SKハイニックス発の成果給(インセンティブ)論争が大企業全体の「成果給闘争」へと発展し、韓国社会全体が揺れている。特に韓国経済の「心臓」と呼ばれるサムスン電子の半導体生産ラインが、全面ストライキによりマヒする危機に直面した。事態の深刻さを重く見た韓国政府は、「緊急調整権」の発動を即座に検討するなど、事実上の国家非常事態に準ずる対応に乗り出している。
危険な火種
最近、韓国で最も注目を集める半導体企業、SKハイニックスが打ち出した「営業利益の10%を成果給として支給する」という方針が他社の大手労働組合を刺激した。これにより、韓国経済を代表する大企業の労組が連日、強度の高い成果給闘争を展開している。
半導体のライバルであるサムスン電子(営業利益の15%を要求)はもちろん、営業利益が前年比で減少した現代自動車(純利益の30%を要求)やLGユープラス(営業利益の30%を要求)、韓国GM(1人当たり3000万ウォン)、カカオ(営業利益の15%)までが、一斉に高額な成果給を要求しており、韓国経済は深刻な痛みを伴う混乱期を迎えている。
現在、最も危険な火種となっているのが、サムスン電子労組による全面ストライキの予告だ。サムスン電子労組は、営業利益の15%を財源とした成果給の支給や、成果給の上限撤廃など「成果給の制度化」を要求している。主張が通らない場合、5月21日から18日間に及ぶ全面ストライキに突入すると警告している。
仮に半導体の生産工程がストップすれば、その損失はサムスン電子だけの問題にとどまらない。サムスンから半導体の供給を受けるグローバルテック企業にも致命的な打撃が避けられないからだ。
現在、サムスン電子の主力製品である「高帯域幅メモリ(HBM)」や「最先端サーバー用DRAM」は、エヌビディアやアップルを含むグローバルテック大手5社に集中供給されており、すでに2027年までの長期供給契約を締結している。今回のストライキが現実化すれば、世界のITサプライチェーン全体に深刻な衝撃が走るとの懸念が強まっている。
在韓米国商工会議所(AMCHAM)は最近、公式声明を通じて「サムスン電子の労働環境における不確実性は、グローバルな製造・サプライチェーンのパートナーとして韓国が築いてきた地位を揺るがすものだ」とし、「グローバル企業がサプライチェーンの集中リスクを避けるために生産拠点の多国籍化を進めれば、競合国が漁夫の利を得ることになる」と強く警告した。
実際に、サムスン電子と最先端半導体の供給契約を結んでいるエヌビディアやAMDなどは、サプライチェーンのリスク項目を四半期ごとに厳格に監査している。今回のストライキで供給に支障が出ることが確認されれば、取引規模の縮小や契約の見直しといった「顧客離れ」のシナリオも排除できない。
社内の雰囲気は完全に崩壊
こうした世界的な警告の中、会社側も破局を免れるため、労組の説得に総力を挙げてきた。サムスン電子の経営陣は13日の未明まで続いたマラソン交渉(事後調整)で、「今年の業績改善を反映し、競合他社を上回る過去最高水準の報奨と、一回限りの特別激励金の支給」を提案し、労組のなだめにかかった。
しかし、労組の姿勢は一歩も退かない。労組指導部は「営業利益15%の固定配分」と「成果給上限の撤廃」という原則が団体協約に明文化されない限り、いかなる妥協もしないという強硬な姿勢を崩していない。会社側の度重なる再交渉の要求にも「ストライキを終えた後に交渉に応じる」として、全面ストライキの意志を曲げていない。
最終交渉の決裂後、会社員向け匿名オンラインコミュニティ「ブラインド(Blind)」に投稿されたサムスン電子社員とみられる書き込みからは、社内情勢の深刻さが浮き彫りになっている。
あるユーザーは「社内の雰囲気は完全に崩壊しており、実務陣は昨日からサボタージュ(怠業)モードに入った。李在鎔(イ・ジェヨン)会長が直々に謝罪し、成果給をSKハイニックス以上に支給すると約束しない限り、もはや破局は避けられない」と怒りをあらわにした。
別のユーザーは「ストライキ期間中に製造された製品は、顧客企業から受け取りを拒否されるだろう。これだけでも10兆ウォン(約1兆1000億円)規模の損失だ。最優先の開発ロット(半導体の生産単位)が廃棄されれば、新製品の開発スケジュールも2ヶ月は遅れる。製品生産ができず、役員や経営陣が報酬を受け取れなくなればいい気味だ」と書き込んだ。
さらには、「サムスン電子の株主の皆様、社員として株の売却を強くお勧めします。このような企業は2026年を生き残ることもできないし、生き残るべきでもない」という自暴自棄ともとれる書き込みまでみられた。
終身雇用解体後、報酬の最大化が従業員の目標
韓国政府は事態の深刻さを認識し、憲法上の「緊急調整権」の発動を本格的に検討している。緊急調整権とは、現行の労働組合法上、争議行為が「国民経済を著しく害する恐れ」がある場合、雇用労働部長官が発動できる例外的な措置である。この権限が公表された時点で、サムスン電子労組は直ちにストライキを中断して職場に復帰しなければならず、中央労働委員会の強制調停手続きに従う義務が生じる。
しかしこれは、韓国の憲政史上、1993年の現代自動車スト、2005年の大韓航空操縦士労組ストなど、過去にわずか4回しか発動されていない。憲法が保障する労働3権を直接制限する「諸刃の剣」でもあるためだ。
李在明(イ・ジェミョン)政権の親労働界傾向から、緊急調整権の発動は容易ではないという見方も多い。 政府部内でも意見が割れている。産業通商資源部は輸出への打撃を懸念し、発動(緊急調整権)は不可避だという立場だが、実際に発動権限を持つ雇用労働部は、自主的な交渉と対話による解決が原則だとして一線を画している。もしこのままサムスン電子のストライキが強行された場合、予想される被害額は100兆ウォン(日本円で10兆1000億円)を超えるだろうというのが、 韓国メディアの見通しだ。
韓国国民の間でも、今回の事態に対する視線は極めて冷ややかだ。インターネット上では「国内最高水準の待遇を受けながら、国家経済を人質に取るのは度が過ぎている」「世界的な覇権争いの時代に、サムスン電子の未来が危ぶまれる」といった批判的な世論が相次いでいる。株主の間からも、ストライキによって生じた損失に対して損害賠償を請求すべきだという声が上がり始めている。
今回の事態は、単なる労使紛争の枠を超え、韓国の経済システムが抱える構造的な脆弱性を浮き彫りにしている。1997年のアジア通貨危機(いわゆる「IMF危機」)以降、韓国ではそれまでの「終身雇用」の概念が解体された。その結果、企業の持続可能性よりも、目先の個人の報酬を最大化しようとする傾向が、韓国の大企業における労使関係全般に深く定着することとなった。
国家の戦略物資である半導体のサプライチェーンを交渉のカードとして利用する今回の総ストライキ決議は、世界的なパートナーの目には「コリア・リスク」の動かぬ実態として映るだろう。在韓米国商工会議所(AMCHAM)が警告した「サプライチェーンの多角化」や「取引縮小」が現実のものとなれば、その代償は労使のいずれか一方ではなく、韓国の半導体産業全体が支払うことになる。今回の事態の行く末に、韓国社会全体が息をひそめて注目している。
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