今、チャンネル登録者数34.3万人のYouTubeチャンネル「遷移圏見聞録」が、クラウドファンディングで約6500万円という大金を集めて話題となっている。21歳の映像クリエイター“ナカムラ”さんが仕掛けた壮大な世界観がファンの心をつかみ、多額の寄付を獲得したのだ。
今回は、書籍化も果たすなど今一部界隈で熱狂的な人気を誇る「遷移圏見聞録」の仕掛け人・ナカムラさんにインタビューを行い、制作の裏側を探ってみた。
異世界「遷移圏」で普通のVlogを撮る
遷移圏見聞録の1本目の動画は、まるでYouTubeに初めて投稿された動画である「Me at the zoo」(動物園で象の鼻の長さについて語る内容)を思わせる、川辺で友人と捕まえた生き物について語り合う実に素朴なもの。だが、そこに映し出される生物は素朴とは程遠い、人間の赤ちゃんくらいのサイズをしたダンゴムシのような食用甲虫“デメダマゴムシ”だ。
「なんだ、この虫は!?」と思って調べても意味はない。遷移圏見聞録は「我々の生きる現実世界の隣にある異世界“遷移圏”の奇妙な日常をありふれたVlog形式で紹介する」という体裁のモキュメンタリーチャンネルなのだ。
「単なるファンタジー作品ではなく、本当にどこかに存在していそうな異世界の記録を、現地レポートのような形式で表現することを意識しています」
そう語る作者のナカムラさんは、動画中ではカメラを回して遷移圏を紹介する“ナカムラ”というキャラクターを演じており、観客は彼を語り手に我々の住む世界“ドムシアット軸”と、無数にある他の並行世界の間にあるグラデーション領域である“遷移圏”での生活を垣間見ていくことになる。
生成AI時代に「筆を折れない道」を選んだ21歳が語った創作の覚悟
壮大な映像と、世界観の細かな設定が光る遷移圏の世界だが、その誕生はあるゲームがきっかけだった。
「後に遷移圏として花開くことになるアイデアたちは、YouTubeを始める前から少しずつ練っていました。そんなあるとき、ゲーム『モンスターハンターシリーズ』の生態ムービーのような、その世界の生態を感じられる作品を作ろうと思い立ち、2020年から3DCGを使った映像制作を始め、そのうちに実写撮影やAIを使った演出も取り入れていくようになりました」
AIを使った演出という言葉が出たが、ここにはナカムラさんなりの決意が込められていた。
「初めてAI技術に触れた時、『これは今後、創作界、特に自分の好きなファンタジージャンルに確実に広がっていく』と感じました。そして、実際かなり広まったと思います。もちろん、創作の理想はすべてを自分の手だけで作り上げることだと思っていますが、変化する現実を見ずに拒むだけでは、いつか自分の表現が時代の変化に置いていかれてしまうかもしれません。
私の制作映像は9割以上手作業ですが、AI未使用カットまでAIの使用を指摘されることも少なくありません。これはダメージのある言葉でして、100%手作業で制作している人であれば、私以上に傷つくだろうなと思うこともあります。だからこそ、自分が作ることを軸にしながらAIを演出の一部として使うことで、AI利用を指摘された時にも『自分はこの技術とどう向き合うかを選んでいる』と受け止められる状態を作り、“絶対に筆を折れない創作の道”を選びたかったのです」
多少AIを使っているとはいえ、驚くべきことに遷移圏の映像制作は基本的に1人で行っているという。
「実際の映像制作や3DCG制作、編集、演出などの作業については基本的に僕1人で行っています。でも、設定を膨らませる工程やキャラクターデザインでは知人が助けになってくれています。あとは動画に出てくる“ナカムラの友人たち”も実際に友人同士でして、普段から世界観設定について意見を出し合っていますよ。ちなみに撮影時のセリフは結構アドリブです(笑)」
「無双できる場所」ではなく「生活の本質」を描く
遷移圏の大きな魅力は異世界をリアルに感じられるところにあるだろう。こうしたリアリティはどのように作り上げているのか。
「ある時ふと『渋谷のギャルとアマゾンの未開部族は、同じ時間・同じ地球を生きているんだよな』と実感した瞬間がありました。相反するように思えるもの同士の地続き感を認識した時に、遷移圏見聞録でも“現実の延長線上に説明しきれない世界がある感覚”を大切にしようと思ったのです。完全な非現実として切り離すのではなく、生活感をしっかり描くことで『本当にどこかにありそう』と感じてもらえるバランスが出せたのだと思います」
リアリティを持たせる試みの一環として、YouTubeでの展開方法にも工夫をこらしている。その一つがいわゆる“YouTuber”のように動画を作成していることだという。
「YouTuberとして成長していく過程を作品の一部として描きたかったのです。実は、初期の動画ではあえて演出に“素人っぽさ”を残しました。ショート動画から始まって長編動画になるのもその一環ですね。最初から完成された映像作品として見せるより、個人が趣味で投稿を始めて、少しずつ撮影や編集技術が上達していっていると見せた方が、より遷移圏をリアルに感じてもらえるかな、と」
動画には見慣れない異界の生き物たちに混じって、我々がよく知る妖怪たちも登場する。これも世界観をリアルに感じてもらうための工夫なのだという。
「遷移圏見聞録では“この世に存在する伝承や都市伝説を遷移圏の一部として再解釈する”ことをテーマのひとつにしています。ゼロから作った設定だけだと現実との接点が希薄になってしまうため、あえて妖怪伝承や神話を利用することで、現実にあるそうした妖怪への古い資料や地方伝承すら遷移圏の世界観に取り込むことができるのです」
思わず「現実逃避して行ってみたい」と思ってしまう遷移圏だが、そう感じるのは、私たちが現実社会で忘れがちな“生活の本質”を意図的に描き出しているからだ、とナカムラさんは語る。
「遷移圏は“異世界転生ものの作品”で描かれるような、現実と違う場所で無双できる世界にしたくありませんでした。人が本当に求めているものは現実逃避して“新しく特別な存在になる”のではなく“今の自分を必要としてもらえること”なのではないでしょうか。なので、遷移圏では“自分らしく生きられるコミュニティ”や“生活の本質”を意識的に描いています。
また、多用していながら言うのもなんですが、僕は無限に情報が流れ、人とずっとオンラインで繋がっている感覚になるSNSは良くないと思っています。なので、遷移圏では“遷移ノイズ”という設定を用いることで、電話やテレビのようなものはあるものの、不特定多数が常時繋がるSNSは普及していないようにしています」
最後に、そんな遷移圏の世界に実際に旅立てる開発中のXR(VRやAR、MRなど、現実空間とデジタル空間を組み合わせる技術の総称)プロジェクト「Mobilis Frontier(モビリス・フロンティア)」についての展望を聞かせてもらった。
「当初の目標金額1000万円を遥かに超える約6500万円という大金に『こんなにも遷移圏へ行きたいと思ってくれている人がいるんだ』と、かなり衝撃を受けました。このプロジェクトは、新たに見つかった遷移圏の謎の都市”忘都”へ観客が調査員として赴くというストーリーを、東京で実際に体験できるイベントです。現在かなり本気で開発を進めていますので、ぜひ続報を楽しみにしていただけたら嬉しいです!」
「これ本当にタダで観ていいの!?」と思わず声を漏らしてしまうほどの圧倒的な世界観。ここまで読まれて興味を持たれた方は、一度遷移圏の動画を見てみてほしい。そこには令和を牽引する若き天才が生み出した“広大な異世界フロンティア”が広がっているはずだ。
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