「どんなもんじゃい!」
6月6日、愛知県国際展示場で開催されたボクシング興行「3150FIGHT 10」のリング上で、元プロボクサー・亀田興毅氏(39歳)はこう吠えた。
現役時代から、亀田氏の代名詞とも言える決め台詞である。かつて日本ボクシング界を騒がせた“亀田節”は、いまなお健在だったと言えよう。いや、むしろこの日の叫びには、これまで以上に強い気持ちが込められていたのかもしれないーー。
亀田興毅、「人生最大のピンチ」だった
「愛知大会を何としても開催しなければいけないという思いで、とにかく走り回った。なかなか時間がない中で、本当に亀田興毅、人生最大のピンチだった」
5月25日に開かれた会見で、亀田氏は自らの置かれた立場について吐露した。亀田氏が手がける大規模なボクシング興行がキルギス共和国で開催予定だったのだが、、4月・5月と立て続けに中止になってしまったからだ。その上、6月6日に愛知県で予定されていた興行までもが開催危機に陥ってしまう(詳しくは『【関係者は大激怒】亀田興毅のボクシング興行が「二ヵ月連続中止」に…キルギスで開催できなくなった「知られざる舞台裏」』を読んでほしい)。
だが、亀田氏は土俵際で踏みとどまった。まず、ともにイベントを運営してきた株式会社LUSH(以下、LUSH)が事業から撤退することを表明。代わりにサイバーエージェント・藤田晋会長などが開催を支援し、ABEMAでの無料ライブ配信まで決定する。
亀田氏のリング上の挨拶は、数多の危機を乗り越えての「どんなもんじゃい!」なのである。新たな船出を観客たちに印象づけたし、「窮地からの復活劇」だと胸を打たれた人も多いだろう。
しかし、筆者が愛知県国際展示場で見た光景は、その美談に「小さくない違和感」を差し込むものだった。
会場内に「決別」したはずの関係者の姿が……
会場内では、おそろいのTシャツを着たLUSHの関係者たちが動き回っていたのである。LUSHといえば、亀田氏が“決別”したはずのスポンサーだ。決して、単なる観客という立場ではない。運営サイドの人間として、明らかに興行の現場に関わっていた。亀田氏は本当にLUSHと決別したのか。そして、LUSHの「撤退宣言」は本当だったのか。興行の熱気の奥で、こうした疑問が筆者の中で静かに膨らんでいた。
順を追って説明しよう。
’18年に現役を引退した亀田氏がプロモーターとして本格的に動き出したのは、2021年12月のことだ。自身のボクシング興行に掲げた名前は「3150FIGHT(サイコーファイト)」。そこには、「低迷するボクシング界を”再興”させたい」「選手に光を当てたい」という思いがあったという。現役時代から賛否を巻き起こしてきた亀田氏だが、引退後は「選手ファースト」を掲げるプロモーターとして、新しいボクシング興行の形を作ろうとしていた。
転機が訪れたのは2024年のこと。LUSHという企業が、亀田氏の興行にスポンサーとして大きく関わるようになったのである。この会社は、表向きには多角的な事業を展開する企業グループだった。飲食店、ECサイト、健康グッズ販売、インフルエンサー事業など、関連事業は多岐にわたる。
古くからこのグループを知る人物は、こう語る。
「LUSHは、実質的にはA会長の会社です。周囲からは“天才トレーダー”と呼ばれ、ビットコインで大儲けした人物とも言われていました。A会長の一声で、飲食店経営や投資案件など何でも決まっていく。良くも悪くもワンマンの組織です。彼と近い人間は、A氏のことを『ボス』とか『会長』とか呼んでいました」
また、「LUSH」というボクシングジムの経営も行っている。余談ではあるが、このジムの社長を務めるのは、A氏より20歳近く年下の女性。かねてよりA氏から芸能活動の支援を受けていた人物としても知られている。
かように幅広い経営を手がけるLUSHだが、筆者が取材を進めていくと、周辺から不穏な噂が聞こえてきた。
返還遅延騒動
複数の関係者によると、LUSHは暗号資産や独自コインに関する投資を持ちかけ、資金集めを行っていたという。何十種類ものコインを発行し、「上場する」「大きく値上がりする」といった説明で出資を募っていたとの証言もある。さらに、「月利8%」など、常識的には極めて高い利回りをうたって暗号資産を集めていたとの話もある。
それでも2023年ごろまでは、一部の出資者に高額の配当が支払われていたようだ。すると出資者の「成功体験」は、口コミで瞬く間に広がったという。高齢者を中心に、投資好きの層、中国人コミュニティー、知人から紹介された一般投資家の耳へ届いた。だが、その後は出資者に返還遅延などが相次ぎ、返金トラブルにまで発展しているという。関係者の一人は「3000人から、のべ300億円以上は集まったのではないか」と証言する。
この金額に不明瞭な部分はある。ただ、数百万円近く投資した人がざらにいること、不動産も含めて全財産を投入した高齢者が何人もいることは関係者から聞いている。こうした証言を踏まえると、決して多すぎる数字ではないのかもしれない。
かくして資金力をつけたLUSHは、ボクシング興行を成功させたい亀田氏にとって渡りに船。圧倒的な金主を後ろ盾に、イベントは一気にスケールアップしていく。
4月に予定されていたキルギス大会では、話題性のある超豪華カードが組まれた。その筆頭が、井上尚弥とも拳を交えたルイス・ネリと、フィリピンの強豪ジョンリル・カシメロのスペシャルマッチである。ほかにも、有名日本人選手や高額なファイトマネーが必要な海外選手を次々と呼び寄せた。
むろん、ボクシング興行はカネがかかる。
会場費、映像制作、ファイトマネー、渡航費、宿泊費、スタッフの人件費……。これだけ諸費用がかかるとなれば、チケット収入だけで黒字化するのは容易ではない。海外の有名選手を招くとなれば、なおさらである。しかも会場は、遠く離れた中央アジアのキルギスだ。
知られざるキルギスとの「接点」
なぜ亀田氏は、それほどカネのかかるイベントに仕立てたのか。その自信の源が、LUSHの資金であることは関係者の間で半ば公然の話だった。
「ルイス・ネリのファイトマネーは40万ドル、日本円で約6400万円と聞いています。現チャンピオンでもない選手にここまで金を払う興行主は普通いません。チケット収入などを考えても、採算に合わないからです。それでも亀田氏はLUSHの巨額資金を後ろ盾に、収支の合わないと思われるマッチメイクを次々と成立させました。
亀田氏のメリットは、立派な興行を成功させればプロモーターとして顔が立つこと。A会長のメリットは、亀田氏の名前やボクシング興行で自分の事業を大きく見せることができることです」(LUSHの内部事情を知る元関係者)
そもそも、なぜ中央アジアのキルギスでボクシング興行を開催するのか。唐突に思えるが、LUSH周辺の事業を追っていくと、キルギスとの深いつながりが見えてくる。
A会長の周辺では、以前からキルギスを舞台にした複数のビジネス構想が持ち上がっていた。たとえば暗号資産取引所やリゾート開発、日本人の大量移住構想、さらには“重力発電”と呼ばれる発電技術を使ったプロジェクトである。
キルギスの政府関係者や現地法人の存在を示しながら、出資者に対して「国家的なプロジェクト」のように説明されていたという証言もある。
2大会連続でキャンセルになったボクサーの嘆き
ある関係者は、こう振り返る。
「A会長は、『キルギスで暗号資産取引所をやる』『リゾートを作る』『日本人を移住させる』『発電事業もやる』と話していました。そういう話は、暗号資産の説明会にも使われていた。キルギスという国の名前が、事業を大きく、国際的に見せるための道具になっていた側面はあると思います」
この流れの中で、ボクシング興行も組み込まれていく。前述した通り、もともと亀田氏の興行はキルギスを舞台に4月17日から19日まで大々的に開催されるはずだった。それが3月末になると、「国際情勢の悪化」を理由に延期を発表。表向きには、「中東情勢など外部環境の影響」という説明だった。だが、筆者はその時点で、延期の要因と思われる別の情報を得ていた。
「ファイトマネーや渡航費の支払いが滞っている」「航空券が手配されていない」「海外選手サイドとの調整が難航している」といった声が、複数の関係者から寄せられていたのである。
延期された興行は、5月23日〜24日に日程を縮小して再設定された。だが、これもまた中止となる。しかも正式な中止発表は、大会開催のわずか6日前だった。
5月のキルギス興行に出場予定だったボクサー・佐野渉夢選手は、4月と5月と連続して試合が中止になった。佐野選手はSNSで「メンタルはズタボロ」と心境を吐露している。「選手ファースト」を掲げてきた亀田氏にとって、これは重い言葉だったはずだ。
しかし、5月の中止発表に至る直前まで、表向きの空気は深刻さを感じさせなかった。亀田氏はSNSで、ラウンドガールの露出に関する動画を投稿するなど、お気楽モード。少なくとも外部からは資金繰りに窮しているようには見えなかった。
「資金不足で撤退」したはずなのに
ところが5月25日、亀田氏は会見を開く。そこで初めて、スポンサーだったLUSHから突然「資金不足」を告げられ、ボクシング事業から撤退を告げられたと説明した。6月6日の愛知興行も開催不能の瀬戸際まで追い込まれたが、サイバーエージェントの藤田晋氏の支援とABEMAでの無料配信によって、何とか開催にこぎつけられたと言う。
これまでの雰囲気とは一変して、追い込まれた男の表情だった。絶体絶命、人生最大のピンチ。しかし、選手のために興行を守らなくてはならない。覚悟を決めた彼の姿に、胸を打たれたファンも少なくなかったはずだ。そして迎えたのが愛知県国際展示場の興行である。リング上で亀田氏は、こう語った。
「いろいろ話そうと思ったけど、今日は選手が主役です。ここまで命をかけて戦ってきた選手たちの熱い試合を応援してください。お願いします。最後に……どんなもんじゃい!」
会場は沸いた。
亀田興毅という男は、逆境を物語に変える術を知っている。批判も、炎上も、ピンチも、リングの上ではエンターテインメントに変えてしまう。そこが亀田氏の強さであり、同時に危うさでもある。
なぜなら、この“復活劇”のリングサイドで不思議な光景を筆者が目にしたからだ。前述した通り、LUSHのスタッフたちが運営側として動いていたのだ。中には、LUSHの幹部とされるO氏やE氏の姿もあった。O氏は、一部関係者の間で「金庫番」とも呼ばれている人物である。
LUSHは資金不足で撤退したのではなかったのか。
亀田氏も無関係ではいられない理由
亀田氏はLUSHと距離を置いたのではなかったのか。資金援助したサイバーエージェントは、この状況を把握しているのか。筆者は亀田氏側に、LUSHとの関係性などについて取材を申し込んだが、期限までに回答を得られなかった。さらに言えば、4月にこの問題を報じた時から一度も答えてもらえていない。LUSH側に対しても取材を申し込んでみたが、同様に回答はない。
もちろん、会場にLUSH関係者がいたというだけで、なにかの違法行為や不適切な関係があったなどと断定することはできない。かつてスポンサーだった名残りで、諸般の業務が残っていたという説明もあり得るだろう。
だが、問題はそこではない。
LUSHをめぐっては、すでに出資金の返還遅延、暗号資産を使った資金集め、極端な高利回りの説明、そしてキルギス関連事業を利用した勧誘疑惑など、数々の問題が浮上している。
少なくとも亀田氏は、LUSHの資金に頼った興行を10回近く行ってきたのだ。亀田氏は、LUSHのビジネスをどこまで把握していたのか。
この点こそが、今回の核心である。「スポンサーの背景など知るわけがない、ただ援助してもらっただけだ」と突き放すのだろうか。
亀田氏の甘さとは
亀田氏は決して「傍観者」であってはいけない。過去に起こった巨額の投資トラブルの中には、芸能人やスポーツ選手が“広告塔”として利用されていたケースもあるからだ。
たとえば疑似通貨「円天」をめぐるL&G事件(架空の電子マネーを悪用して約3万1000人から計約1,260億円を集めた史上最大規模のマルチ商法・投資詐欺事件)では、広告塔として関わった芸能人の責任も問われている。近年でも、投資案件の勧誘に有名人や元スポーツ選手の名前が使われ、後にトラブルとなった例は少なくない。
有名人と社長のツーショット撮影、会社が手がけるイベントにタレントが出演すること、芸能人と共同事業をしているという”雰囲気”。こうした情報は、出資者にとって「安心材料」になり得る。
「この人が関わっているなら大丈夫だろう」
「これだけ大きな興行をやっている会社なら信用できるだろう」
「海外政府ともつながっているなら本物だろう」
投資トラブルの現場では、こうした心理が利用されるのだ。
あるボクシング関係者は、亀田氏の“甘さ”を厳しく指摘する。
「出資者への返還遅延が起きているような組織と付き合うなら、資金の出所を徹底的に調べるべきだと思います。亀田氏は『利用された』と言うのかもしれませんが、LUSHの資金で大きな興行をやってきたのなら、それだけでは済まないでしょう」
「恩義」とはいうものの…
さらに別の関係者は、こう話す。
「A会長は、投資家たちにボクシング興行のチケットを買うよう求めていたと聞いています。『会場に来たら利回りを上げる、来なければ利益を与えない』というような話まであったそうです。実際、ボクシングに興味のない出資者が会場に来ていました。リングサイドにいる亀田氏が、その不自然さにまったく気づかなかったとは考えにくい」
この証言が事実なら、ボクシング興行は単なるスポーツイベントを通り越して、A会長の事業を大きくみせるための舞台だったのではないか。そして亀田氏はそれを横目で見ながらボクシング興行を続けていたのではないか。
さらに、この関係者は続ける。
「大規模な興行を行っているわけですから、亀田氏がLUSHから受け取った資金は、総額で数億円を超えるのではないか…という話もあります。もちろん正確な金額は当事者でなければ分かりません。ただ、私以外の人も同じことをいうので、かけ離れた金額ではないと思います。それほどの規模のカネが動いていたなら、プロモーターとして資金の背景を確認する責任はあるでしょう。選手の名前や試合が、資金集めに利用される可能性があるわけですから」
しかし、亀田氏はLUSHとの関係は“恩義”として語っている。6月14日、亀田氏はXにこう投稿した。
「自分も受けた恩は忘れないことを信条としている。人はLUSHのことを色々言う人はいると思うが、この約一年半は莫大な資金を投入してくれたことは紛れもない事実。この恩を忘れることなく新生3150FIGHTを成長させていきたい」
苦しい時に支えてくれたスポンサーへの感謝。興行を守ろうとする決意。新生3150FIGHTへの再出発ーー。かような美談で、LUSHとの関係について語っている。
一方で、A会長が掲げる暗号通貨などに出資した人々は、返金がされない状態が2年近く続いているという。亀田氏が「恩」と呼ぶ莫大な資金の向こう側で、カネが戻らず苦しんでいる人たちがいるのも事実だ。返金を求める出資者たちの存在を、亀田氏は知っているのか。「どんなもんじゃい!」という雄叫びが威勢良く上がった一方で、「出資金トラブル」という泥試合のゴングも鳴り響く寸前だ。
筆者は、A会長が出資者を集めて行った会議の音声を入手した。まだ表になっていない、LUSHの暗号通貨ビジネスとは何か。次回、その音声の中身を詳しく報じる。
【こちらも読む】亀田興毅”ボクシング興行”中止と”内部分裂”の裏に「謎の投資ビジネス」…「興行に参加したら配当が増える」と言われた”被害者が告発”