2020年、『教師の性暴力に苦しんだ女性の告白「先生は一切避妊をしなかった」』というタイトルで、ライターの桑沢まりかさんは高校時代に教師から受けた性暴力の体験について寄稿した。
「苦しい体験を話してくれてありがとう。私も同じ経験があります」
「逃げたいのに心が空っぽになって動かない。私も思い出して涙が出ました」
同じような性暴力の経験を持つ読者からも共感の声が多く集まった。現在、桑沢さんは自身の経験とともに頻発する性暴力の問題について取材や支援を行っている。
「問題を伝えても、毎日のように教師、塾講師、医師、役人……とさまざまな職種の加害者による性暴力報道が伝えられます。どうして止まらないのか、社会が性暴力やDVに寛容すぎると感じています。そして、こういった問題は他人ではなく、身内、父親やきょうだいといった肉親でも発生します。
5月頭に実父からの性暴力を顔を出して実名で訴え続けてきた福山里帆さんの父親・大門広治被告に懲役8年の刑が下りました。里帆さんは、『私は、父にレイプされ、性行為を強要されたという被害だけでなく、「父」という存在そのものを失いました』と語っています。この言葉を聞いたとき、私は涙が止まりませんでした。今まで封印してきましたが、実は私も実父から性暴力を受けた経験があります」
前編では、桑沢さんが高校時代に教師から受けた性暴力を経て、この世に信頼できる男性もいると思いたい一心で、生まれてからずっと会っていなかった実父と会う決心をし、再会するまでをお伝えした。後編ではその後の地獄のような展開と経験を経て桑沢さんが今伝えたい想いについて寄稿いただく。
以下、桑沢まりかさんの原稿です。
※記事内に、性暴力に関する記載があります。
生まれてすぐにいなくなった父との再会
生まれてからずっと会っていなかった父と再会した。
父は私が生まれるとすぐに母と私を捨てた。そして、別の女性と結婚し、私とほぼ同い年の「娘たち」がいて、再会するとその娘たちの自慢をし続けた。「私の話は聞いてくれないんだ……」と私は閉口して、頭が真っ白のまま、ほとんどしゃべらずに父との最初の再会は終わった。
父の態度があまりに悔しくて、生物学的には世界で唯一の父親なのだから、せめてもう少し私の話を聞いてほしい、私のことを知ってほしい……。そんな思いにかられて、もう一度会うことになった。
そのときも同じで、話すのは父ばかり、私のことはまったく興味がないのか聞かれもしない。悲しみを超えてもはや笑えてきた。そこで帰ることも考えたが自分の中にある「本当の父なら私への気持ちがあるはずだ」という思いに囚われてしまった。もう少し一緒にいたら私の話も聞いてくれるのではという希望を捨てきれず、食事を終えた後にもう一軒お酒を飲みに行くことになり、地元のバーや風俗店などがひしめくエリアにあるバーに行った。
お世辞にも治安がいいといえるエリアではない。20歳になったばかりの私は苦しい気持ちが抑えられないとき、このエリアのバーで酔い潰れてしまうことがあった。「このあたりよく来るんだ」と父に話してみたが、父は心配する様子はなく、「自分もよく来る」と得意げにうれしそうに話していた。「ああ、私のことを心配してくれたりはしないんだな」 ……どんどんと心が死んでいった。
父のとって私は「娘」だったのか!?
そして、薄暗いバーの中で父親は、また私ではない今一緒に暮らしている自慢の「実の娘」の話を始めた。私に話すうちに、彼女たちへの思いが募ったのか父は突然泣き始めた。意味がわからず、酔ったのかと思ったら父が体を寄せてき、私を抱きしめ、キスをしてきた。
!!!!!!!!!!!!
私は何が起きたのか最初わからず、とんでもないことが起きていることがわかっても理解不可能となった。ただ父に抱きしめられてキスをされた瞬間、私の心は緊急アラートが鳴って「解離」が始まり、心も体も空っぽの「モノ」モードに突入した。私の心は完全に閉じてしまったが、これが終わりの始まりであることだけはわかったが、体は操り人形のようだった……。
バーを出ると父親は、そんな状態の私に対して悪びれる様子もなく、ただ何も言わず当然のように間近にあるラブホテル街へと向かった。強く「イヤ!」と叫んだり、父の腕を振りほどいて走ればもしかしたら逃げられたのかもしれない……。でも、父親に抱きしめられ、キスをされ、ラブホテルに直行されるという現実が地獄過ぎて、もう抵抗する気力すら残っていなかった。
父親は私をラブホテルに連れていき、ことは終わった。父は笑いながら避妊具もなく性交した。「お前、ファザコンだろう」と言われたことは覚えている。また、ぎこちない私の対応に「未熟だ」と文句を言った。バーで父に抱きしめられてからずっと心が空っぽ状態だったが、この父の非情な振る舞いと言葉についてはしっかり記憶に刻まれた。
そして、深夜になり帰宅しないことを心配し、私の携帯電話には母から何度も着信が入っていた。その着信通知を見て父は、「相変わらず神経質だな」と笑い飛ばした。すべてが終わって気が済んだ父は明け方、「これから“娘”の部活の試合の応援だから」と、意気揚々、私ではない別の“娘”の応援へと直行した。
翌日は言いようのない、今まで味わったことがない虚無感に襲われ、心は砂漠のようだった。どうやって生きていたのだろうというぐらい心には何もなかった。
10年経っても続く混乱……
あれからもうすぐ、10年が経つ。セックスという交換条件のない無償の「愛」への欲求は、諦めに向かうどころかより強固な執念となり、私は今も、彷徨うばかりの人生を送っている。
そして、父とは一切連絡は取っていない。父は私のアドレスを持っているはずだが、誕生日に連絡が来るわけでもない。私との出来事について父が記憶に留めているかもわからない。父にとっては、通りすがりのワンナイトのセックスでしかなかったのかもしれない。
私は今でも、あの日のことをどう消化すればいいか、混乱してわからなくなってしまう。このことを記事にしたのも今回が初めてだ。里帆さんの報道を見て、私が告訴したら父はあの日について何と言うだろうか、と何度考えただろうか。きっと「同意があった」と言うに違いない……。
私はあのとき、強く抵抗できたわけでも、Noを示せたわけでもない。父が性的欲求を見せた瞬間、教師による性暴力の地獄を生き延びる中で作り上げられてしまった「モノ」としての私が表れ、目の前に突然出現した父親からの性欲に、私への被害が最小限で済むように、少しでも早く終わってくれるように対処したにすぎなかった。これはまさに性暴力の嵐の中で作られた防衛本能であり、PTSDの症状だ。あの瞬間の私には、「同意」があったのだろうか。いや、そんなはずはない。あんなにも、私のすべてが音を立てて砕けるようだったのだから。心は、死んでいた。もっとなにか、できることはなかったか。じっくりふりかえるほどに、あのときにはそれしかできなかったことを実感する……。
性暴力の問題についての記事を書くたびに「だったら逃げればよかっただろう」「逃げなかったら同意したのと同じ」という声を浴びせられる。しかし、想像してみてほしい。見ず知らずの人であっても突然性的要求を一方的に向けられたら言いたいこともいえず逃げられなくなってしまう。ましてや信頼している人、とりわけ肉親であったとしたら、恐怖で逃げる以上に恐怖や絶望に支配されて動けなくなってしまう。非難する前にこの地獄を考えてみてほしいと思うのだ。
父との出来事も私が性行為を積極的に求めたわけではないことは確かであり、こういうとき、やはり「No means No」だけでなく、「Yes means Yes(積極的同意)」を法改正に求めるべき、という主張をし続けたいと改めて思う。
「父を失う」という意味
私はこうして、「父」を失った。
以前、年上の男性と付き合っていたときに、フラッシュバックがひどくてしんどくなり、「今日はただ抱きしめてほしい」と伝えたことがある。私には持つことができなかった父親のような安心感がほしかったのだ。しかし、「セックスなしにお前といる男なんていない、父親なんて幻想だ」と蹴り飛ばされて性行為に及ばれた。ちなみにその男性には、私とほぼ同い年の娘がいた。私はいつも「パパ」と呼ぶよう言われていたが、「まさか本当の娘とはセックスはしない」と言っていた。
娘を連想して性行為に及ぶ人、実際の娘に手を出す人、そしてそれらの行為は娘側も同意があったと主張する人……。あれほど里帆さんが表に出て訴えても懲役8年にしかならない。果たしてその刑罰は、傷つけられた側が失ったものに見合うのだろうか。
改めて、里帆さんの言葉が胸に響く。
「私は、父にレイプされ、性行為を強要されたという被害だけでなく、「父」という存在そのものを失いました」
父親からの性行為を喜んで受け入れる娘なんていない。父親だけじゃない、義父、教師、塾講師、警察官、裁判官……本来子どもを守る役割のひとたちによる、子どもへの性暴力報道も絶えない。「私を守ってくれる人はいないんだ」その絶望をどうかこれ以上、感じさせないでほしい。「大人は子どもを守る存在である」はそんなにも難しいことなのだろうか?
「これ以上、親として失望させないでほしい」
「頼むから、私の尊厳や心を乱さないでほしい」
これらは、里帆さんが父親に対して語った言葉だ。
今回、5月8日に里帆さんが勝ち取ってくださった判決は、私を含め、親、保護者による性暴力を受けたひとたちにとって、本当に大きな希望の光になったと思う。一方で、インタビューで「裁判が終わった後も生きていかなくてはいけない」と話していたように、どんな被害にあったとしても、その記憶とともに、人生を歩んでいかなければいけない。それは、決して容易なことではない。
2022年、内閣府男女共同参画府局が全国の若者(16~24歳)を対象に行った、性暴力被害に関する実態調査では、なんと約4人に1人が何らかの性暴力被害にあったことがあると回答している。加害者のトップは、教職員を含む「通っていた(いる)学校・大学の関係者」で29.3%、生物学的な親だったケースは3.6%もいたのだ。
性暴力は決して、遠い話ではない。
加害者にとっては記憶にあるかないかすら定かでない一瞬の快楽でも、被害者にとっては悔しいことだが、一生残る心の重しだ。この世界から、性暴力がなくなるように。苦しい思いをするすべてのひとに、少しでもやさしい社会が訪れるように。この世界を作り上げるのは、私たちひとりひとりだ。すべての被害者の方に心から連帯するとともに、この記事が、痛みへの想像力を育む一助となることを祈っている。