熊本県公立小学校教諭として勤務。Google for Education AI∔Edu Fellowshipに選抜され、AI教育の実践を世界に広めている高森崇史氏。彼はいわゆる「崩壊学級」を幾度となく担当し、最後にはクラスを立て直し、全員を笑顔で卒業させてきました。
しかし、一度崩壊した学級を立て直すことは至難の技。
著書『学級が動き出す生徒指導 あきらめない先生へ贈るノンフィクション実践記』より、学級の実態や立て直しまでの方法、軌跡を解説します。
子どものタイプ別見取り
荒れた学級の子どもたちは、大きく四つのタイプに分類できます。クラスの空気を支配する「主導型」。その勢いに乗っかる「同調型」。嵐が過ぎ去るのをじっと待つ「傍観型」。そして、被害を受け怯えている「不安型」です。
この4タイプに対して、指導を入れるべき正しい「順序」があります。これを間違えると、学級経営は詰みます。
正解は、「不安型」→「同調型」→「主導型」→「傍観型」の順です。
まず最優先で救うべきは、「不安型」、特にいじめられている子です。これは一刻を争います。
私は、その子に対して即座に、そして明確に宣誓します。「必ず、あなたを守り抜く」「どんなことがあっても、この状況を解決する」。これは子どもへの約束であると同時に、私自身への誓いの言葉でもあります。
この約束を守るためであれば、他の子どもからの罵詈雑言も、保護者からの理不尽なクレームも、すべて無視していい。私は本気でそう思っています。目の前で震えている子一人守れないのであれば、何のために教師になったのわかりません。過去には、私の強硬な姿勢に対し、保護者が怒鳴り込んできたり、管理職から「もう少し穏便に……」と諭されたりしたこともあります(管理職には飛び火して申し訳ないとは思っていますが)。
それでも、私は方針を変えませんでした。
ここをブレてしまえば、教師としての覚悟が死ぬからです。まずはこの「覚悟」を決めることが、すべての始まりです。
中心人物より先に取り巻きを崩す
次に指導すべきは、ボスである主導型……ではありません。その手足となっている「同調型」です。なぜか。同調型の方が、指導の効果が早く出るからです。主導型は意思が強く、プライドも高いため、一朝一夕では変わりません。しかし、同調型はただ強い方に流されているだけで、確固たる意思はありません。諭したり語ったりすることも大切ですが、それには時間がかかります。悠長なことを言っている間に学級はさらに荒れます。まずは「先生は怖い」「ふざけられない」という恐怖心でもいいので、短期的な抑止力を効かせ、主導型から切り離すのです。
同調型を叱る際は、徹底的に詰めます。彼らの常套句は「〇〇さんがやっていたから」という言い訳です。私は即座に切り返します。「では、〇〇さんが犯罪を犯していたら、あなたもするのか?」。子どもは「しません」と答えます。「なら、するな!」。相手のタイプや保護者の背景も踏まえた上で、二の句が継げないほどの迫力で捲し立て、行動を封じ込めます。
この時、教室にはある心理的効果が生まれています。
同調型が隣で徹底的に叱られ、泣いている姿を、「主導型」が見ているのです。「次は自分の番だ」「自分はどれだけ叱られるのだろう」。叱られる順番待ちをしているこの「待ちの時間」こそが、主導型への強烈な指導になります。外堀を埋められ、手足を奪われ、心理的な圧力をかけられた状態で、初めて主導型と対峙するのです。もちろん、彼らは数回の指導では変わりませんが、根気強く指導を継続します。
そして最後が「傍観型」です。なぜ彼らが最後なのか。それは、担任がクラスの主導権を取り戻すまでは、彼らは動けないからです。主導型の子に権力があるうちは、いくら教師が「協力を」と呼びかけても、彼らは動きません。動けばターゲットにされるからです。担任が主導型より強いことを証明し、安全を保障して初めて、彼らは味方になってくれるのです。
クラスの「空気」を決めているのは誰か
学級が荒れている時、その空気を作っているのは誰でしょうか。荒れを加速させている裏のリーダーたちです。
どんなに荒れた学級でも、クラス全員が根っからのワルということはあり得ません。荒れを主導している「核」となるリーダーは、多くても数人です。残りの大多数は、その強い磁場に引きずられているに過ぎません。逆に言えば、この「要」となる数人を正しい方向へ向かせることができれば、学級の空気は劇的に変わります。オセロの四隅を取った時のように、黒が一気に白へと裏返るのです。
忘れてはならないのは、荒れている学級には「エネルギー」が充満しているということです。
今はそれがマイナスの方向へ爆発しているだけです。このエネルギーのベクトルをプラスの方向へ変えることができれば、その学級は、大人しいだけの通常の学級以上に、爆発的に伸びていく可能性を秘めています。
教師の役割は「潰す」ではなく「活かす」
彼らの心理を深掘りしてみましょう。彼らは、最初から悪さをしたいと思っていたわけではありません。ほとんどの場合、根底にあるのは「不貞腐れ」であり、満たされない承認欲求です。勉強や運動といった学校の「正攻法」で活躍できない。努力しても評価されない。正義のヒーローとして輝けないなら、悪役としてでもいいから目立ってやる。見た目を変え、態度を変え、周囲の反応を変えてやる――。これが、子どもが非行や荒れに走る典型的なパターンです。もし彼らが、勉強や運動、あるいは行事などの正攻法で認められ、努力を評価されている状態であれば、学級は決して悪い方向へは向かいません。
教師の役割は、中心となる子どもたちが抱える「負のフラストレーション」の原因を探り、それを取り除き、彼らの有り余るエネルギーを正しい方向へ流してやることです。
認めるべき点もたくさんあります。少なくとも、悪い方向であれ周りを引っ張っていけるということは、彼らには卓越したコミュニケーション能力があり、人を惹きつける人間的な魅力があるということです。言葉巧みに周りを動かし、組織を作っているのですから、リーダーとしての素質は十分です。
そして、意外に思われるかもしれませんが、荒れている中心にいる子たちは、単に「怖い」だけではありません。
実は、仲間に対する「思いやり」や「仁義」を持ち合わせていることが多いのです。だからこそ、周りの子たちは彼らに惹かれ、引きずられているのです。単なる暴力だけの人なら、周りは離れていきます。そこに歪んだ形であれ「魅力」があるからこそ、彼らはリーダーとして君臨しているのです。
彼らを潰すのではなく、活かす。その視点を持てるかどうかが、立て直しの成否を分けるのです。
「叱られ役」は協力的な家庭から
指導を入れる際、指導する相手には細心の注意が必要です。結論から言えば、最初の「叱られ役」は、学校に対して協力的な家庭の子どもを選ぶべきです。
昨今は、我が子が叱られることに対して、異常なまでの忌避感や拒絶反応を示す家庭が存在します。学級開きの初期段階で、そのような家庭の子どもを矢面に立たせて叱ってしまうと、指導の内容云々以前に「うちの子が傷つけられた」という感情論で攻撃され、その後の指導がやりづらくなるリスクがあります。ここでの順序を間違えると、立て直しのプランに暗雲が立ち込めます。
ですから、私はあえて、普段から「先生、うちの子が悪いことをしたら遠慮なく叱ってください」と言ってくれるような、指導を「是」としてくれる協力的な家庭の子から指導をスタートします。
なぜか。それは、叱られることへの拒絶感が強い家庭の子どもに対して、「見て学ぶ」効果を狙うためです。高学年ともなれば、自分と同じような悪さをしていた友達が、先生に厳しく叱られている姿を見れば、「これはヤバい」「次は自分だ」と察知することができます。直接その子を叱らなくても、隣の子を叱ることで、間接的にその子(と、その背後にいる厄介な保護者)にメッセージを送るのです。
無用なトラブルを回避しつつ、教室の規律を引き締める。これが「戦略的に叱る」ということです。
もちろん、子どもの言動によっては順序が崩れることもありますし、緊急性の高い事案であれば家庭の背景など構っていられません。しかし、平時の指導においては、この「誰を叱るか」という計算を持っておかないと、最終的に目指すゴールには辿り着けません。
ただし、忘れてはならないのは、矢面に立ってくれた「叱られ役」の子どもへのフォローです。
彼らは、クラスの規律をつくるために、ある意味で損な役回りを引き受けさせられたわけです(悪いことをしているので叱られるのは当たり前ですが)。ですから、叱る場面以外では、彼らの活躍の場を意識的に増やしたり、こまめに声をかけたりして、関係づくりをより強固にする必要があります。教員と子ども、そして保護者の信頼関係が太いパイプで繋がっている家庭から攻略していく。そのパイプが増えれば増えるほど、学級の地盤は固まり、圧倒的に立て直しの速度は上がっていくのです。
後半では、子どもや保護者の「見取り」の具体的な方法と教師の動き方を紹介します。
【後編を読む】崩壊学級は「情報」で制する! 子どもと保護者を見抜くプロの技術