日常のささやかな出来事から人の優しさや温かさを見つけ出すエッセイスト、中前結花さん。言葉にしにくい繊細な心の動きを見逃すことなく、まるでその感情をなぞるかのように紡ぎ出していく。私たちが気づかぬまま通り過ぎているかもしれない「素敵」を見つけてくれる。
だからこそ、彼女の作品に触れることで、「人って捨てたもんじゃないな」と感じる読者は多いのではないだろうか。彼女はなぜ、こんなにも人の温かさを見逃すことなく発見し、言葉に紡ぐことができるのだろう。
発売を機に行ったインタビューでは、「毎日、泣いている」というほど、豊かな感受性であることを明かしてくれた。
あふれる涙を否定することなく、そのまま受け止める。彼女は自分の感情に蓋をせず、向き合い、「泣くこと」を選び取る強さを持っているのだ。
中前さんには夢がある。それは自身の作品がいつか映像化されること。そして「父役には明石家さんまさん、母役は小泉今日子さんに演じてほしい」と話している。
中前さんは、こうした両親のもと、一体どのような環境で育ったのだろうか。3作目となるエッセイ集『ドロップぽろぽろ』刊行に合わせてお届けしているインタビュー第3回は、両親からの影響によって培われてきた、人の温かさに気づく感性の理由と、それを言葉にする力がどのようにして育まれてきたのかを探っていく。
その日の出来事を二度話す幼少期
中前さんは幼少期、幼稚園や学校であった出来事を、こと細かく両親に話していたそうだ。
「幼稚園や小学校から帰宅すると、まず母に朝のホームルームから1時間目、休み時間、2時間目、 3時間目、 4時間目、給食、掃除の時間……、その日の出来事をすべて話していました。クラスの男の子が言ったこと、その時の●●ちゃんの言葉。そしてわたしが言ったことや、実は本音は違ったことなどすべて。そして父が帰宅するともう一度同じ話をしていました。
自分の感情や出来事を言葉にする力は、ここで鍛えられたのかもしれません」(中前結花さん、以下同)
1日の出来事を日々、二度繰り返して伝えていた中前さんの「表現欲」にも驚かされるが、それを毎日きちんと受け止めていた両親の存在も見逃すことはできない。ときには忙しかったり、疲れていたりもしているはずだ。
「わたしの話に、『うんうん』といつも耳を傾けてくれました。『それで結花ちゃんはどうしようと思ったん?』と、わたしの気持ちも聞いてくれていましたね。そこで返答することで、自分の本当の気持ちに気づくこともできました。体験を誰かに聞いてほしいという思いは、エッセイを書くことに似ていると思います。わたしの原点は幼少期にあるのかもしれません」
嫌だなと思う人に出会ったら
エッセイに登場する人たちはみんな温かく、優しい人ばかりだ。しかし現実では、出会うすべての人と心地よい関係を築けるとは限らない。中前さん自身も、人間関係の難しさを感じることはあるのだろうか。
「たまにはあります。だけど、その場ではあまり何も言えないんです。
断ることも、言い返すこともできずに、どんどん自分の中にたまってしまうこともあります」
しかしそのまま感情を抱え込むのではなく、後から自分の中で問い直す作業をしているという。
「この出来事は、自分にとってどんな意味があるのか、あの人はどういう理由があってあんな言い方をしたのか、と考えて整理するようにしています」
さらに“おすすめ”の方法が。
「それでも嫌いになりそうなときは、その人の下の名前についてじっくり考えるようにしています。この人にも親がいて、この名前や漢字に込められた願いや思いがきっとあるんだろうと想像すると、少しだけ許せる気がするんです」
すべての人を完全に理解し、好きになることは難しいだろう。しかし、少し見方を変えるだけで、人間関係の難しさやしんどさを乗り切ることができるのかもしれない。
通り過ぎない
中前さんは本書の「おひさま」というエッセイの中で、人と触れ合う際、とても大切にしていることをこう綴っている。
(以下、抜粋)“たとえば、「この人は大事だな」と思う人が「これ見てみて」と言った映画や本、ドラマ、それから「聴いてみて」といった音楽……。そう言ったものは見るようになった。聴くようになった。できるだけ、すぐに。そして必ず感想を伝える。「あそこが良かったよ」「こんなふうに思ったよ」自分がどんな心地になったかを、お礼といっしょに自分の言葉で伝える。忘れっぽくて、だらしなくて、約束も守れない。けれどもそれは、これからもずっとずっとわたしは続けると思う。その方がいい。もう二度と同じ思いはしたくないのだ。もう二度と大切な場面を通り過ぎたくないのだ。教えてもらったものは、ありがたく受け取ってみる。もう、わたしは通り過ぎない。”(以上、抜粋)ー『ドロップぽろぽろ〜おひさま』より
「もう二度と同じ思いはしたくないのだ」というのは、このエッセイに描かれた母親とのことが大きく関係している。お母さんが好きだと教えてくれたある歌を長く聴かずに過ごし、大きな後悔が残ってしまったというエピソードだ。
だからこそ、すぐに行くし、読んでみる。なにかをあげたい、連絡したい、そう思ったらすぐ行動に移す。後から悔やんでもどうにもならない、「もう二度と同じ思いはしたくない」その経験が彼女をそうした行動へと向かわせている。
「友人や大切だと思う人にすすめてもらったものには、1〜2週間以内には触れるようにしています。
時間が経つと忘れてしまう。そのまま通り過ぎてしまうことだけはしたくありません。それにより一層、相手のことを深く知るきっかけにもなります。感謝や感想を伝え、そこで同じ気持ちになれたら、これまで以上にもっと仲が深まるかもしれません」
誕生日や記念日などの贈り物も、渡す日が近くなってから探すのではなく、「似合いそう」というものに出合ったときに購入しているという。
「旅先でもどこでも『あの人に似合いそう』と思ったらその場で買っておきます。義母は7月生まれですが、今年は1月にプレゼントを準備しました」
驚異の“気に入り力”
そして中前さんは自身のことを「気に入り力が強い」と語る。もしかしたら特技なのかもしれない、と。
「たとえば財布を買うときに、最後までどっちにしようかと迷っていても、いざ決まったら、それが世界で一番可愛い財布になるんです」
それはものだけではない。住んでいる家も、そして夫のことも。
「世界で一番素敵な家、夫は世界で一番ハンサム。犬も世界で一番可愛い。なんでも“一番のお気に入り”になります」
さらに、日常ですれ違う程度の人でさえも、その人の何気ない言葉や仕草から「素敵だな」と思えることを見つけていると言った。
「気に入るところをずっと探しているのかもしれません」
“粗探し”という言葉はよく聞くが、中前さんにとっては、その逆の“素敵探し”が習慣になっている。
「いえ、もしかしたらわたしは、粗探しも同時にしているかもしれません。わたしだったらこうするのに、とか、どうしてこうしないのだろうと思うこともたくさんあるんです。でも、同時にいいところも探しているから、相殺されるというか。むしろ少し上回って、まあいいか、気に入れるぞ、と思えることが多いのかもしれません」
人を嫌いになりかけたときは、下の名前の漢字を見る。大切な人にすすめられたことは通り過ぎない。そして一度選んだものは“世界で一番”にする。
きっと中前さんにだって、うまくいかないことや苦手な人はいるはずだ。そこで彼女は「それらをどうしたら気にいるか」を探すことを諦めない。
その積み重ねがあるからこそ、私たちが見過ごしてしまいがちな誰かの優しさや、何気ない温かな言葉に気づくことができるのではないだろうか。
そして中前さんのエッセイを特徴づけるもう一つの魅力が、言語を用いた表現力。過去の出来事を、まるでその場にいるかのように描きだす。その表現力、言語化能力は一体どのようにして培われてきたのだろう。
記事後編では、彼女が秘める「特殊能力」について紹介する。
【中前結花/なかまえ・ゆか】
兵庫県生まれ。2010年の上京以降、東京で活動。会社員、フリーランスのライター等さまざまな働き方を経て作家に。2017年、「ほぼ日」に掲載されたエッセイが話題となったことを機にさまざまなメディアでエッセイを書くようになり、俵万智や糸井重里氏、麒麟の川島明氏ほか著名人からも注目を集める。著書3作目のエッセイ集『ドロップぽろぽろ』が反響を呼んでいる。これまでの著書に『好きよ、トウモロコシ。』『ミシンは触らないの』(ともにhayaoki books)。
撮影/松井雄希
インタビュー/新町真弓、構成/笹本絵里(FRaUweb)