海の京都エリアには12もの酒蔵が点在する。丹後は稲作文化発祥の地ともいわれ、日本酒の起源にまつわる話や、万病に効く酒を醸した羽衣天女の伝説もある、酒と縁の深い土地だ。山と田んぼが広がる雪深い与謝野町で、130年以上続く蔵を守る杜氏に、この地の水と酒の関係について聞いた。
絶えず湧く山の水に支えられ受け継がれてきた味がある
丹後の豊富で澄んだ軟水がやわらかな酒を生む
丹後は良質な水に恵まれた土地だ。その理由は、山の多さにある。時雨の多い「うらにし」と呼ばれる気候や冬の豪雪で、山々は水を蓄える。ほかの地域が水不足に悩む時期でも、丹後では水が絶えないといわれるほどだ。海の京都にある12の酒蔵はそれぞれ使用する水系が異なり、蔵ごとに味わいが違うのも興味深い。
京都市内から車で約90分、与謝野町加悦谷。酒呑童子伝説が残る大江山のふもとに、1887年創業の〈与謝娘酒造〉がある。仕込み水は大江山の伏流水。酒づくりを担うのは、6代目杜氏の西原司朗さんだ。
「ウチは山の水脈に横井戸を掘って、蔵の中まで引いてます。米を洗て、蒸して、仕込む。酒づくりでは大量の水をつかいますけど、この井戸に溜まってるのは5000L以上。仕込みの後はほぼなくなるけど、翌日には満ちてる。ありがたいです」
大江山の花崗岩層を通って磨かれた水は、ミネラルの少ない軟水となり、口当たりがやわらかいのが特徴。代表銘柄の「与謝娘」はその名のとおり、与謝の地で育った娘のようにやわらかな酒、という意味を持つ。
「伝統ある蔵がつくる酒は、ネーミングで水の違いがわかるんですよ。硬水で知られる兵庫県・灘の宮水で仕込まれた酒は“男酒”いうて、淡麗で辛口。名柄も『剣菱』『菊正宗』とか重厚な名前が多い。一方軟水でつくった酒は“女酒”と呼ばれて『桃の滴』『与謝娘』と、ネーミングもやわらかい印象のもんが多いです」
土地の水と、米と、人で醸す与謝の風土を映す酒
慣れ親しんだ風景を守るため地元に還元できる酒づくりを
西原さんが大切にしているのは、「テロワール」の考え方だ。もともとはワインの世界でつかわれる言葉で、その土地ならではの風土を味わう、という意味を持つ。西原さんが6代目を継ぐ以前は県外産の米を用いることもあったそうだが、現在は京都府産へと切り替え、与謝野町産のコシヒカリをつかう銘柄も多い。
「僕が杜氏を継ぎたいと思った理由は、幼いころから見てきた田園風景です。夏の間に稲が育って、穂が垂れていくさまがホンマにキレイなんです。この景色が続くためには、米づくりもずっと続かなあかん。人口減少で専業農家さんが減るなかで、耕作放棄地が増えたら土地は荒れてしまいます。ウチが地元の米をつかうことで、少しでも米づくりを支えていけたらと思うんです」
与謝野町は町をあげて、豆腐工場から出るおからに、米糠と、オイルサーディンの加工時に出る魚のアラなどを混ぜて「京の豆っこ」という肥料を開発した。この肥料をまいて育てた米を、仕込みに用いる酒もある。酒づくりで生じる酒粕も農業に還元している。かつて奈良漬などにつかわれていたペースト状の「ねりかす」は、現代では需要が限られ、大量の廃棄が出てしまう。これを、地元の農業法人へ無償で提供。ねりかすに含まれる酵素が籾殻の分解を助け、田んぼの土壌を整えるという。
山の水から生まれ、田んぼへと還る酒。西原さんは、その循環のなかで世界基準を目指した、新たな酒づくりにも挑戦している。
「日本酒になじみのない海外の方を含めて、もっとたくさんの人に日本酒を楽しんでもらいたいという思いから、地元産フルーツのリキュールとか、ワイン酵母で仕込んだ日本酒などの試作を重ねてます。ラベルはデザインが得意な妻にお願いして、モダンでポップなもんにして手に取りやすうしたり。トライアンドエラーの連続ですけど、酒を通して、この与謝野町という土地を少しでも知ってもらえたらと思てます」
地域の恵みと伝統の味を守りながら、未来に向けた酒を醸す。地元愛と探究心に満ちた西原さんのような人びとの手によって、京都の酒は静かに進化を続けていくのだろう。
与謝娘酒造
酒造見学は要事前予約。仕込みの見学のほか、お酒の攪拌体験、商品や仕込み水のテイスティングができる。12月から2月中旬にはもろみから絞りたてのお酒が飲めるかも。見学料は¥1000~。
住所:与謝郡与謝野町与謝2-2
yosamusume.com
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Photo:Mitsugu Uehara Illustration:Satoshi Ogawa Text:Knax
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