親から相続した建物などの固定資産。なるべく減らさないままで次世代に引き継ぐためには、どのようにすればよいのでしょうか。「夢相続」代表で相続実務士の曽根恵子さんが相談者の50代男性Aさんのケースから、相続に関する問題を紐解きます。
Aさんは都内の一等地に親から相続したビルを所有しています。税理士からアドバイスを受け、賃貸経営を法人化しましたが、このとき土地を個人、建物を法人の所有にしており、相続の視点からは致命的な問題がありました。
記事前編は【都内一等地にビルを所有する50代資産家男性…相続を見据えて発覚した「持ちビルの致命的な弱点」】から。
3つの選択肢とシミュレーション
夢相続では、Aさんに対して3つの選択肢を提示しました。
1つ目は現状維持です。このまま法人に貸し続ける方法ですが、節税効果はなく、相続税は1億円超のまま。さらに地代の問題も残ります。
2つ目は法人との関係の見直しです。地代を適正額に引き上げ、借地権を設定することで評価減を図る方法ですが、契約変更や税務処理が複雑で、法人側の同意も必要となります。
3つ目は売却による資産の組み替えです。AI査定では土地・建物で約5億円の価値があり、税金や費用を差し引いても約3億4,000万円が手元に残る見込みです。この資金を収益性のある不動産に再投資することで、評価を下げながら安定収入を得ることが可能になります。
「法人化=節税」という大きな誤解
Aさんのケースが示しているのは、「法人化すれば節税になる」という考えの落とし穴です。確かに、不動産収入を法人に移すことで所得税率を抑えたり、家族に給与を分散して課税を平準化したりといった効果はあり、短期的には“節税できている”と実感しやすいのも事実です。そのため、多くのオーナーが「法人化=有利」と考え、深く検証せずに導入してしまいます。
しかし、相続税という視点で見ると話は大きく変わります。特に今回のように、土地と建物の名義を分けてしまうと、本来使えるはずの「貸家建付地の評価減」や「小規模宅地等の特例」が使えなくなる可能性があります。さらに「無償返還の特約」など契約内容によっては、借地権も認められず、土地がほぼ更地と同じ評価となり、結果として相続税が大きく膨らんでしまうのです。
また、法人と個人の関係性によっては、地代設定や資金移動が税務上問題視されるリスクも生じます。今回のAさんのように、地代が相場より低い場合には「利益供与」と判断される可能性もあり、単なる節税どころか新たな課税リスクを抱えることにもなりかねません。
法人化は手段であり目的ではない
法人化は“万能の節税策”ではなく、「どの税金に対して有効なのか」「どの場面では逆効果になるのか」を見極めて設計しなければならない手法なのです。所得税対策としては成功していても、相続税対策としては失敗しているというケースは決して珍しくありません。
重要なのは、「今の税金が下がるかどうか」ではなく、「将来の相続まで含めて最適かどうか」という視点です。法人化はあくまで手段であり、目的ではありません。全体設計を伴わないまま導入すると、今回のように“節税のつもりが増税になってしまう”という逆転現象が起こるのです。
つまり、「今の節税」と「将来の相続対策」は必ずしも一致しないどころか、場合によっては真逆の結果を生むことさえあります。だからこそ、法人化を検討する際には、単年の税負担だけでなく、相続・承継・資産全体のバランスまで含めた長期的な視点で判断することが不可欠なのです。
Aさんの決断とこれから
最終的にAさんは、「このまま残す」のではなく、「整理して次に活かす」方向で検討を進めることを決断しました。
「子どもに苦労をかけたくない。できるうちに整えておきたい」――その言葉には、これまでの資産形成を“引き継げる形”に変えたいという強い思いが込められていました。
今後は、まず現在の土地・建物の売却可能性を精査し、税負担や手取り額を明確にしたうえで、最適なタイミングでの売却を検討していきます。同時に、法人との契約関係や地代の見直しなど、足元の税務リスクも整理しながら、「いつ売っても問題のない状態」を整えることから着手します。
売却後については、単なる現金化ではなく、「収益を生みながら評価を下げる資産」への組み替えを軸に再設計を行います。具体的には、立地・収益性・出口戦略が明確な賃貸不動産への分散投資や、将来の二次相続まで見据えた資産配分を検討。相続税を抑えつつ、安定収入を確保する“0円相続”に近づける設計を進めていきます。
さらに、2人のお子さんに対しては、いきなり不動産経営を任せるのではなく、段階的に関与できる仕組みづくりも重要なテーマとなります。法人の活用方法の見直しや、役割分担の整理を行い、「引き継げる体制」を整えることで、資産だけでなく運用の考え方も次世代に承継していきます。
Aさんの選択は、「今ある資産を守る」から一歩進み、「次の世代に最適な形で残す」という発想への転換でした。これからの相続対策は、単なる節税ではなく、“出口まで設計された資産戦略”であることが求められています。
相続は“構造”で決まる
この事例が教えてくれるのは、相続は単なる財産の多寡ではなく、「資産の構造」で結果が大きく変わるということです。土地と建物の持ち方、法人との関係、契約内容――これらの組み合わせ次第で、相続税は数千万円単位で変わります。
そして何より重要なのは、「今の対策が将来に通用するか」を検証することです。法人化や名義変更は、短期的にはメリットがあっても、長期的には逆効果になることもあります。Aさんのケースは、多くの不動産オーナーにとって他人事ではありません。だからこそ、今一度、自身の資産構造を見直すことが、最も確実な相続対策の第一歩なのです。
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