「片付け」は、発達障害に関する本のなかで「必ず」と言っていいほど頻繁に取り扱われるテーマだ。職場の同僚、あるいは一緒に住む家族との「衝突」が起きやすい原因のひとつでもある。もはや「定番」とすらいえるこの「生き辛さ」は、どうすれば解決できるのか。発達障害の自助会を運営し、多くの当事者と接した経験を持つ著者2人が明快にお答えする。
「片付けができない」と言われ続けて(志岐靖彦)
今回は「片付けができない」と言われ続けた40代主婦Aさんについてお話しします。
Aさんは幼少期から子供部屋にはいつもものが散乱し、遊ぶことも勉強することもできない状態で、家族からは「片付けができない」と言われ続けていたそうです。
そんなAさんが成人し、同じ職場の男性と結婚しましたが、「片付けができない」と言われ続けていたAさんの新居のマンションはいつもものが散乱していました。そのため結婚当初からパートナーが休みの日に一日がかりで片付けをしていました。
Aさんのパートナーは優しい人でしたが、人間ですからイライラすることもあったといいます。ときには、
「仕事で疲れてるのに、こんな部屋に帰ってくる俺の気持ちにもなれ! なんで、片付けができないんだ!」
と怒鳴ることがあり、そう怒鳴られたAさんは逆ギレしてしまう……そんなこともしばしばあったそうです。
そんな夫婦喧嘩を何度も繰り返しながらも、二人は子宝に恵まれ女の子を授かりました。言い争う両親を見て物心がついた娘さんが、
「こんなお母さんとは離婚したら」
と父親に言うのを聞いて、Aさんは奮起。何冊もライフハック本を買い込んで読み漁り、片付けができるようになることを目指しました。
ところが、なけなしのお金をはたいたライフハック本を全部読んでも、Aさんは片付けができるようにはなりませんでした。ついに万策尽きてしまい、そのイライラから今度は、パートナーだけではなく娘さんともぶつかるようになっていきました。
そんなAさんが藁にもすがる思いで参加したのが、いきいきムーンという自助会でした。
頼みの綱だった自助会では……(志岐靖彦)
Aさんは、いきいきムーンで参加者に片付けができるようになるためのライフハックを尋ねました。けれども参加者からのフィードバックは、
「できないことが簡単にできるようなら発達障害じゃない」
とか、
「できないことはヘルパーさんにしてもらうのよ」
などという、Aさんにとっては期待外れのものばかりでした。
ただそんな中、Aさんはいきいきムーンで、「できないこと」だけではなく、「できること」も尋ねられました。
Aさんは、結婚するまでパートナーと同じ会社で営業事務に従事していたので、お客様や営業マンとの会話は得意であったこと、それと当時勤務していた会社では、トイレ掃除やゴミ捨てなどは、女子事務員の持ち回り制だったので、そういうことも比較的得意だったと話しました。
求めていたライフハックは得られなかったものの、Aさんは他の参加者の「できること」と「できないこと」、そのことに対するフィードバックに耳を傾けていました。そして、いきいきムーンの最後の一言のコーナーで、Aさんは、
「今日、いきいきムーンに初めて参加し、みなさんの話を聞いているうち、次第に気持ちが楽になり、完璧な片付けができるようになれなくても構わないと思えるようになりました。その代わりと言っては何ですが、私ができることなのに、家族に頼っていたトイレ掃除やゴミ捨てなどをしてみようと思えました。」
と、笑顔で語りました。
Aさんはその後も2度、いきいきムーンに参加しました。2度目、片づけはできないままですが、トイレやお風呂の掃除、ゴミ捨てなどをすることで、パートナーや娘さんとの諍い(いさかい)がほとんどなくなったと語りました。
さらに3度目には、Aさんがそうやって少しずつでも「できること」をしていると、娘さんがどこに何を戻すかを明確するシールを貼ることを提案して、シールを作って貼ってくれたので、今はできるだけ使ったものはそのシールの貼ってある場所に戻すようにしていることや、娘さんが用意してくれた「また着るカゴ」と「洗濯するカゴ」に脱いだ衣服を入れる習慣をつけるなどして、片付けるのではなく、片付けるものを減らしていくようにしている現状を、楽しそうに語りました。
「できること」にも着目するのが大切(志岐靖彦)
いきいきムーンでは、発足以来、毎回の会の冒頭に以下の4点を自己紹介で共有してもらっています。
・ハンドルネーム(あだ名)
・自分の「できること」
・自分の「できないこと」
・「聞きたいこと」か「話したいこと」
たとえばAさんが初めて参加した際の自己紹介は次のようなものでした。
・ハンドルネーム:「A」
・できること:「営業事務で養った会話や掃除のスキル」
・できないこと:「幼い頃からずっと片付けが苦手」
・聞きたいこと:「片付けができるようになるライフハック」
いきいきムーンには、多くの参加者が家庭や学校、職場などで「できないこと」にばかり注目されてきた経験を抱えた参加者が集まります。そのため、会では「できること」にも目を向けることを大切にしています。Aさんが笑顔で帰ったのは、自分の「できること」に着目されたことが大きな要因だったのかもしれません。
いきいきムーンの狙いの一つには、参加者が「できないこと」ばかりに着目されるストレスから解放され、心の余裕を持てるようになることがあります。「できないこと」を「できること」に変えようと無理をするのではなく、ありのままの自分を受け入れることで、より生きやすさを実感できる場を提供しています。
ここで、前回私が、「発達障害を発現した人」と表現したことについて、少し触れさせてください。
私はニューロダイバーシティをテーマとするセミナーに登壇させていただくことがありますが、その際には医師の中にも「発達障害を発症」という人と、「発達障害を発現」という人がいることを話します。私の経験則ではありますが、「発達障害を発症」と表現する医師は、発達障害を治すべき「病気」と捉えていることが多いようです。
一方、「発達障害を発現」と表現する医師は、遺伝による「できないこと」の特性に着目しつつも、社会的環境要因が脳に大きなストレスを与えなければ、生きづらさのある発達障害は発現しないと捉えています。この場合、治すべきは当事者ではなく社会的環境である、という理解が含まれています(下図参照)。さらに、この考え方を反映し、現在では「発達障害」は正式に「神経発達症」という呼称に変更されています。
心の余裕から生まれるもの(志岐靖彦)
Aさんは幼少期から「片付けができない」と言われ続けたため、トイレやお風呂掃除など、実際にはできる掃除も、家庭では「できないこと」とみなされていました。その影響で、Aさんは結婚後も、片付けだけでなく掃除全般に自分でできないとブレーキをかけていたため、それが家庭不和の一因になっていることにも気づいていませんでした。
しかし、いきいきムーンへの参加を通じて、「できること」と「できないこと」を整理する視点を持つようになったAさんは、会社で日常的に行っていた掃除を家庭でもチャレンジする気持ちになりやってみたところ、家庭でもできることが分かりました。
このように「できること」を活かすことで、自分自身を過小評価していたAさんの中に、「できること」か「できないこと」かを、よりはっきり整理するために、やっていなかったことに、チャレンジする気持ちが芽生えました。
そんな「今までやっていなかったこと」にチャレンジしている母親の姿を見た娘さんは、おそらく、母親は「片付けをする気がないのではなく『苦手』なのだ」という視点を持つようになったのでしょう。きっとそれが、家庭内の役割分担においても大きな進展となったのでした。
「何でも完璧にこなさなければならない」と思い込んでいる人にとって、「できないこと」は助けを求め、「できること」を活かすという考え方は、最初は難しく感じられるかもしれません。
しかし、いきいきムーンに継続して参加することで、「誰にでもできないことはある」と理解できるようになり、「できないこと」は決して恥ずかしいことではないと気づけるようになります。この気づきが心に余裕を生み、新たなチャレンジへの一歩が踏み出せるのです。
たとえば、「絶対に失敗してはいけない」というプレッシャーの中では失敗してしまったが、その一方で、軽い気持ちでチャレンジしてみたら、意外とうまくいったという経験が、誰にでもあるのではないでしょうか。
自助会界隈では、この現象を「諦めたから手に入るもの」と表現しています。マルチタスクや完璧を追い求めることを手放し、自分の中で「できること」と「できないこと」をはっきり整理できるようになると、不思議と「できること」が増えていくようなのです。