Netflix『地獄に堕ちるわよ』。4月27日に世界独占配信がスタートして以来、約3週間首位を独走し、現在も日本ランキング3位をキープしている。しかも、日本だけに留まらず、韓国、シンガポール、タイ、ルーマニアなどでもトップ10に入った。
『地獄に堕ちるわよ』が公開されてから、メディアでは過去の細木数子氏の過去や、登場人物のひとりであった島倉千代子氏との関係などについて報じる記事があちらこちらで散見される。ドラマの参考文献になった溝口敦氏の著書『細木数子 魔女の履歴書』も話題だ。
しかし、「島倉千代子さんは取材で会うとドラマで描かれた姿とはちょっと違う印象でした。とてもクレバーでおもしろい人だと感じました」と話すのは、ライターの若尾淳子さんだ。
若尾さんは、30代のころ某女性誌のライターをしていたときに細木数子氏を取材し、取材中断というハプニングを経験した。前編でそのときの様子をお伝えしたが、また、新人ライターだった時代には島倉千代子氏と人生ゲームをしながら取材をする、という希有な経験をしている。後編ではそのとき感じた島倉千代子像についてお伝えする。
今から40年ほど前のこと……
前編でお伝えした細木数子さんとの出来事が今から20年ちょっと前。島倉千代子さんの取材はそこからさらに十数年昔の話になる。
「今度『スターと遊ぼう』っていう企画やるんだけどさ、なんかおもしろいテーマない?」
女性週刊誌の編集者Oさんにこう聞かれたのは、ライターをはじめて2年ほどたったころだった。大学在学中からライターを始めていたので、23~24歳くらいだったと思う。入稿明けの朝の4時過ぎに、Oさんのおごりで夜食というか早めの朝食をごちそうになっている最中のこと。仕事の依頼というよりも、ちょっとした雑談の雰囲気だったので、新米の私もリラックスして、というより責任感のかけらもなく、思いつきを口にした。
「ん~、そうですねえ……。島倉千代子と人生ゲーム、なんてどうですかぁ」
当時大ヒットしていた島倉千代子氏の『人生いろいろ』に引っかけた冗談。とても実現するとは思えなかった。島倉氏は、幾多の不幸なできごとをくぐり抜け、曲のヒットで第2の黄金期(第1の黄金期については、私自身、よく知らない)を迎えていたことは20代の私でも知っていた。テレビ、雑誌を問わず引っ張りだこの彼女が、こんなおふざけ企画に登場するとはとても思えなかったのだ。
思いつきで放った一言で企画成立
ただの軽い冗談で終わるはずだった。がははは、と笑ってくれるはずだったOさんが急に顔を輝かせて、「それ、いこう!」なんて言い出すまでは……。思わず口に入れたご飯を喉に詰まらせそうになっている私を尻目に、Oさんは俄然乗り気になり、企画が転がり始めた。軽はずみに言った思いつきがどんどんふくらんでいくのはとても恐いものだということを、身をもって実感した瞬間だった。
「島倉さんのスケジュール押さえたから。いっしょに人生ゲームで遊ぶ読者モデルは2人くらいでいいよね!? 悪いんだけど、当日までに人生ゲーム買ってきて。じゃ、よろしく」
電話がかかってきたのは、翌日の夕方。電話を切った私は、あまりのスピーディーさに、頭を抱えてしまった。
なにしろそのころの私は、本当に駆け出しだった。若さと脚力だけを頼りに、流行物やお店の取材をこなしていた私に、いきなりの大御所演歌歌手「島倉千代子」。インタビューの経験など、もちろんないのだ。重い、重すぎる……。
さて、当日人生ゲームが入った紙袋を抱えて赤坂のホテルに着くと、読者モデルの若い女性2名と担当編集者のOさん、カメラマン、そしてなぜかKさんがいた。今回の冗談企画を島倉さん側に話をつけてくれたのは、某女性週刊誌編集部の芸能班のKさんだったのだ。
「今回は、Kさんが島倉さんを口説いてくれたんだよ」 先輩のKさんを持ち上げるOさんに合わせて「ありがとうございます!」
お礼を言うと、Kさんは得意満面の笑みでこう言い放った。
「いやぁ、お千代とは昔からのつきあいだからね。オレが電話したらふたつ返事で受けてくれたよ、あっはっは~。なにしろ、お千代を紅白に復活させたのは、このオレだから」
……はあ、としか当時は思わなかったが、今思えば、昭和の芸能記者そのものだ。
赤い蹴出しの妖艶な芸伎姿で登場
取材場所のスイートルームに入り、人生ゲームをテーブルに広げながら、このホテルのディナーショーに出演中の島倉さんを待つ。私は初めてのタレントインタビューに緊張しつつも、ノートにギッシリ書き出した質問項目を読み返し、心の中で取材の段取りを確認しながら、
「島倉さんとゲームするなんて、信じられな~い」
「お母さんにいったらびっくりしてたんですぅ~」
はしゃぎながら化粧直しに余念のない読者モデルたちと、上の空で雑談していると、そこに島倉さんが入ってきた。
ディナーショー用のきらびやかな芸妓姿。赤い蹴出しが妙に艶めかしい。そしてなにより、後光が差しているような華やかさ。「オーラが出ている」という言葉の意味を、初めて目の当たりにした瞬間だった。なるほど、これが「スター」というものか……。
さっきまで島倉さんを「お千代」呼ばわりして、ソファーにふんぞり返っていたKさんは、誰よりも素早く立ち上がると「島倉さん、お忙しいなか、お時間をさいていただきまして、ありがとうございますっ! さささ、こちらへ……」と、腰をかがめて案内。緊張したムードは、私はもちろん、さっきまではしゃいでいた読者モデルたちにも、あっという間に伝染した。
無邪気に笑い、自らの凄絶体験を語る
打ち合わせでは、「人生ゲームをするのは撮影のためで、カタチだけ」という手はずになっていた。島倉さんと読者モデルたちがゲームする写真を押さえたら、あとは手早くインタビューへという流れだった。タイトル上は『スターと遊ぶ』になっているとはいえ、分刻みでスケジュールをこなしている島倉さんに、本当に人生ゲームをする時間をねだるのは、とても無理な注文だった。今では「やらせ」と言われてしまうかもしれないが、昭和の時代にはこんな仕立ては少なくなかった。
ところが島倉さんは、ゲームが置いてあるテーブルの前に座るなり、「これ、一度やってみたかったのよ。お金はいくらずつ配るの? あら駒が車のカタチなのね。あなた(読者モデルの女性)は、どの色の車がお好き? 私は、そうね~、ブルーにしようかしら……」
すっかりゲーム態勢に入ってしまったのだった。そうなったら誰も島倉さんを止められない。本格的にお金を配り、ルーレットを回してゲームがスタートした。
ルーレットを勢いよく回しすぎて、なかなか止まらないといっては笑い、読者モデルが先のコマに進めば悔しがり、と、まさに天真爛漫、無邪気な島倉さん。その当時、きっと私の母親くらいの年齢だったに違いない。しかも、山ほど苦労したと聞いていたし、娘ぐらいの年齢の女性に心を開いてくれるのかとても心配だった。しかし、大人の女性に失礼だが何とも言えないかわいらしさに、さっきまでの緊張は一気に吹っ飛んだ。読者モデルたちも「島倉さんてば、かわい~」と、友だちのように盛り上がっていた。
しばらくすると、誰かが”結婚マス”に止まった。
「結婚は慎重にしなくちゃダメ。結婚前に男が優しいのは、あったり前なのよ。それ以外のところをよ~く観察してから、じっくり決めなくちゃ、ね」
今度は、もう1人の読者モデルが”トラブルマス”に止まり、手持ちのお金がなくなって借用手形を振り出した。
「いい? 本物の人生では、手形の裏書き、わけのわからない書類にハンコを押す、なんてこと、絶対やっちゃダメよ。私はそれでどれだけ苦労したかわからないもの。これもよ~く覚えておいてね」
と、こちらの狙いどおりのコメントを繰り出す島倉さん。
死んだら負け、ゲームオーバー
やったことがある人ならわかると思うが『人生ゲーム』には次々ととんでもないハプニングが起こる。そんな幾多のハプニングにも、含蓄のあるつぶやきがあった。
「人生は、このゲーム以上にいろいろ。本当に苦しいこともあるけれど、死んだら負け。ゲームオーバーなのよね」
ドラマ中で、彼女が自殺未遂をするシーンがあった。細木氏は何度も騙され、多額の借金を抱えた島倉さんを助けるふりをして近づき、搾取を続けたことが描かれた。島倉さんはゲームをしながら笑顔でおもしろおかしくつぶやいていたが、『人生いろいろ』歌詞そのままの日々を過ごしてきた島倉さんだからこその納得感と凄みがあった。
結局、ノートにギッシリ書いてきた質問項目なんか見る必要もないほど、順調に取材が進んだ。1時間以上かけて、きっちり人生ゲームを終わらせた島倉さん。私たちがとめるのも聞かず、読者モデルの2人と一緒にゲームをせっせと片づけながらこう語った。
「若いころからずっとずっと忙しかったから、今までこういうゲームで遊んだことって、一度もなかったの。今日は本当に楽しかったわ。ありがとう」
このひと言が、私には一番印象的だった。
最後には私たちが「よかったらどうぞ」と手渡した人生ゲームを大喜びで受け取り、大切そうに抱えて何度もお礼をいってくれた島倉さん。お涙ものの苦労話は記事として引きがあるかもしれないが、そればかりだったらありきたりの記事になってイヤだな……と心配していたが、島倉さんの明るさや無邪気さが、逆にこれまでの苦労や懸命に生きてきた人生を物語っているような気がした。
島倉さんは2013年11月8日に75歳で他界された。今でも、島倉さんの歌う姿をテレビで見かけるたびに「いい人だったなぁ」と人生ゲームをいっしょにした一件を思い出す。『人生いろいろ』や取材のために聴いた、『東京だョおっ母さん』や『からたち日記』ぐらいしか曲は知らないけれどが、40年近く続けてきたライター人生の中でも心に残る人で、私は、島倉千代子さんという人間のファンだ。
平成の若者には昭和はファンタジー!?
今回、細木数子さんや島倉千代子さんとの出来事を書き留めておこうと思ったのは、大学2年の息子が『地獄に堕ちるわよ』にハマり、自分も視聴したことがきっかけだった。息子は令和ではあり得ないコンプラとドス黒い世界観がおもしろいという。そんな息子につらつらと細木さんや島倉さんのエピソードを語って聞かせると、息子は「すげー」を連発しながら続きを聞きたがった。
そういえば、前編で触れた細木さんの取材に同行した担当編集者T氏も言っていた。
「今年入社2年目の後輩がこの前『僕が生まれてからずっと日本の経済は右肩下がりでどんどん世の中が悪くなっていくのを見てきました。戦後、日本が日に日に発展していい時代だった昭和って異世界みたいっすよね』って言ってたんですよ。Z世代が『地獄に堕ちるわよ』をおもしろいと感じるのって、だましや暴力が満ち溢れている一方で、暮らしが猛スピードで豊かになっていく昭和の時代背景が、日本が舞台のファンタジーみたいに見えるのかもしれませんね」
私自身は、細木数子さんも島倉千代子さんも取材でほんの一瞬の姿を見ただけに過ぎない。でも、いろんな意味でぶっ飛んだ「昭和の女」だった。そして一瞬でも関われたことは今となっては私のライター人生の中でも忘れられない記憶となっている。