自分が「本当に望んでいるもの」とは?
私たちは、自分が思っている以上に自分のことを理解できていません。心の底にある、あなたも知らない「謎」を見つめ、内省ではたどり着けない「深い自己理解」へと導くのが精神分析です。
7月23日発売『無意識の発見』(講談社現代新書)著者の哲学者・工藤顕太さんが、欲望と自己をめぐる壮大な「知の冒険」へと誘います。
(※本記事は、工藤顕太『無意識の発見』の一部を抜粋・編集しています)
フロイトの問い
そこで本書では、精神分析という、おおよそ20世紀の始まりと時を同じくして生み出された実践と理論について解説していくかたちで、「自己」なるものについて考察を深めることを目指す。
というのも、精神分析には、「欲望」と「自己」をめぐる問いをラディカルに探究し、そこにある未知との直面をなにより大切にすることで発展してきた歴史があるからだ。
精神分析については、すでに多くの解説書や研究書がある。創始者ジークムント・フロイトの名前は、「無意識」(=本人の意識が及ばない心の深層領域)の発見者として広く知られている。彼がウィーンで始めた実践が、さまざまな心理療法の歴史的な起源のひとつだということを知っている人も少なくないだろう。フロイトは、「神経症」とカテゴライズされる症状に苦しむ患者たちを寝椅子に横たわらせ、言葉による治療を試みた。
彼は、からだの一部の麻痺や動物への異常な恐怖など、多種多様な原因不明の症状に苦しむ患者に、ふたりきりの状態で話してもらった。どんなに支離滅裂でも、荒唐無稽でも、不道徳な話でもいい。とにかく頭に浮かんだことをすべて話してみてほしい、と。
いかなる規制、いかなる配慮からも自由になって話をすること。それをフロイトは「自由連想」と呼んだ。そして、そうした患者の話を注意深く聴くことで、症状の背後に、本人にさえ気付かれていない——つまり無意識的な——葛藤があることを彼は発見した。
葛藤というのは、心が抱え込む矛盾のことだ。そしてその矛盾には、つねに他者の存在が関与している。例えば、ある人と親しくなりたいと思う一方で、いざ一緒に過ごすと、相手が何を考えているのかわからないことが不安で逃げ出したくなってしまう、といったように。
原因不明と思われた症状の数々は、じつはそうした矛盾の表現にほかならなかった。それは解読されるまで消えることのない、謎めいたシグナルのようなものだ。フロイトは、その矛盾を患者自身が少しずつ言葉にしながら、自分のものとして理解し受け入れていくことで、症状=シグナルを解消させるという新たな治療実践を生み出した。それが精神分析だ。
「自己」を精神分析的に考える
なかには、精神分析がすでに時代遅れの代物だと考えている人もいるかもしれない。精神分析の学説はエビデンスに乏しい非科学的なもので、現代には時間的にも経済的にももっと負担の少ない洗練された心理療法がある。病院に行けば睡眠導入剤や抗不安薬もすぐに処方してもらえる。いまさら精神分析の出る幕などない、と。
たしかに、精神分析がある特定の時代的・文化的条件のもとで生まれた実践である以上、それはやがて役目を終えることになるだろう。私はそのことを否定しようとは思わない(もっとも、現段階ではまだ精神分析によってしか取り扱えない問題というものがあり、その臨床的ニーズは失われていないのだが、これは専門的な議論なのでいまは措くとしよう)。
それにもかかわらず本書が精神分析を取り上げるのは、20世紀のはじめにフロイトが立てた問いが——つまりフロイトが提示したなんらかの「答え」ではなく、彼が提起した問いそのものが——、今日の私たちひとりひとりにとって、いまなお本質的なもの、切実なものであり続けているからだ。
臨床実践の形態は時代に応じて変化するし、理論は新たな知見によって乗り越えられ、否応なく古びてゆく。だが、本質的な問いというのはいわば若いままなのである。
では、そのフロイトの問いとは何か。まさしくそれが、本書の冒頭に置かれた問いにほかならない。フロイトは、彼の分析を求めてやってきた患者たちに、そして自分自身にも、絶えず問いかけたのだ——「あなたが本当に望んでいるものは何か?」と。
要するに、私たちはいまも、フロイトと同じ問いを抱えているのである。だとすれば、私たちが「自己」を理解しようとするときにも、精神分析の知見は大いに役に立ってくれるはずだ。
もっとも、ありふれた問いだからといって、それを考えるプロセスが誰の目にも明らかなものであるとはかぎらない。「自己」のあり方を精神分析的に考えるプロセスは、複雑で入り組んでいる。精神分析というのは、私たち自身の複雑さを、複雑なままに理解し、受け止める営みだからだ。
本書では、そのプロセスをできるだけ丁寧に、大切な部分を削ぎ落としたりしないように解きほぐすことを試みている。
この記事の続き<なぜかいつも恋人に浮気される…私たちが知らない「無意識」という呪いの正体>では、さらに「自己」と「欲望」をめぐる精神分析のふしぎに迫ります。
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