意識と無意識、記憶や学習、不安や怒り……。こうした日々の経験は、なぜ、どのように生じるのでしょうか? すべて脳の中で起きていることですが、研究によって、このような脳のしくみやはたらきが、少しずつ明らかになってきています。
最先端で活躍する脳研究者たちが、研究の最新成果から未来までを語った『世界一面白い脳の講義 脳の謎を科学で解き明かす』(日本神経科学学会:編)が、講談社ブルーバックスから刊行されます。
本書は、気鋭の脳研究者たちによる一般向けの講演イベント「脳科学の達人」10周年を記念して刊行された一冊です。
研究の熱気を届ける本書の名講義から、興味深いトピックを厳選して紹介していきます。
今回は、脳と外部機器やコンピューターを直接つなぐ「BMI(ブレイン・マシン・インターフェース)」研究の最新動向をご紹介します。人間の能力を拡張する技術や、まるでテレパシーのような意思伝達を目指す研究など、これまで想像の世界だった技術が少しずつ現実になりつつあります。その最前線を見ていきましょう。
*本記事は、『世界一面白い脳の講義 脳の謎を科学で解き明かす』(ブルーバックス)を再構成・再編集したものです。
脳波でロボットを動かすことに成功
1973年、脳とコンピュータを接続する「BCI(ブレイン・コンピュータ・インターフェース)」という概念が提唱されました。この用語を提唱したのは、アメリカのコンピュータ科学者ジャック・ヴィダルです。
彼は1977年に、ヒトの脳波を使って「迷路を解く」ことに成功しました。コンピュータの画面に簡単な迷路を映して、実験の参加者に見てもらいます。参加者が視線を上下左右に動かすと、それにともなう脳波の変化がリアルタイムで測定されて、画面上のカーソルも連動して動くようにしました。
その結果、参加者の脳波を測定するだけで画面上のカーソルを動かし、迷路を解くことができたのです。
1988年には、別の研究者が脳波でロボットを動かすことに成功しました。このころから脳活動の分析に、コンピュータが大量のデータから自動で一定のルールを見いだす「機械学習」が活用されるようになりました。つまり、AIの活用の始まりです。
脳がコンピュータだけではなく、ロボットなどのマシン(機械)にも接続されるようになり、「BMI(ブレイン・マシン・インターフェース)」という呼び方が使われるようになりました。脳がつながる相手によって使われる状況が少し異なりますが、BCIとBMIは基本的に同じ意味です。
2000年にはサルを使った実験で、脳活動だけでほぼリアルタイムにロボットアームを動かすことに成功しました。ブラジル出身の神経科学者ミゲル・ニコレリスは、サルの脳に多数の電極を埋め込んで広範囲の脳活動を読み取り、ロボットアームの動きと連動するようにしました。
考えるだけでロボットアームを操作できることに気づいたサルは、最終的にロボットアームを自分で制御できるようになりました。
脳活動を使ってリアルタイムにロボットが制御できることが実験的に示されたことで、体が不自由な人が義肢や車椅子などを脳で直接動かすという臨床応用が、現実的なものになりました。脳波で操作する車椅子や、先述した触覚のフィードバック付きの義手などがすでに実現しています。
脊髄損傷の患者の歩行機能が回復した
BMIの臨床応用は、脳と機械をつなぐだけではありません。2023年、フランスとスイスの研究チームは、脳と「脊髄」をつなぎ、患者の歩行機能を回復することに成功したと発表しました。
患者は、脊髄損傷によって脳と脚をつなぐ神経回路が遮断され、歩行ができなくなってしまった方です。頭部に埋め込まれた装置で「歩きたい」という意図を示す脳活動を読み取ります。
それを電気信号に変換して、ワイヤレスで腰の脊髄に埋め込まれた装置に送り、脚を動かす筋肉につながった神経を電気で刺激します。それにより、損傷した神経を迂回して、脳から脚の筋肉に信号を送ることができます。
研究チームは、この一連の装置を、「BSI(ブレイン・スパイン・インターフェース/スパインは「脊椎」の意味)」と呼んでいます。
BSIを使用した結果、参加者は自力で立ち上がり、歩いたり階段を上ったりできるようになりました。さらにBSIを使ってリハビリを行った結果、装置の電源がオフの状態でも松葉杖を使って歩けるようになりました。本来の神経細胞の回復も後押ししたのです。
身体拡張の可能性を示した「第三の親指」
失われた機能の回復(治療)だけでなく、もともと持っていた能力を超える(拡張する)ためにBMIを利用する研究がいくつも行われています。
2021年に報告されたのは、「第三の親指」と名付けられたロボットの親指を片方の手に装着して、ヒトの身体機能を拡張する実験です。
ロボットの親指は、脳で直接操作するわけではなく、両足の親指に装着した圧力センサーで操作します。実験の参加者たちは5日間の訓練で、自身の3つ目の親指としてロボットの親指を器用に使えるようになりました。
ロボットの親指を使いこなせるようになったあとで、実験の参加者たちの脳機能を解析してみると、脳はヒトが本来持たない3つ目の親指を、まるで自分の体の一部のように認識し始めていることがわかりました。
なお、「第三の親指」は厳密には脳信号を直接読み取るBMIではなく、足の動きを入力として用いる身体拡張技術です。それでも、この研究は、ヒトの脳が新たな身体部位を柔軟に取り込み得る可能性を示している点で、非常に興味深いものだと考えます。
地磁気を感じられるようになる
BMIを使えば、ヒトが本来は知覚できない感覚、たとえば紫外線や赤外線、地磁気などを感じられるようになるかもしれません。私たちの研究室では、ラットの脳に、本来は持っていない「地磁気」の感覚を与える実験に成功しました。
視覚を失ったラットの脳に、地磁気センサーを搭載したコンピュータのチップを差し込みました(図「ラットの脳に地磁気センサーを接続」)。
このチップは北を向いたときと南を向いたときで、異なる電気刺激を脳に与える仕組みになっています。脳で直接感じる方位磁針のようなものです。
その結果、ラットは視覚を失った状態でも、地磁気の感覚を頼りに迷路の課題を解くことができました。この結果は、本来は持っていない感覚を、脳に追加することが可能であることを示しています。
ヒトも、将来的には機械でできた「追加の目」を通して360度を一度に見ることができる視野を獲得したり、紫外線や赤外線(可視光線以外の光)を見たりできるようになるかもしれません。
脳と脳をつないで「テレパシー」ができた!
BMIの応用として、脳と機械(コンピュータ)ではなく、ヒトの脳と脳を直接つなぐ「BBI(ブレイン・トゥ・ブレイン・インターフェース)」の研究も行われています。
2019年に発表されたBBIの実験は、脳波の情報を直接他人の脳に伝えることで、3人の実験参加者が協調的な作業を行えるかどうかを検証したものでした。脳波を測定する装置を頭にかぶった2人の参加者(指示役)は、テトリス風のゲームでブロックを回転させるかどうかを判断します。
2人の指示役の思考を読み取り、その内容を、3人目の参加者の脳に外部から磁気の刺激を与えることで伝達します。脳で信号を受け取った3人目の参加者は、ゲーム画面を見ずに正しくブロックを回転できるか(課題をクリアできるか)が検証されました。
その結果、3人は課題を無事にクリアすることができました。脳の信号を直接送るというテレパシーのような情報伝達ができたのです。
これは脳と脳を直接つなぐ初歩的な研究ですが、脳が直接ネットワークに接続できる可能性を示した重要な一歩だといえます。もし脳と脳で直接通信を行うことが可能になれば、これまで人類が経験したことのない、まったく新しいコミュニケーションの形が実現するでしょう。
*