母の日の今日、お届けしたい一冊がある。エッセイスト・中前結花さんによる三冊目のエッセイ集『ドロップぽろぽろ』(講談社)だ。
発売されるや即重版という大反響を呼んでいる本作では、家族との日常が丁寧に描き出され、幼少期から現在に至るまで、両親との温かな関係を感じさせるエピソードが数多く収められている。4月、刊行を記念して行われたサイン会&トークイベントでは、
「娘から『お母さんも読んでみて』とプレゼントされて読みました」
という読者からの声が多く聞かれたという。言葉では言い表しがたい心の機微を丁寧にすくい取り、過去の記憶を甘くやさしい世界観で綴る本作。ページをめくるうちに、親と過ごした時間を自然と思い返し、そこで自分が受け取ってきた愛情に気づく。そして中前さんの本を贈ることで、いつもは言葉にできない感謝を親に伝えたくなるのかもしれない。
誰もがうまく伝えられないでいる心の奥底で揺らぐ感情を、温かくやさしく繊細な筆致で差し出してくれるのが中前さんのエッセイだ。
FRaUのこれまでの記事では、その中前さんの世界を形づくっている「涙」の力や、歌謡曲・ドラマ・お笑いといったエンタメの力について語ってもらった。
今回はさらに、その豊かな感受性や表現力の背景にある両親の存在について話を聞いた。
両親は性格が正反対
本書の中には、両親とのエピソードが随所にちりばめられている。そのひとつひとつの思い出からは、中前さんに対する両親の深い愛情が伝わってくる。そしてそれを鮮明に、事細かに描けるのは、彼女自身がその愛を受け止め、「大切に育ててもらった」と実感しているからだろう。
改めて両親はどんな人柄だったのだろうか。たとえば父について、エッセイの中で“うちの父は相当、変な奴だ”と綴っている。
幼少期に何があったのかは、ぜひ実際に読んで確かめてほしいが、風変わりであったことは想像に難くない。
「 父はおせっかいで口うるさい人なんですよ。パンを食べるときも、こぼれるからと必ずゴミ箱を抱えて食べなければなりませんでした。それが当たり前だと思っていたので、上京してからもしばらく続けていたんです。周りの人に『それ変だよ』と言われて、そうなんだと気づいたくらいです」(中前結花さん、以下同)
一方、母親に関してはどうだろうか。こちらも人柄が滲み出るような言葉が綴られている一文が本書の「おひさま」にあった。
(以下、抜粋)“「ゆかちゃんは、どこに出しても恥ずかしくない。どこに行ってもだいじょうぶ。いい子よ」という言葉だった。そんなことを言ってくれるのは母だけだった。世界中、どこを探しても母だけだった。忘れっぽくて、だらしなくて、約束も守れないわたし。なんて親バカなんだろう、なんて深い愛だったんだろう、そのときも改めて思い知ったのだった。”(以上、抜粋)ー『ドロップぽろぽろ〜おひさま』より
「母は父と違って、普段はああしなさい、こうしなさいと言うことは、ありませんでした。でも就職で上京するような大きな判断のときには、背中を押してくれたり、アドバイスをしてくれましたね。二人は性格が正反対なんです」
日常であれこれ口を挟んでは細かく指摘してくるけれど、その視点が独特な父。対して人生の節目で寄り添い、背中を押してくれる母。その対照的なバランスが、中前さんにとって心地よい家庭環境を作っていた。
「父はさんまさん、母はキョンキョン」
両親の話を聞いていると、中前さんが自身の“人生の夢”についても語ってくれた。
「いつか自分の書いたエッセイが実写化されることが目標です。父は、せっかちでおしゃべりで、お節介。だからぜひ、明石家さんまさんに演じてほしいと思っているんです」
この夢は夫とも共有している。
「わたしが『あなたの役は松下洸平さんかな』と言うと、その気になって、仕事の会食でメディア関係の方とお会いするときは必ず、わたしがエッセイストであること、そして作品を実写化したいことを話してくれています。そこでいつも『明石家さんまさんと松下洸平さんには出演してもらいたくて』ということまで話しているそうです」
母の役についてはこう続ける。
「周りからはおっとりした俳優さんがいいのではと言われますが、わたしの中では小泉今日子さん。チャーミングで優しくて、でも懐が深く芯がある。その感じが母と重なるんです」
場を一瞬で明るくし、お節介。人との距離を縮める才能の持ち主、明石家さんまさん。一方、自然体で飾り気がなく、柔らかさがありながら、芯の強さをしっかりと持っている小泉今日子さん。対照的な魅力を持つ二人のイメージと自身の両親の姿に共通点が多いと語る。
「わたしと夫も性格は正反対。でも、それっていいことかもしれないなと思えるのは、両親を見て育ってきたからかもしれません」
記事後編では、中前さんとは性格が正反対だという、パートナーとの関係についてさらに話を聞いていく。
何気ない日常や繊細な感情を丁寧にすくい上げるエッセイスト中前結花さん。豊かな感受性を持つ彼女の背景には、お互いをそのまま受け止め合うパートナーとの関係があった。新刊『ドロップぽろぽろ』刊行に合わせたインタビュー第2回後編では、正反対の価値観を尊重し合う結婚生活と、自分らしさを肯定する関係性について話を聞いた。
【中前結花/なかまえ・ゆか】
兵庫県生まれ。2010年の上京以降、東京で活動。会社員、フリーランスのライター等さまざまな働き方を経て作家に。2017年、「ほぼ日」に掲載されたエッセイが話題となったことを機にさまざまなメディアでエッセイを書くようになり、俵万智や糸井重里氏、麒麟の川島明氏ほか著名人からも注目を集める。著書3作目のエッセイ集『ドロップぽろぽろ』が反響を呼んでいる。これまでの著書に『好きよ、トウモロコシ。』『ミシンは触らないの』(ともにhayaoki books)。
撮影/松井雄希
インタビュー/新町真弓(FRaUweb)