UBCはアメリカを根本から変える隠し玉
ここのところアメリカではにわかにUBCの話が賑わっている。
UBCとはユニバーサル・ベーシック・キャピタル――直訳では「普遍的基礎資本」――の略称で、国民に投資口座を提供し株式を注入することで、その市場評価を個人資産とする考え方。国民に一律に投資口座を設けさせて、それにより大企業や国民経済の成長を金融市場から直接、国民一人ひとりが享受できるようにする仕組みのことだ。
似たような言葉としてユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI)があるが、こちらが、政府が徴収した税金から国民に「基礎収入」として配分するのに対して、UBCは直接、国民を株式市場に紐づけ、誰もが「基礎資本」を有することを目的にしている。
UBCが突然注目されるようになった背景には、AI経済の急成長がある。そう遠くない将来、効率化に長けたAIが経済活動に全面的に導入されることで、雇用機会が激減し、雇用を切られる、あるいはそもそも雇用機会が消失するといった事態が引き起こされることが予想される。その甚大な社会的混乱を見越して、AIによる効率化の果実を、AIによって職を失った人、あるいは働く機会そのものを失うであろう人たちに分配する道を予め作っておこうとするものだ。
AIによって生み出された富がAI企業の持ち主、すなわち株主=投資家にのみもたらされるとしたら、今後、社会に壊滅的なまでに格差が生じる事態を避けるために採ることのできる最もシンプルな方法は、すべての市民にAI企業の所有権を与えることだ。そうすることで、AI企業が労働者から奪った富を、市場経済の仕組みを通じて構造的に補填できる仕組みを根付かせる。UBIのような「事後分配」ではなく、「事前分配」を配備するのがUBCだ。
「株式民主主義」というアメリカの夢
興味深いことに、このUBCの導入については、党派や政治信条を超えた幅広い政治家や起業家から支持を獲得し始めている。
具体的にはバーニー・サンダース、アレクサンドリア・オカシオ=コルテス(AOC)、ギャビン・ニューサム、スティーブ・バノン、ヴィヴェック・ラマスワミ、サム・アルトマン、それにドナルド・トランプといった右も左も関係ない錚々たる面々。
サンダースとAOCは、今流行りのDSA(アメリカ民主社会主義者)に属する、プログレッシブと呼ばれる急進左派。対してカリフォルニア州知事のニューサムは民主党内の中道派。バノンとラマスワミはMAGAに与する急進右派。アルトマンはOpenAIの創業者CEOで、トランプは言わずとしれたアメリカ大統領。この他にもAnthropic関係者やトランプ政権の閣僚なども賛同し始めている。
それだけこの「AIによる雇用喪失による経済的衝撃」が政治、とりわけ選挙政治に基づくデモクラシーを採用するアメリカで重大な意義を持つことを示している。同時に、党派を超えて、あるいは政府と民間の所属を超えて関心を集めつつある事実から、UBCという処方箋がそれだけアメリカ人の直感に訴えるところがあると見てよいのだろう。
その共通感覚(コモンセンス)とは、資本市場がアメリカを築いてきたという通念であり、それは「すべての市民は株主である」という理想だ。この考え自体は「株式民主主義」とか「人民資本主義」といった言葉で、過去に何度もアメリカでは浮上してきた。会社のオーナーになりその成長利益に預かる、それはアメリカ人の誰もが夢見る姿のひとつだ。
建国以来、多くの企業の力で国富を増やし国力を伸ばしていったアメリカらしい感覚だ。その根底には、堅牢なビジネス社会とそれを支える金融市場がある。そこに今、テクノロジーによるイノベーションという無限の人工フロンティアが加わった。UBCの導入の機運は、そうしたアメリカ経済の歴史的性格からも生じている。
無論、意地の悪い見方をすれば、テクノロジーによる社会への大打撃に対する目眩ましとして、「誰もが株主になる社会」という理想をもちだしてきたといえなくもない。UBCのような仕組みを通じて、株式市場の上昇から実現される富の創出へアメリカ国民の幅広い参加を促す。株式市場のアメリカ国民への解放であり、アメリカ国民の株式市場への包摂でもある。文字通りの「投資社会」の実現だが、それは、アメリカ国民の経済生活が、アメリカ経済そのものと一蓮托生になることを含意する。
「トランプ・アカウント」が示唆する投資社会
そのように見てしまうのは、UBCへの関心の高まりの理由として、去る7月4日(独立記念日!)に開始された、いわゆる「トランプ・アカウント」があるからだ。
これは、アメリカ生まれの全ての子どもに向けて株式市場での資産形成を支援する目的で作られた政府支援型の投資口座のことで、特にトランプ2.0の任期である2025年から2028年までの間に生まれた子どもについては、連邦政府から1,000ドルの拠出金を受け取る権利が与えられる。投資対象はインデックスファンドであり、つまりはアメリカ経済の趨勢に投資することになる。
口座の設立は親がしなくてはならないが、あくまでも子どものためのものなので、子どもが18歳になるまで誰も手を付けることはできない。アメリカの若者は18歳の時点で投資を行うための原資を公式に得て、それを元手にしながら資本市場の成長を享受できる、というのが、プログラム推進者の触れ込みだ。
重要なのは、このような「資本市場にアクセスできる口座」を誰もが持つことで「投資社会アメリカ」の実現に一歩近づくことだ。そして、このトランプ・アカウントがUBCの実装のための鳥羽口になるのではないか、というのがUBCへの関心が高まったもう一つの理由だ。
もちろん、もう一段、メタ視点で俯瞰してみれば、アメリカ経済の指標に株価を採用したトランプ2.0が、とにかく株式市場に流れ込む資金の量を増やすことに注力した結果ともいえる。
ちなみに、このトランプ・アカウントだが、名称の党派的好き嫌いこそあれ、「すべてのアメリカ人を株主に」という発想自体はアメリカ的であることから、似たような構想は党派を超えて以前から提唱されていた(たとえば民主党のコリー・ブッカー上院議員による「ブッカー・ボンド構想」など)。それもまた、この投資口座をUBCの実践につなげようとするきっかけの一つになっている。
将来的には、UBCの形で、連邦政府が組成したソヴリン・ウェルス・ファンド経由で国民に株式市場の価値=資産が移転される可能性もある。ただ、その実践には、政府がフォーチュン500やビッグテックの株式を所有する必要がある。そのため、これはアメリカが、中国のような国家主導の経済体制に移行していくためのインセンティブ設計のようにも見える。
つまり、AI、ならびにそれを提供するAI企業によって既存の産業地図が書き換えられそうな時に、その書き換えによる様々な社会的衝撃を吸収し、配分をし直すための策のようなのだ。だが、それが本当に、キャピタリズム信仰の強いアメリカで実現可能なのか。
【後編】→「未来は理想郷か、はたまた破滅か」…AI覇権をめぐる米国政府とテック企業の「対立の末路」