その翻訳、もしかして「AI」でやりました……?
ChatGPTやDeepL、GeminiやClaudeなど、急速に進歩したAI翻訳を使えば「破綻のない英語」を書くのは簡単です。しかし、破綻がないことが、「理系英語として正確」かつ「世界に通用する」ではありません。しっかりしたAIによる翻訳を正確な理系英語に“整える力”が必要です。
「正確な理系英語」を出力させるための、日本語原稿作りの重要ポイントとは……?
全理系人に必須の考え方とテクニックを、豊富な実例を交えて懇切丁寧に解説した待望の書が、自身の英語論文執筆に加え、学術論文や産業分野の技術文書の英訳の経験も豊富な物理学者、森 弘之さんの筆による『論文から技術文書まで 「AI翻訳」で書く理系英語入門』(講談社・ブルーバックス)です。
本シリーズでは、この注目の書から、AI翻訳に必須のテクニック、ポイントのいくつかをご紹介していきます。
今回は、一見難解そうな学術論文や技術文書も、じつは英語の構文に関しては明快で、シンプルな英文であることについて、ご説明します。
*本記事は、『論文から技術文書まで 「AI翻訳」で書く理系英語入門』(ブルーバックス)を再構成・再編集したものです。
理系文書の特徴…じつは「簡単な英語」で書かれている
AI翻訳ツールが日本語原稿を英語に自動翻訳してくれるのに、なぜそこに使われている英語について解説をする必要があるのかと思われるかもしれません。
しかし、前回の記事で指摘したように、AI翻訳のプロセスにおいては「英語を読む」ことがきわめて重要な、欠かすことのできない作業になります。
理系の英語文書作成において、時代は書くことから読むことに変わったと言っても過言ではありません。そこで、まずは論文や技術文書に使われる英語についてきちんと把握しておこうというのが、この章の目的です。
理系の論文を初めて目にする人は、まったく理解できない難解な文章であるという印象を持つかもしれません。しかし、論文をある程度読んできた経験のある人にとっては、それが誤解であることをよくご存じのことでしょう。
理解できないのは英語そのものではなく、「書かれている内容」なのです。私も、専門外の論文は内容がまったく頭に入ってきません。それは、読みこなすうえで前提となる知識がないからです。
しかし、論文で使われている英文そのものに目を向けると、意外なほどあっさりした、複雑な修飾のないシンプルな英語であることがわかります。論文英語は簡単な英語で書かれているのです。
学術論文とは異なる難解さがある技術文書…それでも英語としての難易度は高くない
一方、技術文書は多岐にわたります。
マニュアル、特許文書、仕様書、議事録、報告書など種類は数知れず、分野の多様性も考えると、学術論文とは異なる意味での難解さがあります。業界用語も多く、門外漢には理解できない語句も多用されています。業界特有の省略語などは、省略前の語句の知識すらおぼつかない人間にとってはチンプンカンプンです。
ただし、本質的には学術論文の場合と同じく、英文そのものが難解なわけではありません。難しいのはあくまでも業界用語なので、それさえ頭に入れば、読むのは簡単です。
そもそも、技術文書がその業界の人ですら難しく感じる文章で書かれていたのでは、用をなしません。そのため、自分の関わる業界用語を身につけさえすれば、技術文書の英語としての難易度は低いのです。
続いて、具体的にそれぞれの文書で使われる英語の特徴を見ていきましょう。
誰にでも読める「わかりやすい英語」
英語で論文を書くことが国際的な標準となっている現在、アジア、南米、アフリカ、東欧など、多様な文化圏からの研究者が日々、英語論文を読み、引用し、批評しています。
英語論文の最大の使命は、国籍や母語を問わず、世界中の研究者に向けて、自身の研究成果を「正確、かつ誤解なく伝える」ことです。つまり、論文の英語は「誰にでも読める英語」でなければなりません。
技術文書も同様です。自社、他社、顧客など、関係する人たちがきちんと理解できなければ作成する意味がないので、こちらも「誰にでも読める英語」で書かれていることが求められます。
それでは、「誰にでも読める英語」とは、どのようなものでしょうか。
理系文書においては、単に「読みやすくて平易な英語」であるだけでなく、「意味が明確で、読み手に解釈の幅を与えない」という厳密さが求められます。
もちろん、ここでいう平易な英語とは、決して幼稚な言葉を使うという意味ではありません。むしろ、ムダな装飾や文学的表現を排し、研究内容を一義的に伝えるために磨かれた、いわば「機能美」を持つ英語だと言えるでしょう。
学術論文や技術文書は、読者の感情をゆさぶるために書かれているのではありません。感動や興奮を呼び起こすような文体は、逆に不適切です。
科学技術の世界では、「主観的な印象」ではなく、「客観的な事実」が評価されます。そのため、英語圏の小説家が用いるような詩的な比喩や、情景を浮かび上がらせるような言葉のリズムは、論文や技術文書ではむしろ避けられるべきものなのです。
「誰にでも読める英語」という理念
たとえば、ある酵素の運動を描写する場合、小説であれば「その酵素はまるで交響曲を指揮する指揮者のように細胞内を舞い踊った」という比喩が許されるかもしれません。
しかし論文では、そのような感覚的・視覚的な言い回しは不適切であり、次に示すように、観察された現象を定量的かつ客観的に述べる必要があります。
The enzyme moved within the cytoplasm with a velocity of approximately 5μm/s, followinga non-linear trajectory.
(その酵素は細胞質内で約5μm/秒の速度で非線形軌道を描いて移動した)
このような文体は、一見すると素っ気なく感じられるかもしれません。しかし、誰が読んでも同じように理解できるという点において、科学技術的には優れた表現なのです。
洗練された表現や巧みな語呂合わせは、誤解の元となる可能性もあります。日常会話では比喩や婉曲表現が効果的であっても、論文や技術文書の世界では曖昧さは致命的です。一つの表現が複数の意味を持つ場合、読者によって異なる解釈がなされる可能性があり、文書の信頼性に傷をつけることにもなりかねないからです。
したがって、優れた論文とは、内容が新しいだけでなく、誤解されにくいこと、そして内容が他者に再現可能な形で書かれていることが必須条件なのです。
技術文書も同じく、簡潔にわかりやすく書かれており、何通りもの解釈がされないような工夫のあるものが優れた技術文書であると言えます。
このような「誰にでも読める英語」という理念は、文法の選択にも表れています。
驚くほど基本的なものに限られている、学術論文や技術文書の文法
学術論文や技術文書で使われる英語の文法は、じつは驚くほど基本的なものに限られており、多くの場合、中学校で学ぶ程度の文法知識があれば十分に読めるようなものです。
たとえば、現在形・過去形・受動態・関係代名詞・前置詞句・比較表現など、ごく基本的な構文が繰り返し使われています。これは、論文や技術文書で使われる英文が、複雑な構文や高度な修辞を避け、構造的にも単純で、明解な文章を重視するジャンルであることに由来しています。
もちろん、語彙は専門性が高いため、分野外の人にとっては理解が容易ではありませんが、文の構造そのものは読解に大きな障壁とはなりにくいのです。
むしろ、論文英語や技術文書英語では「文法をひねらない」ことが大切とされ、複雑な従属節や倒置構文、あるいは婉曲表現を用いるよりも、主語と述語(動詞)が明確で、文の意味が一読してわかる形に整えることが求められます。
文法の平易さは、単に読み手の便宜を図るためだけでなく、科学技術という営みが普遍性と透明性を重視するがゆえの帰結でもあるのです。
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