凪良ゆうさんの最新作『多類婚姻譚』は、「結婚」という「他人同士がともに生きると決めること」を柱として、現代の日本社会にある不条理を浮かび上がらせる連作短編集だ。ジェンダーや結婚制度の枠内だけにとどまらず、地方出身者が直面する「都会との格差」、そして現代社会における「階級の固定化」という現実もつきつける。
英字新聞「The Japan Times」で政治、経済担当の記者を経て報道部長、編集局長となり、同社で女性初の編集部門トップを務めたジャーナリストの大門小百合さんは、本作から「物語だからこそ浮かび上がらせられるリアル」を感じたという。現在「Day Day,」などのコメンテーターもつとめ、ジェンダーギャップ指数16年連続1位の国アイスランド大統領にもインタビューをするなど、社会問題について長く取材してきた大門さんがそう感じたのはなぜなのか。
そこで大門さんが凪良さんにインタビュー。
第1回では前後編にて、ジェンダー、同性愛、不倫というテーマについて聞いた。インタビュー第2回は、凪良さん自身の体験も色濃く表れていると思われる点を聞いていく。前編では「東京の過酷さ」を聞く。
凪良ゆう(なぎら・ゆう)
京都市在住。2007年に初著書が刊行され本格的にデビュー。BLジャンルでの代表作に連続TVドラマ化や映画化された「美しい彼」シリーズなど多数。17年に『神さまのビオトープ』を刊行し高い支持を得る。19年に『流浪の月』と『わたしの美しい庭』を刊行。20年『流浪の月』で本屋大賞を受賞。同作は22年5月に実写映画が公開された。20年刊行の『滅びの前のシャングリラ』で2年連続本屋大賞ノミネート。22年刊行の『汝、星のごとく』は第168回直木賞候補、第44回吉川英治文学新人賞候補、2022王様のブランチBOOK大賞、キノベス!2023第1位、第10回高校生直木賞などに選ばれ、翌年、自身2度目となる本屋大賞を受賞。同書は26年に実写映画化される。23年には『汝、星のごとく』の続編となる『星を編む』を発表。本書『多類婚姻譚』は著者2年半ぶりの文芸新刊となる。
地方と都会の冷酷な格差
――2話の「Beautiful Dreamer」の主人公の花織ちゃんは、4話の「Position Talk」の朱里ちゃんと真逆のイメージの女性です。結婚願望が強く、彼氏の恵斗には「正社員になって仕事、もっと頑張ってみれば」と言われてしまう。読み進めるうちに彼女が背負う切実な背景が見えてきて、やるせなさを感じました。
凪良ゆう(以下、凪良)「2話の中で、意識的に花織ちゃんを結婚願望の強い婚活女子的な描き方をしているので、読者にとっても良いイメージではないと思います。でも最後にお父さんとの電話の後、思うところを独白として綴っていくんですが、あそこで“婚活女子”というのは花織ちゃんの世の中に対しての仮面であることがわかります。誰だって自分のことを不幸な人だと思われたくない。それだったら、うまくやろうとしている婚活女子だと思われる方が、プライド的には救われるという女の子もいるんです。花織ちゃんは仕事が嫌いな子ではなく、仕事もできますが、地方出身で学歴もなく、勝負できる武器がそもそもない。そういう子が、この東京でどう生きていくかとなるとなかなか難しいです。そして花織ちゃんの彼氏は、東京に実家のある余裕のある家で育った」
――そうですね。この問題はかなり社会に深く根ざしている問題だと思います。親の経済力や地方と東京とか、生まれながらにある格差というのがとてもリアルに描かれていて、考えさせられました。
凪良「もう挽回できないですよね。東京でもある程度のいい大学に行ってないと、いい企業に就職できない時代に、地方から出てきた女の子が勝負なんてできない。さらに、そういう子たちにとって、実家が細いというのも問題だと思っています。親からの援助なく一人、東京で生きていくのは本当にしんどい。そういう女の子たちのしんどさを書きたかったですね」
「地方とは何もかも違う。この街は過酷だ」と思った
――花織ちゃんは、東京生まれでいい大学を卒業した恵斗や彼の友人たちの中にも入りこめない感じがありました。
凪良「恵斗の友達の大地や、その恋人の加奈さんのような階級の人たちは、結局、結婚相手も同じ階級の中から選びがちだと思います。同じ言葉を持ち、同じような価値観があるからなんでしょう。
バブル期に“玉の輿”という言葉があって、あの時代なら階級を飛び越える下克上のような結婚もあり得たかもしれませんが、いまやそれも死語になっています。男性が自分と同じクラス、階級の女性を選ぶようになったから、下克上がしづらくなってきています。東京で家を買うにしても、パワーカップルでペアローンを組むのが最も現実的で強い選択肢になってしまう。そこで、一緒に東京をサバイブして生きていくのであれば、『Position Talk』にでてきたような自分と同じクラスの学歴と武器のある女性がよいということになります。そこには愛とはまた別の価値観が入ってくる。だけど、花織ちゃんはその価値観の中には入れないんです」
――凪良さんご自身は滋賀のご出身で、現在は京都に自宅を構えられています。最近東京にもよくいらっしゃるそうですが、ご自身が東京という街に対して受けた印象はいかがでしたか。
凪良「私は地方住まいの人間で、東京に頻繁に来るようになったのはこの数年のことです。その時の第一印象は、『地方とは何もかも違う。この街は過酷だ』ということ。女の子の生き方も、少し違う。これはもう別の国だなと思いました。
私自身は、ある程度作家としての経済的な基礎を固めて、年齢も重ね、心に余裕を持った状態で東京に来ているので不自由は感じていません。でも、花織ちゃんと同じ25、26歳の時の私は何も持っていなかったんです。実家の助けも経済力もないまま東京に来ていたら、もう野垂れ死んでいたかもしれません。あるいは、生きるために悪の道に手を染めていたかもしれないと思うほど、お金がないと何もできない街ですよね」
◇後編「凪良ゆうが語る自身のこれまで「もう一度結婚をするとしたら…」」では、さらに凪良さんの実体験と作品の関係をお伝えする。