和歌山県の岸本周平知事が4月15日に68歳で急逝されました。地域とそこにかかわるすべての人びとのため、日々エネルギッシュに活動し、ユーモアたっぷりの関西弁でわれわれを魅了してきた岸本さん。『FRaU S-TRIP 1200年前からサステナブル 世界遺産のくに「和歌山」』製作にも、多大なご支援、ご協力をいただきました。心よりご冥福をお祈りいたします。
岸本さんはこの2月26日にも、「和歌山Well-being Month 2025」のなかで「FRaU S-TRIP和歌山発刊記念対談」に登場、和歌山県の未来を熱く語られました。
「和歌山にとって、パンダは本当にありがたい存在」
2月26日、熊野白浜リゾート空港(南紀白浜空港)。現れた岸本さんは、相変わらずスタイリッシュでにこやかだった。上写真左端の島田由香さんが代表理事を務める日本ウェルビーイング推進協議会は2023年以来、毎年2月を和歌山Well-being Monthとして、和歌山県じゅうで連日多彩なワークショップやセミナー、イベントを開催している。その一環で同空港を会場としておこなわれたのが、このFRaU S-TRIP和歌山記念イベント。岸本さんとFRaU編集長兼プロデューサーの関龍彦(上写真右端)の対談だ。
岸本:ウェルビーイングは、先ほど島田さんが言われた「よい状態」であり、WHO(世界保健機関)の定義だと「心と身体が健康で、社会もよい状態」で、社会のあり方も大事だとされています。でも私はふだん、そんな難しいことは考えていなくて(笑)、毎朝、コーヒーを淹れて、「おいしいな」と飲みながら、「今日は何をしようかな、夜は飲み会があるな」とか、ゆっくり考えているときに、ウェルビーイングを感じますね。
まず、冒頭でそう語った岸本さん。次に和歌山県の“目玉”である動物に言及した。
岸本:和歌山といえば、ジャイアントパンダ。パンダはある意味、ズルいですよね、ただ生きているだけで皆から愛されて(笑)。私、先ほど(空港と同じ白浜町にある)「アドベンチャーワールド」に行ってきました。そこに先日亡くなったパンダの永明(えいめい)さんの献花台がありますので、献花してきました。永明さんは32歳で亡くなりましたが、人間でいうと96歳くらい。生前はアドベンで(2頭の雌との間に)16頭もの子どもをもうけるなど繁殖に大貢献したあと、(2023年に)中国に戻りました。アドベンには、いま4頭、多いときには7頭のパンダがいましたが、最近まで全国的には和歌山にパンダがいることがあまり知られていませんでした。それが、永明さんが中国に帰ることが全国ニュースになったことで、広く和歌山のパンダが知られるようになった。感謝しています。
「和歌山県にとって、パンダは本当にありがたい存在」と岸本さんが言うとおり、その集客力にはすさまじいものがある。パンダファンにとっては、日本でいちばんパンダがたくさんいて、もっとも近くで見られるのがアドベンというのは常識。その癒やし=ウェルビーイング効果のほどは、ぜひ読者の皆さん自身で確認いただきたい。
「和歌山はジェンダー平等発祥の地なんです」
そしてもちろん、岸本さんは“食”のPRも忘れなかった。
岸本:和歌山の魚、肉、果物、野菜……なんでもおいしいですよね? でも、たとえば(主に和歌山県南部で揚がる)もちガツオは、獲れてから4時間以内でないと、あのお餅のようなモチモチした食感は味わえない。じつは一度、空輸で東京・銀座までの急送をテストしてみたのですが、それでも朝獲れたものが銀座に届いたのは夕方。もはや、もちガツオではなくなっていました。つまり、あれは田辺市や白浜町、すさみ町などに来ないと食べられない(笑)。ほかにも海産物ではシャコエビがおいしい。車エビよりも数段味がいいんですが、量が獲れないので一般市場に出回らないのです。そして和歌山には非常にたくさんの酒蔵があります。市や町ごとにおいしいお酒がありますので、ぜひ飲み比べをしてみてください。
さらに話は、観光と働き方にも及んだ。
岸本:熊野古道とともに世界遺産に登録されている熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)は、誰もが快適に旅できるユニバーサル・ツーリズム発祥の地であり、多くの霊場が女人禁制だったのに対し、1300年前から女性も参拝できた、ジェンダー平等の発祥地でもあります。そして発祥といえば、和歌山県がワーケーション発祥の地だと、皆さんご存じでしたか? 和歌山県庁のある職員さんが、イギリスに出張したときに見つけてきて導入したものなんです。たとえば白浜町で早朝サーフィンをして、ゆっくり仕事に向かう。そんなウェルビーイングを実現できるのが和歌山県です。また、学生向けには、南紀地域の廃校などを利用した、安く滞在できるセミナーハウスもつくっていきます。
続いて、話題は教育問題に。
岸本:和歌山県は、5つの県立高校に「eスポーツ・クラブ」をつくってもらって、補助金を出しました。アメリカではeスポーツができる生徒は、バスケットボールやアイスホッケーがうまい生徒と同じように尊敬される。そういうふうに、教育ツールとしてeスポーツをつかいたいなと考えてます。日本では、たとえば家でゲームをやってると、お母さんから「こら周平! ゲームばっかりやってんと、宿題やりなさい!」とか叱られたりしますよね。それを「周平! 教科書なんか読んでないでゲーム(=eスポーツ)しなさい!」って言われるように変えたいんです。
「高校の校則は廃止、県庁は週休3日制に!」
そして、サービス精神旺盛な岸本さんの口調はさらに熱を帯びる。
岸本:いままでの日本の教育は先生や教科書の問いに生徒が「答え」を出すものでした。しかし、生成AIが出てきて、いまはむしろAIに対して「問い」を出さないといけない。「問いをつくる」ことは非常に難しい。学校現場がそういう態勢になっていないのが問題です。たとえば体育の時間。校庭に出て「前に倣(なら)え!」とやらされましたよね、皆さん。でも、前に倣ってたら、スティーブ・ジョブズ(のような人材)は出てこなかったんですよ。別に、列が真っ直ぐにならなくてもいいじゃないですか。ルールや常識からハミ出る子どもをどうやって育てていくかが今後は大事なんです。こんなこと言うと、また教育委員会とやり合うことになるんだけど(笑)、私は「和歌山県の小・中学校は、全国学力テスト(文部科学省が実施する全国学力・学習状況調査)から抜けろ」って言うてるんです。偏差値教育なんて意味がない。受験のテクニックだけうまいヤツにロクな者はおらん。まあ、私自身がそうなんですけどね(笑)。
1956年、和歌山市に生まれ、東大法学部を卒業して大蔵省(現・財務省)に入省、経産省や財務省で課長を務め、退官後はトヨタ自動車入社、内閣府政策参与を兼任した後、2005年の衆議院選挙で初当選。衆議院議員を5期務めて2022年12月に和歌山県知事に就任した岸本さんが「偏差値には意味がない」と断言するのだから、間違いないだろう。
岸本:高校の校則では、いまだに髪の毛は染めたらイカン、ピアスはアカン、靴下の色は紺かベージュ、アルバイトは禁止なんてやってる。もう、やめてくれよと(笑)。校則なんて基本、なくすべきです。自己決定権、自分で自分のことを決められるっていうのがウェルビーイングの基本だと思います。そういう子どもを育てたい。
そして最後に、岸本さんはこんな“爆弾発言”でイベントを締めくくった。
岸本:今日は平日の午後のイベントなのに、ようこれだけの皆さんが来られましたね(笑)。やっぱりこういうことができるためにも、働き方改革は必要です。県庁でもいろいろやっておりまして、たとえば男性職員の育児休暇取得率を100%にするとか、残業はできるだけ減らそうとか、夕方5時を過ぎたら会議は禁止とか。ここにはマスコミの方もいらっしゃるので、発言には気をつけんとアレなんですけど、できれば、今年の10月からは週休3日にしたいと考えてます(場内大拍手)。できるかどうかはわかりません。けど、県庁が変わっていけば、民間も変わってくると思うので。
知事就任からわずか2年4ヵ月。志なかばで天に召された岸本さんの遺志は、これからも和歌山県で引き継がれていくに違いない。心より、お悔やみ申し上げます。
Photo & Text:舩川輝樹(FRaU)