種子の生長・成熟にともなうタンニンの変化一滴の雫に満たされている、数千年にわたる叡智……。
もはや国民的な飲み物の一つとなったワイン。近年、日本産ワインも急成長していることはご存知の方も多いと思いますが、さらに注目を集め始めているビオワイン、オレンジワインはご存知でしょうか。
ワインは、単なる嗜好品にとどまらず、人類が長い時間をかけて磨き上げてきた文化の産物として多くの人々を魅了し続けています。しかし、グラス一杯の背後には、ブドウ樹の生理、発酵微生物の働き、 果汁やワインに含まれる化合物の化学反応、といった、さまざまな科学的要素が複雑に絡み合っています。
ワインの原料となるブドウの最新の栽培技術、醸造技術から、おいしさ、香り、健康効果はもちろん、温暖化によるブドウ栽培の変化など、ワインの魅力を科学の言葉で説明した『最新 ワイン科学』(講談社・ブルーバックス)。本記事シリーズでは、この書から、興味深いトピックを選りすぐってご紹介していきます。
前回の記事でお送りした白ワインの風味を左右する酒石酸やリンゴ酸に続いて、赤ワインの風味に欠かせないポリフェノールについての解説をお届けします。
*本記事は、『最新 ワインの科学 芳醇な香りと味わいはどのように生まれるのか』(ブルーバックス)を再構成・再編集したものです。
ポリフェノールがもたらす驚きのパワー
赤ワインの奥深い味わいと複雑な風味、そして骨格を生み出しているのがポリフェノールです。
ポリフェノールは植物に含まれる天然化合物の一群で、アントシアニンやカテキン、ケルセチンなどのフラボノイド、カフタル酸やクマル酸などのフェノール酸(カルボン酸官能基をもつフェノール類)、レスベラトロールなどのスチルベン、そしてタンニンがブドウに含まれる代表的なポリフェノールです。
ポリフェノールは、ブドウ果実のどこに蓄積しているのでしょうか?
白ワインでポリフェノールの重要性が低いわけ
果実を外側から「果皮」「果肉」「種子」の3つに分類すると、ポリフェノールは果皮と種子に含まれています。果皮はアントシアニンを含みますので、赤ワインの個性を決定づける最も重要な部位と言っても過言ではありません。
果皮にはタンニンも含まれていますが、最もタンニンを含んでいるのは種子です。果皮の5倍ほど種子にはタンニンが含まれています。果肉には、ポリフェノールはわずかしか含まれていませんので、赤ワインの味わい・風味への寄与はほとんどありません。
果汁や果皮、種子を一緒に発酵させる赤ワイン造りでは、果皮と種子からポリフェノールが抽出されます。酵母が糖をエタノールに変換していく過程において、アルコール濃度とともにポリフェノール抽出量も増えていきます(図「アルコール発酵過程におけるポリフェノールの抽出量変化」)。白ワイン造りでは果汁のみを発酵させるため、ポリフェノールの含有量は少なくなり、白ワインにおけるポリフェノールの重要性は相対的に低くなります。
ブドウ果実の中で起こる劇的な変化
ブドウの成熟過程において、開花から約60日前後に訪れるベレーゾン(成熟開始期)を境に劇的な変化が起こります(図「種子の生長・成熟にともなうタンニンの変化」 )。
開花からベレーゾンまでは果実が大きくなるとともに種子も生長します。タンニンはこの期間に合成され、種子や果皮に蓄積が始まります。ベレーゾン後、種子の成熟が進むとともにタンニンの構造変化(酸化・重合)が起こります。
種子を噛んだときの渋みで収穫時期を判断するブドウ栽培家がいます。これは種子のタンニンが構造変化により渋みが緩和されたときが収穫適期であるという経験から生まれた匠の技のひとつです。タンニンの構造変化と同時期、果皮ではアントシアニンの合成・蓄積が進みます。
ポリフェノールは、赤ワインの魂ともいえる多種多様な複雑な成分であり、ブドウの生長から醸造過程に至るまで、赤ワインの個性を紡ぎ出す重要な役割を担っています。
一方、ポリフェノールは、抗酸化作用など人間の健康への潜在的な利点も有していることから、ポリフェノールの健康効果をブランディングの一部として活用し、ワイン産業の競争力を高める戦略も展開されています。ポリフェノールが人の健康に及ぼす効果について、詳しくみていきましょう。
ワインに含まれるポリフェノールに注目!
心臓病のひとつである虚血性心疾患は、動脈硬化がひとつの大きな原因です。動脈硬化は、血管壁の内皮細胞が傷つくことで始まります。
内皮細胞が傷つくと、血液中のLDLコレステロール(Low Density Lipoprotein Cholesterol:いわゆる悪玉コレステロール)が血管内に入り込みます。LDLコレステロールは血管内で活性酸素によって酸化され、マクロファージという免疫細胞により取り込まれます。結果として、マクロファージが巨大な塊に成長し、血管内腔を狭くしたり、塞いだりします。この状態が動脈硬化と呼ばれます。
動脈硬化が心臓に血液を送る冠動脈で発生すると、心筋梗塞などの重篤な虚血性心疾患を引き起こします。
活性酸素を除去し、LDLコレステロールの酸化を防ぐ役割をもつ物質がポリフェノールです。ポリフェノールには強い抗酸化活性があり、動脈硬化の原因となる酸化型LDLの発生を抑制する働きがあります。
ワインにはポリフェノールが豊富に含まれています。特に赤ワインはポリフェノールの含有量が多く、1リットルあたり約2000〜4000ミリグラムも含まれています。白ワインは1リットルあたり約300ミリグラムと赤ワインの10分の1程度です。
では、実際に赤ワインはヒトにどのような効果を与えるのでしょうか?
ポリフェノールによる血流改善を示す実験
イギリスのマックスウェルらが1994年にランセット誌に報告した研究では、健康な学生10名に約350ミリリットルのボルドー産赤ワインを昼食と一緒に飲んでもらい、その後4時間にわたって血清の抗酸化活性を測定しました。
その結果、赤ワインを飲んだ後すぐに血清の抗酸化活性が上がり、90分後に活性のピークに達しました。被験者を平均すると、赤ワインの摂取により血清の抗酸化活性は 約15%増加することがわかりました。
ポリフェノールによる血流の改善は、脳梗塞の発症を抑える効果も期待できると報告されています。
一方で、国立がん研究センターの報告によれば、アルコール摂取量が「日本酒(アルコール度数15%)換算で1日平均3合以上」の人は、「時々飲む」人と比べて脳塞を含む脳卒中のリスクが1.6倍高いとされています。まさに「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」ということです。
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