核兵器への意識の変化
「あらゆる政策をタブーなく議論し、進めなければいけない」
小泉防衛大臣は、7月17日配信のインターネット番組『言論テレビ』で核兵器についてこう発言した。しかし、被爆された方たちからの抗議を受け、8月4日に会見で「防衛政策に関する一般論として、我が国として、国民の命と平和な暮らしを守り抜くための政策について、あらゆる選択肢を排除することなく、国民の皆様に丁寧に説明しながら議論をしていくことが重要であるという趣旨を述べたもの」と弁明した。
日本は核兵器を「持たず、作らず、持ち込ませず」という非核三原則を保持しているが、SNSなどでは、「他国の脅威に対して同じように核武装をしたほうがいい」という意見が以前よりも散見されるようになった。
2025年7月に日本赤十字社が核兵器や平和に関する意識調査(※1)を行ったところ、核兵器を「保持も使用もすべきではない」が51.8%だったのに対し、「使用すべきではないが、自衛のために保有することは致し方ない」が28.3%にのぼった。ちなみに2025年に米国ピュー・リサーチ・センターが行った調査(※2)では、アメリカ人の35%が広島と長崎への原爆投下は正当化されると答え、31%は正当化されないと答えている。
「日本でも、核保有を推奨する政治家やそれを支持する人たちも増えているようですが、それでも世界で唯一の被爆国であり、原爆に対する恐怖や悲しみの記憶を聞いて育っている人がいる分、慎重な意見が多くを占めています。私は両親の仕事の関係で幼いころからさまざまな国と日本を行き来してきましたが、日本以外の国では『リアルな原爆の被害について驚くほど知らない』という現実がありました。
特にアメリカとは、『原爆に対する認識』に大きく異なる部分があります。トランプ氏は過去に日本への原爆投下に関して正当化するような発言をしていますが、同じ概念を持つ人は多く存在します」
そう語るのは、『ソーシャルジャスティス 小児精神科医、社会を診る』『小児精神科医で3児の母が伝える 子育てで悩んだときに親が大切にしたいこと』などの著書があるハーバード大学医学部准教授で小児精神科医の内田舞さんだ。
内田さんは、幼いころからアメリカ人の日本への核投下への意見を聞くたびに強い違和感を覚えたという。その現状と気持ちについて2023年に内田舞さんが寄稿した記事を再編集し、前後編でお届けする。
以下より、内田舞さんの寄稿です。
※1:戦後80年を迎える2025年、平和や核兵器をめぐる意識・行動について日赤が調査
※2:80 years later, Americans have mixed views on whether use of atomic bombs on Hiroshima, Nagasaki was justified
広島出身の親族たちから聞いた実体験
私は日本生まれですが、幼い頃から他国で生活することが多く、現在はアメリカで暮らしています。小学生の頃から使命感のように自分の中にあるのは、「原爆で起こった出来事を自分が関わる社会にきちんと伝えたい」という思いです。
そういう感じるようになったのは、父方の親戚から広島の原爆についてたくさん話を聞いたことが影響しています。父方の祖父は広島県出身で、広島を訪れた際には、瀬戸内海の島の美しさや、お好み焼きと魚介のおいしさに魅了されながら、原爆を含めて戦争に関する話を祖父や親戚がよく話してくれました。
小学1年生のときに読んだ『はだしのゲン』、学校の社会科実習で第五福竜丸の被爆者から聞いた話、高校時代に見た野田秀樹氏の戯曲で長崎への原爆投下を題材にした舞台『パンドラの鐘』、そして祖父や親戚の原爆に関する実体験の話……。そのひとつひとつが、世界の中で唯一の被爆国である日本に生きる日本人の私にとって、とても大切な体験でした。
「私は戦争に反対です。私は核兵器使用に反対します」
10代の頃からそう強くはっきり言い切れる姿勢を持つことができたのは、間違いなく、身近な親戚含め、日本の方々が語ってくれた自らの体験、“人間としてのストーリー”だったのです。私自身は戦争を知らない戦後生まれです。ですが、戦時中に起きた出来事は、世代が変わっても語り継ぎ、それを世界に伝えていかなければならないと感じています。
私が戦時中の出来事をきちんと語り継いでいかねば、と強く感じるようになったのは、広島や長崎で起きた原爆について、アメリカでほとんど語られていない事実を知ったからでした。そのことに最初に気づいたのは、小学校高学年か中学生になったばかりの頃でした。
アメリカでも第二次世界大戦について語られることはありますが、そこで話題となるのは、ヒトラーやユダヤ人大虐殺についてです。映画やドラマといったメディアで取り上げられる題材も、ヒトラー関連の歴史や、第二次世界大戦後のロシア(当時はソ連)との冷戦突入の駆け引きばかり。原爆投下に関しては、「投下した」という事実以外はほとんど語られることがありません。実際に、1945年の8月6日と8月9日が何の日であるかを知らない人がほとんどですし、広島や長崎にいた人々が体験した、“人間としてのストーリー”は語られることはまずありません。
アメリカで伝えられる「原爆」に違和感
高校時代、ニューヨークの近代美術館(MoMA)に行った際、大きなきのこ雲の写真をモチーフにした作品が展示されていました。それを見たとき私は、何とも言えな居心地の悪さを感じました。このときの気持ちを美術の授業の課題で次のように書きました。
「アメリカでは芸術作品やテレビのジョークで“きのこ雲”を目にすることはあるが、その下にいた人々はそこには映し出されない。きのこ雲の下にいた人間たちは見えない」
ハリウッド映画や舞台芸術でも核戦争後の世界を反ユートピア的に描く作品は少なくありません。ですが、それらの作品を見るたびに、「核戦争後の反ユートピア的世界に行きつくまでに、そこに存在した人々の耐えがたい苦しみは描かれていない」と感じるのです。
そういった積み重なった出来事から、アメリカと日本の原爆に対する意識の違いについて、なんとも言えない違和感を覚えるようになりました。
「美術作品や映画、アニメなどの作品は別物として捉えるべき」という声もあります。ですが、芸術作品も映画もアニメも漫画も、また世の中で使われる言葉のフレーズも、社会の中で共有されている考え方が反映されています。そして、それが消費されることで、その考え方が多くの人たちの中で「固定観念」として定着していきます。無意識のうちに浸透していくのです。
核兵器や核戦争がアクションやサスペンスとして描かれているアメリカでは、“Go nuclear”(「核兵器を使うかのように攻撃的になる」「怒りを爆発させる」という意味)というフレーズが日常会話でもよく使われます。核兵器が比喩として簡単に使われることも含めて、アメリカという社会の中で、核兵器や核戦争がとても「軽い扱い」であることに気づくのです。
こういったアメリカ人の核兵器や核戦争に対する意識を変えるためには、統計や政治的議論も重要ですが、何よりも「人の経験への共感」が必要だと感じています。
◇続く後編『「日本への原爆投下は正当だった」アメリカ人学生の主張に日本人精神科医が返した言葉』では、内田舞さんがアメリカ人の学生たちと原爆投下や特攻隊についてディスカッションしたエピソードについて伝える。