「コワトラ」の始まり
いったいこの男は、何をするために、大勢の部下たちを引き連れて、わざわざワシントンDCから6900マイル(約1万1000キロメートル)も離れた北京まで行ったのだろうか?
先週5月13日から15日まで、ドナルド・トランプ米大統領が、習近平国家主席の招きで、中国を国賓訪問した。両雄の会談は、今回が6回目である。
私はその間、すべてフォローしてきたが、ひと言で言えば、1期目のトランプ政権の時は、4回の会談とも、トランプ大統領が習主席を圧倒していた。日本風に表現するなら、中国という大関を相手に、トランプ大統領が横綱相撲を見せつけていた。いずれも「押し倒し」で横綱の勝ちだった。
もう少し具体的に振り返ってみよう。二人の邂逅(かいこう)は、トランプ大統領が大統領に就任して3ヵ月後の2017年4月、場所はトランプ大統領のフロリダ州の別荘「マー・ア・ラゴ」だった。この時は会談でいきなり、トランプ大統領が提案してきた。
「北朝鮮のデブ(金正恩委員長)の政権を、米中で力を合わせて転覆させようではないか。もしも協力してくれるのなら、南シナ海は中国にくれてやっても構わない」
中国としては、完全に想定外の発言だった。トランプ大統領は、続いてディナーの席でもこう告げた。
「今晩のデザートは、トマホークミサイルだ!」
これは、米中首脳会談に合わせて、内戦が続くシリアをアメリカが爆撃したことを報告したものだった。この日撃ち込んだトマホークミサイルは59発に上り、世界中が大騒ぎになった。
ともあれ、最初の首脳会談で習近平主席は、この予測不能な大統領に、すっかり怖気づいてしまった。「コワトラ」(トランプが恐い)の始まりである。
ゴリゴリの社会主義者である習主席は、中国国内では万事、予定調和的に進めている。前任のジョー・バイデン大統領は、どちらかというと習主席に近いスタイルだったが、トランプ大統領は破天荒なこと、この上なかった。
1期目トランプの存在感
2回目の会談は、同年11月にトランプ大統領を北京に招いた。この時は、5年に一度開く中国共産党大会の時期と近かったが、トランプ大統領の訪中スケジュールが確定してから、19回大会の日程を決めたほどだった。
8万人の観光客をどかして、皇帝の住まいだった故宮を貸し切りにして招いたり、中国では禁止されているツイッター(現X)を打てるようにしたり、宿泊するセントレジスホテルのスイートルームをトランプ好みの金ピカに改装したり……まさに至れり尽くせりだった。
しかも、対中貿易赤字についてのトランプ大統領の怒りを解くべく、29人もの米企業CEOを一人ひとり人民大会堂の壇上に立たせ、計2535億ドル(当時の邦貨で約28兆円!)ものアメリカ産品を買い上げるセレモニーまで行った。その光景をトランプ大統領に見せて、満足してもらうためだった。おかげでトランプ大統領は上機嫌に語った。「習近平主席は中国の歴史上、最も偉大な皇帝だ」
3回目の会談は、翌2018年12月、ブエノスアイレスG20の場だった。この時は、同年3月から3回、計2500億ドル分もの中国産品にアメリカが追加関税をかけ、中国経済は青色吐息。それで習近平主席が、トランプ大統領に「詫び」を入れた格好だった。
4回目は、翌2019年6月の大阪G20(主要国・地域)サミットである。この時は、議長役の安倍晋三首相の「とりなし」で大事には至らなかったものの、前月に米中貿易交渉が決裂してアメリカにエンティティリスト(制裁リスト)を突きつけられ、習主席は血色悪かった。
釜山で初めてトランプに勝利
そして昨年1月、2期目のトランプ政権が始動した。トランプ大統領にとって、中国と対峙する時の経験則は、「アメリカが叩けば叩くほど折れてくる」。それで4月には、145%という前代未聞の高関税を中国に突きつけた。これはもう米中貿易がストップするレベルだ。
それに対して中国側は、1期目のトランプ政権にコテンパンにやられた教訓から、次の「4つの対策」を準備してきた。①レアアースの対米輸出を停止する、②関税に反対する同志国を増やす、③貿易の「脱アメリカ」を進める、④なるべく持久戦に持ち込む。
特に①が、中国側の予想以上にてきめんに効果を発揮。初めてアメリカ側が、直ちに交渉を求めてきた。それで5回にわたる第三国での米中高官協議を経て、昨年10月30日、慶州APEC(アジア太平洋経済協力会議)に合わせて、釜山で5回目のトランプ・習近平会談を行ったのだった。
この時、両首脳は1時間40分、会談したが、イシューは9つあった。①レアアース、②輸出規制、③フェンタニル、④TikTok、⑤港湾料金、⑥米国産大豆、⑦上乗せ関税、⑧ウクライナ戦争、⑨台湾。
ところが、ホワイトハウスが発表した会談のファクトシートに、台湾問題が記されていなかったため、アメリカ人記者がトランプ大統領に質した。すると、すました顔で答えた。
「台湾問題が議題に上らなかった」
これには、私も驚いた。1972年にリチャード・ニクソン大統領が訪中して、毛沢東主席、周恩来首相と会談して以降、半世紀以上にわたる米中首脳会談で、台湾問題は常に米中会談の最重要議題であり続けてきたからだ。
おそらく習近平主席は欣喜雀躍したに違いない。そして「初めてトランプに勝った」と自覚したことだろう。中国は常に、「台湾問題は中国の内政であり、外国が干渉すべきでない」と言い続けてきたからだ。実際、上記の9つのイシューについて、中国側の主張が多く通った。
「トランプと対等」を演出
こうした5回の積み重ねを経て、今回の6回目の大一番となったのである。主なイシューは、①イラン、②貿易・投資、③台湾だった。
北京会談を前に、私はGW明け、事情を知る中国側の人物に話を聞いた。その概要は、以下の通りだ。
「トランプ大統領は当初、3月31日~4月2日に訪中する予定だった。それで(中国は)入念に準備するとともに、巨大取引(グランドバーゲン)ができないか思案した。それは、イラン問題の解決や、貿易・投資でアメリカに協力する代わりに、台湾問題でトランプ大統領から『踏み込んだ発言』を取ろうというものだった。『台湾は完全に中国の一部だ』『台湾の独立には断固として反対する』といったことだ。
ところが、イラン戦争が長引いて、トランプ大統領の訪中が5月13日~15日に延期された。それで5月6日、イランのアラグチ外相が訪中して、王毅外相と事前に善後策を話し合った。
その時、アラグチ外相は非常に強気だった。『わが国は最高指導者を殺され、小学生たちが殺され、1000発もミサイルを落とされた。これでどうして、おめおめと矛を収めることなどできようか……』
そのため、米中首脳会談で中国がアメリカとイランの仲裁をして、紛争を解決するのは困難と判断。Bプラン、すなわち『中米2大国の新時代演出』に切り替えることにした。
習主席が、トランプ大統領と完全に対等な存在だと見せること自体が、『中米2大国時代』を演出することになる。たとえ具体的な成果の乏しい会談に終わったとしても、それで中国にとって、十分な成果になるだろう」
私がこの発言に納得したのは、トランプ大統領が訪中する前日の5月12日のことだった。この日、習近平主席は、午前中にブルネイのアルムタデー・ビラ皇太子を人民大会堂に迎えて、石油化学製品の安定供給などについて会談した。
午後は、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)のハーリド・エル=アナーニ事務局長と会談した。昨年11月に就任したアナーニ事務局長は、トランプ大統領の脱退宣言によって今年年末にアメリカが脱退するので、中国を頼っているのだ。
さらに夕刻、タジキスタンのエモマリ・ラフモン大統領と首脳会談を行った。習主席は、32年も大統領を続けている「中央アジアの独裁者」と馬が合い、人民大会堂で歓迎晩餐会まで催した。
このように、翌日にトランプ大統領がやって来るというのに、習主席は前日に3つも会談を入れていたのである。前述の2017年11月の米中北京会談の時は、一週間くらい前からスケジュールを空けて、「トランプ対策」に余念がなかったことを思えば、隔世の感があった。
もうトランプに気遣わない
そして、5月14日午前10時(北京時間)から人民大会堂前で、トランプ大統領の歓迎式典が、続いて10時半から人民大会堂の金色大庁で米中首脳会談が開かれた。ここでも私は、「2017年との違い」を3点認めた。
1点目は、習近平主席が締めていたネクタイの色である。2017年の時は、青色のネクタイを締めていたが、今回は真紅だった。9年前、私は中国側の関係者からこう聞いていた。
「アメリカ共和党の党色は赤だから、トランプ大統領は重要な会談の時、必ず赤いネクタイを締める。中国共産党の党色も『革命の血の色』である紅色なので、習近平主席も『勝負ネクタイ』は紅色だ。だがトランプ大統領と同色のネクタイを締めたら、トランプ大統領の心象を悪くするかもしれない。それで気を遣って、藍色にしたのだ」
ところが今回、習主席のネクタイは、トランプ大統領と同色の紅色。すなわち、もはや相手に気を遣う必要もないというわけだ。
2点目は、習主席が「10センチの上げ底靴」を履いて、歓迎式典に登場したことだ。習主席の身長は180センチで、トランプ大統領は190センチ。2017年の北京会談の時は、習主席は180センチのメラニア夫人と同じ背丈だった。
ところが今回は、トランプ大統領と同じ背丈になっていた。これは習主席(及び中国)が、「米中は対等の存在になった」と主張しているに等しい。
3点目は、会談のスタイルである。ビジネスマン出身のトランプ大統領が好むのは、テタテ会談(首脳同士+通訳だけの会談)。相手と1対1で丁々発止のやりとりができるし、オフレコ発言もしやすいからだ。
それに対して、習近平主席が好むのは、細長く机を並べて大人数で対面して行うオーソドックスなスタイルの会談である。なぜなら第一に、左右に部下たちを従える「皇帝スタイル」になるからで、第二に冒頭でテレビ撮影があって、部下たちを侍らせてアメリカ大統領と対等に対峙する光景を、中国及び世界に誇示できるからだ。そして第三に、アドリブが苦手なため、手元の書面を読む方が気楽なのだ。
それでも2017年11月の時は、アメリカ側の要求を受け入れて、最初に少人数会談を行い、その後に拡大会合を行うスタイルを取った。つまり、中国側が妥協したのである。
ところが今回は、いきなり互いに部下たち(中国側は12人、アメリカ側は9人)を侍らせて、大人数での会談となった。これは習近平主席が、自己のスタイルを貫いたことを意味する。
習近平発言の3つの注目点
中国では、人民大会堂での歓迎式典から米中首脳会談の冒頭発言まで、CCTV(中国中央広播電視総台)が珍しく生中継した。そのため私は、CCTVのインターネット生中継を見ていたのだが、冒頭で習近平主席が、いきなり踏み込んだ発言を行った。発言の全文は、以下の通りだ。
「現在、百年に一度の大変局が加速しており、国際情勢は変動と混乱が入り混じっている。米中両国は『トゥキディデスの罠(わな)』を乗り越え、大国間の関係の新たなパラダイムを切り開くことができないだろうか。手を携えて地球規模の課題に取り組み、世界にさらなる安定をもたらすことができないだろうか。両国国民の福祉と人類の未来・運命に目を向け、二国間関係の明るい未来を共に切り開くことができないだろうか。
これらは歴史の問い、世界の問い、人民の問いであり、大国指導者が共に書き上げるべき時代の答案でもある。私はトランプ大統領と共に、中米関係という大船の航路を正しく定め、舵取りをしっかりと行い、2026年を中米関係において、過去を継承し未来を切り開く歴史的かつ象徴的な年としたい。
中国は、中米関係の安定的、健全かつ持続可能な発展に尽力している。私はトランプ大統領と共に、『中米建設的戦略安定関係』の構築を、中米関係の新たな位置づけとすることに合意した。これは今後3年間、さらにはそれ以上の期間にわたる中米関係に戦略的な指針を提供するものであり、両国の人々や国際社会から歓迎されるものと確信している。『建設的戦略安定』とは、協力を主とする積極的な安定であり、節度ある競争による健全な安定であり、管理可能な相違を伴う常態的な安定であり、平和が期待できる持続的な安定であるべきだ。『中米建設的戦略安定関係』は、単なるスローガンではなく、互いに歩み寄る行動であるべきだ。
中米経済貿易関係の本質は、互恵・ウィンウィンであり、意見の相違や摩擦に直面した際、対等な協議こそが唯一の正しい選択だ。昨日、両国の経済貿易チームは全体的に均衡のとれた前向きな成果を収めたが、これは両国の国民にとっても世界にとっても朗報である。双方は共に、現在の得難い良好な勢いを維持すべきである。中国の開放の扉はますます大きく開かれ、アメリカ企業は中国の改革開放に深く関与している。中国は、アメリカによる対中互恵協力の強化を歓迎する。
双方が合意した重要な共通認識を実行に移し、政治・外交および両軍間のコミュニケーションルートをさらに活用すべきだ。経済貿易、衛生、農業、観光、文化、法執行などの分野における交流と協力を拡大すべきである。
台湾問題は中米関係において最重要の問題だ。これを適切に処理すれば、両国関係は全体として安定を保つことができる。適切に処理できなければ、両国は対立し、さらには衝突することになり、中米関係全体を極めて危険な境地へと追い込むことになる。『台湾独立』と台湾海峡の平和は、水と油のように相容れないものであり、台湾海峡の平和と安定を維持することは、中米双方にとって最大の共通点である。アメリカ側は台湾問題の処理に細心の注意を払わなければならないのだ」
この中で、私が驚き入ったのは、次の3ヵ所だった。第一に、「トゥキディデスの罠」という言葉を使ったことだ。
これは、古代ギリシャの歴史家トゥキディデスが、アテネとスパルタが覇権を争ったペロポネソス戦争(紀元前431年~紀元前404年)を分析したことに由来する。新興国のアテネが台頭してきたことに、覇権国のスパルタが疑心暗鬼となり、スパルタの恐怖心が大戦争の引き金となったという見方だ。
ハーバード大学のグレアム・アリソン名誉教授が『米中戦争前夜』(邦訳はダイヤモンド社、2017年)で、この言葉を世界に広めた。同書によれば、過去500年の「2大国の角逐」で16回中、12回が「トゥキディデスの罠」に陥って戦争になっているという。
そこで習近平主席が、「アメリカよ、中国に対して疑心暗鬼に陥るな」とたしなめたのだ。しかも、「~することができないだろうか」という、まるで大人が子供に諭すような表現を、3回も多用した。
こうした表現が、今回の「習近平の余裕」なのである。そもそも習近平主席もトランプ大統領も、『米中戦争前夜』など読んでもいないだろうにと、私は聞いていて、ほくそ笑んでしまった。
第二に、「建設的戦略安定関係」という新たな米中関係の位置づけ(定位)である。
米中関係を「世界の2大国関係」にすることは、長く中国の目標だった。最初は、中国が北京オリンピックを成功させ、アメリカが金融危機(リーマンショック)に陥った2008年に、胡錦濤政権が「米ドル一極支配の終焉」を提起したが、当時のジョージ・W・ブッシュJr.政権は受け入れなかった。
習近平政権を発足させて3ヵ月後の2013年6月、習主席はカリフォルニア州の農園を訪れ、バラク・オバマ大統領と1泊2日で計8時間にわたる首脳会談を行った。この時は「新型の大国関係」を提起したが、やはりオバマ大統領に相手にされなかった。習主席はその後も、かなりしつこく「新型の大国関係」を言い続けたが、2015年に米中関係が悪化して雲散霧消した。
2017年にトランプ政権が発足すると、前述のように「米中関係の位置づけ」どころではなくなり、中国は防戦一方と化した。それを今回、トランプ大統領がイラン戦争で傷を負っていることを見越して、新たな米中関係の位置づけを持ち出してきたのである。
そのココロは、世界は「米中2大国時代」に入ったということを、中国とアメリカ、及び世界中に認めさせることにある。極論すれば、「トランプ大統領が主張するように、西半球はアメリカのもので構わないから、東半球は中国の自由にさせてほしい」ということだ。ちなみに習主席は、トランプ大統領がさも合意したかのように発言しているが、少なくとも公の場で、トランプ大統領が合意を表明したことはない。
第三に、台湾問題に関してである。習主席は「適切に処理できなければ両国は対立し、さらには衝突することになり、中米関係全体を極めて危険な境地へと追い込むことになる」と述べた。
中国がアメリカに、公式の場で、ここまで踏み込んで述べたことは過去にない。どういう英訳がなされたのかは不明だが、トランプ大統領が脅されたと感じてもおかしくはない。それほど強い表現である。
「米中2大国」時代になるのか
この台湾問題に関連するのかもしれないが、当初、10時半から12時まで1時間半を予定していた米中首脳会談は、45分延びて12時45分まで続いた。
トランプ大統領は長時間の会談が嫌いで、前述の2017年4月の初会談の時、中国側は「2時間以内で終わらせるように」と釘を刺されている。とすれば一番考えられるのは、トランプ大統領が必死に、習主席にすがりついたケースである。中国が自分の思うように動いてくれないので、「そこを何とか」と粘ったのである。
だが、習近平主席はテコでも動かなかった。そのことを感じさせたのは、午後の天壇公園の視察で、トランプ大統領が仏頂面だったことだ。かつての皇帝の「祈りの場」を見せられても、心ここにあらずという様子だった。
さらに、これも仰天したことだが、CCTVは、首脳会談冒頭の習近平発言の後、習主席が「では次にトランプ大統領がお話し下さい」と促したところで、プツンと放送を切ってしまった。そして「これで生中継を終わります」という字幕が出た。
なぜこんなことをするのかと推定すれば、一つにはトランプ大統領の不規則発言を恐れたからだろう。だがもう一つは、重要なのは習主席の冒頭発言であって、トランプ大統領の冒頭発言を軽視していたからではないか。
総じて言えば、今回の米中首脳会談で横綱相撲を見せたのは、習近平主席の方だった。「寄り切りで習近平の勝ち」である。
今回の首脳会談を契機として、世界は「米中2大国」時代へと向かうのだろうか? そこはもう少し注視していかないと分からないが、日本にとって好ましい時代でないことだけは確かだ。
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