「職人の矜持」も今は昔
「うちにはベトナム人の従業員が2人いますが、とても真面目です。彼らは家族のためにはるばる稼ぎに来ていますからね。休み時間にはよく祖国の子どもたちとテレビ通話していますよ」
こう語るのは、都内で建設業を営む40代の男性だ。
この数十年で、日本の建設現場の風景は様変わりした。建設業界の就業者数は、ピーク時の’97年には約690万人を数えていたが、いまや480万人ほどに落ち込み、四半世紀で200万人以上の人々が業界を去っている。
その穴を埋めているのは、急増する外国人労働者だ。10年前には「約250人に1人」という稀な存在だった彼らは、いまや約18万人にまで増加。現場の「約20人に1人」が外国人という、文字通り「不可欠な戦力」となっている。
しかし、彼らにとって日本は「終の棲家」ではない。ジャーナリストの室橋裕和氏は、技能実習や特定技能制度に内包された矛盾を指摘する。
「最近、移民問題がクローズアップされて誤解している人も多いですが、外国人労働者の大半は、基本的には有期滞在の出稼ぎです。3年、あるいは5年で母国に帰っていく仕組みなのです」
外国人労働者たちは期限付きの労働力として来日しており、日本に定住することは期待されていない。冒頭の男性も、その実態を嘆く。
「ベトナム人は日本人なんかよりよほど真面目に働きます。でも、いずれは祖国に帰ってしまう。これでは育てがいがありません。そうなると、やはり日本人の人材が必要になりますが、若者はまったくこの業界に入ってこないのです」
「中間層の空白」が深刻に
若者が建設業界を敬遠するのは、いまや周知の事実だ。実際、都内で大型クレーンのオペレーターを務める60代の男性も、「ちょっとでもうまくいかないと、向いていないと三日で辞めてしまう子が多い」と肩を落とす。
「あらゆる現場作業は人間が主体となって進んでいくものです。それは経験がものをいう世界です。技術はすぐに身に付くわけではない。だからこそ、仕事を覚える喜びがあり、職人の矜持も育まれると思うのですが……」
しかし、問題は若者の意識だけではない。社会保険労務士の北見昌朗氏は、民主党政権時代の「コンクリートから人へ」という政策の影響を指摘する。当時、公共事業予算が大幅に減り採用が絞り込まれた結果、現在の30〜40代の現場監督クラスが極端に少ない「中間層の空白」が生じているのだ。この空白が凄まじい人材争奪戦を招いている。
「現場監督ができる人材に求人が殺到しており、年収750万円はザラ、1000万円プレイヤーになる人もいます。今はあまり騒がれていませんが、今後、『監督不足』が問題になるでしょう」(北見氏)
現場を統括する監督業には高度な専門知識と、職人たちを束ねる能力が必要だ。一朝一夕でできる仕事ではない。
こうした人手不足は単なる工期の遅れに留まらず、現場の「質」の低下を招いている。
失われた「技術のバトン」
「熟練した技術を持つ職人が減ると、建物や建設現場の安全性が担保できなくなります」
建設コンサルタントの佐藤隆良氏はこう警鐘を鳴らす。
実際、大手ゼネコンが関わる現場でも、基本的な手順の不備による転落や重機との接触事故が頻発しており、かつては考えられなかったような死亡事故が増加している。
本来であれば、ベテランから若手へと「技術のバトン」が渡されるはずだが、現場は高齢の職人と数年で帰国してしまう外国人労働者ばかり。技術の継承は途絶え、安全性がじわじわと蝕まれる―。そんな目に見えない恐怖が、今の建設業界を覆っている。
日本人が見向きもしない低賃金の現場を、外国人が「中抜き」されながらも支えているのが実態なのだ。
仕事はあるのに倒産していく
しかも、この「外国人頼み」のモデルも限界に近づいている。前出の室橋氏が指摘する。
「優秀な外国人は、もはや日本に来なくなっています。より賃金の高い韓国や台湾へと流れているからです。さらに今後、東南アジアの経済成長も見込まれます。人材の奪い合いは激化するでしょう」
皮肉なことに、建設業界では「仕事があるのに倒産する」会社が相次いでいる。4月に破産した福岡県の老舗、占部組の例は象徴的だ。前年の売上高が約111億円と過去最高を記録したが、人手不足と資材高騰が直撃した。信用調査会社・東京経済取締役の井出豪彦氏はこう説明する。
「受注はあるが、工事を完了させられず、資金回収ができなくなったのです」
現場を支える企業が倒産すれば、さらに人材は流出していく。今、全国で再開発計画の中止、工期の延長が相次いでいる。「発注はあるが、建てられない」という歪な状況は、もはや企業努力で解決できる段階を超えている。
その場しのぎを繰り返すだけでは、国のインフラを支える屋台骨まで、音を立てて崩れ去ることになるだろう。
「週刊現代」2026年5月25日号より
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