「実は……私、細木数子さんと島倉千代子さんに会ったというか、お仕事したことがあるんですよね。あ、細木さんは正確にはしなかったんですけど……」と語るのはライターの若尾淳子さんだ。
細木数子さんといえば、4月27日に世界独占配信がスタートして以来、約3週間首位を独走の記録を出したNetflixの『地獄に堕ちるわよ』で戸田恵梨香さんが演じた話題の占い師だ。さらに、島倉千代子さんは三浦透子さんが演じ、物語の中で核なる存在として登場する。
今、メディアでは細木氏の黒い噂は本当だったのか、といった視点でドラマの参考文献にもなった溝口敦氏の著書『細木数子 魔女の履歴書』をはじめ、当時の関係者のコメントなどが数多く報道されている。
「私がお2人とかかわったのはほんの一瞬でした。でも、大学2年の息子がめちゃくちゃおもしろいとNetflixの『地獄に堕ちるわよ』を薦めてきて、観ているうちに、2人と会ったときのことが鮮明に蘇ってきたんです。私が取材で出会った細木さんも島倉さんも、ドラマで描かれている要素もあるけれど、そうではない側面もありました。短い時間でしたが、ふと素顔が見える瞬間があって、当時を思い出しながらドラマを観ると,『なるほど、あのときの理由がわかった』と合点がいくことも多くありました」
「ドラマのようなドス黒い話はないですよ」と言いながらも若尾さんの話は、細木さん、島倉さんの人柄がうかがえる。まずは、細木さんとの仕事で、ライター初の体験をしたというエピソードからお伝えしよう。
企画書にない要求が……!
細木数子氏には取材しかけたことがある。「しかけた」というのは、けっこう長い私のライター人生でも唯一の出来事で、途中で「取材中断」という緊急事態に見舞われたからだ。あれは細木氏がテレビで大ブレイクした2000年代より2~3年前のことと記憶している。
当時の私は30代の中堅ライター。出版社をまたいであっちこっちの雑誌で読み物を中心に書いていた。週刊誌の仕事もあったがそのころ勢いがあった「女性誌」をいくつも抱えていた。そしてよく書いていたのが、占い特集記事だった。
当時、大人気だった女子大生向けのファッション誌の企画で、正式なタイトルは取材時にはまだ付いていなかったが、『細木数子氏の「六星占術」による「この夏の恋愛チャンス」』みたいな内容だった。担当編集者との打ち合わせで渡された細木氏の著書数冊を一気に読み込み、担当だった20代の男性編集者T氏とともに神楽坂にある細木氏の事務所に向かった。
周囲の編集者やライターなどから「なかなかうるさい人だよ」という噂も聞いたので、事前準備はもちろん、いつも以上に丁重に挨拶することも忘れなかった。同席した担当編集は、事前にFAXで送り(当時はメールがなく企画書のやり取りはFAXだった)、承諾を得ていた企画内容を改めて説明した。そして、いざ取材という段で、「特集の最初のページの半分のスペースに、私の写真を載せなさい」と、いきなり細木氏が要求してきたあたりから風向きが怪しくなってきた。
「先生の話を聞きなさい!」で取材崩壊
当時の若い女性が読むファッション雑誌の占いページと言えば、占いの大まかな説明と具体的な占い方、それぞれのタイプの事細かな占い内容を細かい文字でギッシリ詰め込むのが定番だった。監修の占い師の顔写真はタイトルそばに証明写真のサイズ程度に掲載するのが通例だったのだから、ページ半分の細木氏のポートレート要求はかなりのイレギュラーだ。編集T氏は「そ、その件に関しては一度編集部に持ち帰らせていただいて……」と答えたが、細木氏は「どの雑誌でも、写真は2分の1ページ以上でやってるから!」と強い言葉で言い切り譲らない。
写真の扱いについてはライターの裁量や判断でどうにかなるものでもなく、私は「どうしたものか……」と思いながらも、取材時間は限られていることもあって、とにかく取材を進めようと、「まずはお話をうかがってもよろしいですか? 細木さんが編み出された六星占術とはどのようなものでしょう?」と切り出した。不機嫌さ全開の細木氏は私の質問を丸ごと無視して、いかに自身の占い本が今注目され売れているか、他の雑誌でも大好評でとても優遇されているかについて、強い口調で話し始めた。
周囲から聞きかじっていた噂どおり、かなり変わったな人だな、と思った。しかし、毎月のように占い記事を書いていた私は慣れっこになっていた。というのも、「占い師」という方々の6~7割は、ちょっと変わっている人だったから。細木氏のような口調で高圧的に話す人はそんなに多くなかったが、過去に自分が的中させた事件について延々話し続ける人、取材者である私と一切目線を合わせず水晶玉に向かって小声でつぶやき続ける人、頼んでもないのに私自身について占い始め「この半年で、運命的な出会いがあったでしょ?(いや、ない)」と断言する人など、一筋縄ではいかないのが占い師への取材の「お約束」でもあった。でも、怖いとかイヤだなと感じることは少なく、占い取材自体は嫌いではなかった。ただし、細木氏のときにはちょっと様子が違った……。
細木氏の話にうなずきつつ、なんとか企画の狙いとおりの「この夏の運勢」を聞き出そうとしていると、突然「先生の話を聞きなさい!」と怒鳴りつけられた。いつのまにか細木氏の自称が「私」から「先生」になっていたのがとても印象的だった。今、思えば私が「先生」と呼ばずに「細木さん」と呼び掛けたのも彼女の気に障ったのかもしれない。「なかなか手ごわいなあ」と思いつつ、とりあえずしおらしく「すみません」と謝って、それでもしつこく取材を続けようとしていたら、隣にいた編集者T氏がいきなりキレた。
「じゃあもういいです。これで失礼します。帰ろう、若尾さん!」
一瞬、唖然としたものの、すぐにも席を立とうとする担当氏の勢いに押されて慌ててテレコやノートをカバンにぐちゃぐちゃに詰め込み、細木氏にぺこりとお辞儀して事務所を出た。
帰りのタクシーの中で『細木さんて今、けっこう売れている占い師だよね。取材を途中で断ったなんて、会社で問題になるかも……。編集のTさんはものすごく叱られるのでは?』とハラハラしつつ、高圧的で理不尽な取材相手にこびへつらうことなく、毅然と席を立った若手編集者に「かっこいいぞ!」と心の中でエールを送ったのを憶えている。
たしかにアクの強い人だったし、「先生の話を聞きなさい!」と言われた時は恐ろしかったが、まぁそんな人なのだろう、そういう占い師なんだな、という印象で止まっていた。その後にメディアを騒がせた黒い噂や今回『地獄に堕ちるわよ』を観て、取材中の細木氏の対応について合点がいく点は多かった。
微妙に違った、元担当編集者T氏の記憶
この細木さんの取材中断事件について書くにあたり、あいまいな記憶を確かめねばと、ツテを辿って久しぶりに元担当編集T氏に連絡を取ってみた。彼とはその後も数年間、一緒に記事を作っていたが、その後T氏は別の編集部に異動になった。そして、私も若い女性の雑誌から少し大人の女性誌への仕事先が移行し、仕事で会うことはなくなっていた。約20年ぶりの再会だった。T氏も『地獄に堕ちるわよ』を観て、あのときのことを思い出したという。
「いきなり写真を大きく載せろって言われましたよね。モデルやタレントじゃあるまいし、2分の1ページってありえんだろって思いました。いざ取材が始まってからも、最初から文句言っていました。下準備した(著作を読みこんだ)うえで、まずは細木さんの占いの概要を聞くっていうのは取材の基本なのに、『あんた、そんなことも知らないの? 何もわかってないね』って言いだしたのにカチンと来たんですよね。
で、長々と自分語りが始まって。僕も細木さんの自称が『私』から『先生』になったのは覚えています。どんどん言葉も乱暴になってぐいぐいマウントを取って来る。『この人、おかしいぞ』って感じて、矢面に立って責められている若尾さんに申し訳ない気持ちが沸いてしまって、もういいやって。あまりにも理不尽なふるまいへの正義感? 今考えると編集者として青かったですね(笑)。
とっさに『不勉強ですみません。勉強して出直します!』って席を立った記憶があります。編集部に戻って編集長に報告したらなんて言われるだろう……、『もう一度行って(謝って取材し直して)来い!』って叱られるかなー、やだなーと思ってたんですけど、編集長はあっさり『いいよ、別に(細木氏で)やんなくても』ってお腹をボリボリ掻きながら笑ってくれて、ホッとしました。
あのころの神楽坂にあった細木さんの事務所は別段ゴージャスではなく普通でしたよね。テレビで大ブレイクする前だったからかな? 細木さんの第一印象は『声がでっかいな』ってくらい。でも考えてみると、あの当たりの強さって、偶然、ドラマの中でも描かれていたレイザーラモンHGへの恫喝とそっくりで、僕らにしたあの態度があの人の素なんだなと思いました。相手を脅して自分の言うことを聞かせるっていう手法だったんでしょうね。ちなみに、僕も取材の途中退席はあれが最初で最後ですよ」(元担当編集T氏)
取材中断の理由は
流れは同じだけれど、T氏がキレたのは細木氏による私への理不尽な言動が怒りの発端だとは初めて知った。T氏によると私はひどく責め立てられていたらしい。一緒に細木氏に会いに行き、大声で怒鳴られたという事実は同じでも、憶えているディテールや印象は微妙に違っていた。ほぼ同じ立場だったT氏と私なのに、だ。『地獄に堕ちるわよ』の中でも細木氏の自分語りと実弟たちの証言が食い違う場面が描かれていたが、当然と言えば当然だろう。人の記憶は都合よく食い違うものなのかもしれない。
T氏に話を聞いて「事実」はひとつではないと実感した。ある物事について、関わった人それぞれから見た事実を積み重ねていくことでその物事が立体的に見えてくる。ドラマ『地獄に堕ちるわよ』は、細木数子さんの半生を、「事実に基づいた虚構」としているものの、さまざまな人たちが感じた細木氏の姿を伊藤沙莉さんが演じた作家が浮き彫りにしていくところが物語をおもしろくしていた。私が細木さんに出会い、起きたハプニングはとても小さなものだが、小さいからこそ見える素の姿もある。
◇後編「『地獄に堕ちるわよ』を見て蘇る、島倉千代子と30年前に「人生ゲーム」をしたときの記憶。彼女の名言」では『地獄に堕ちるわよ』で印象的だった登場人物のひとり、島倉千代子さんと、駆け出しだったライターだった私が”人生ゲーム“をした話をお届けする。