で2時間ぐらいしか作業ができません。夏季は作業ができなくて、これが厳しいなと思いました。想像とのギャップといえば、私にとってはこれですね。うまくやれると思ってたのに、さっきも言いましたが、やっぱり自然には勝てません。
田舎では「自衛」の意識も必要だった
青木:日常生活はどうされてたんですか。畑を作ったとしても、すぐ野菜が手に入るわけではない。買い物とかできたんですか。
かなしろ:カブとか、ひと月くらいですぐできる野菜を植えるようにはしてましたけど、それができるまでは地域のスーパーマーケットを頼りにしてました。冷凍食品のホウレンソウ草とか、使ってましたよ。
青木:病院とか大丈夫でしたか?
かなしろ:病院は弱点でした。母がヘルニアをこじらせて、腰痛でダウンしたことがあったんです。そのときは都内の脊椎専門病院まで通うことになってしまって、お金はともかく時間がかかるし、治療に専念しなければいけないので農作業ができず、難しいところだなと思いました。
青木:かなしろさん自身とお姉さんは、病気になったりしませんでしたか?
かなしろ:私たちは健康で、わりと大丈夫だったんです。だから、〈まだバリバリできる〉って思ったんですよ。でも、家族にひとり、具合の悪い人が出ると、その人を病院に連れていくために車を1台使わなきゃいけない。しかも人手も減ってしまいます。風邪ひいたらかかるような、小さなクリニックも2~3キロ、いろんな科がある大きめの病院は4キロほども離れているのもツライ所でした。
あと、いちばん困ったのが、警察とか消防が遠いんですよ。免許の更新も少し離れたところまで出る必要があるから時間がかかります。消防も、何かあったときにすぐ来てくれるわけではないので、地域の消防団が頼りです。とはいえ、訓練は受けているけれどもプロではありません。
かなしろ:幸い火事は経験しませんでしたが、夜中、もしどこかで火が出たりしたら、ご近所さんが眠い目をこすりながら「服着なきゃ……」みたいな感じで出動することになると思うんです、当然、ちょっと時間かかるでしょう。そういう“危険”と隣り合わせなんだなぁ、と実感することがあったので、消火器を備えるとか、そういう工夫はしてました。
青木:なるほど。都会暮らしにはない楽しみがあり、一方でやはり、都会暮らしでは考えにくいリスクもある、というわけですね。
かなしろ:そうです。「自分の身は自分で守らなければいけない」という、そういうところはあります。
青木:そうなるとご近所づきあいが大切になってきますが、どうでしたか?
楽しかった「ご近所さん」との交流
かなしろ:すぐ隣の家とは5メートル以上離れています。10メートルくらいあるのかな?
“ポツンと一軒家”まではいきませんが、物理的には結構離れています。それでも町会に参加したり、積極的に交流させていただきました。
“田舎あるある”だと思いますが、卵をいただいたりとか、野菜と卵を交換したりとか。そういうのが楽しいですね。地域の方が、いろんなものくれるんです。「白菜持っていきな」とか、「ほうれん草持っていきな」とか。
珍しいところだと、苗がありました。苗をいただいたんです。種芋にできるジャガイモをいっぱいいただいたり、ニラの球根をわけてもらったり……。とても助かりました。いまでも感謝してます。