「日本人の魚離れ」と叫ばれて久しいが、“焼き魚”をウリにしたこの店はどこ吹く風、連日連夜賑わいを見せている。それが全国に60店舗以上を展開する「炭火焼干物定食 しんぱち食堂」だ。
メインメニューはいわしやほっけ、銀鮭など常時20種類を超える魚を炭火で焼いた魚定食。焼き魚にごはん、味噌汁、それにお漬物……一見すると飾り気のない、昔ながらの和食にしか思えないが、店内をのぞくとサラリーマンや年配層はもとより、美味しそうに魚を頬張る若者やカップルの姿もちらほら。さすがは“炭火焼干物食堂のファーストフード”と自称するだけはある盛況ぶりだ。
そんな新進気鋭のチェーン店に対して「すかいらーくが110億円で買収する」と報じられたのは今年3月のこと。巨大グループの傘下に入ることで、今後さらなる成長が見込めるはず――ところが、ここへきて“思わぬ弱点”が露呈しつつあるというのだ。
100年かかっても投資回収できない…!?
今年に入って、外食企業にとっておそらく一番大きなM&A案件だったこともあり、すかいらーくホールディングス(以下、すかいらーく)が「炭火焼干物定食 しんぱち食堂」(以下、「しんぱち食堂」)などを運営する株式会社しんぱちを買収したニュースは大々的に報じられた。
驚くべきはその金額と今後の計画。取得額は約110億円と、2024年に買収したうどんチェーン「資さんうどん」の取得額約240億円には及ばないものの、それでも100億円超えの超大型案件となった。また、すかいらーくによれば、今後は出店をさらに加速させ、2030年に現在の約3倍(「しんぱち食堂」ほかグループ全体、直営店・フランチャイズ店で計108店舗。2026年3月時点)、300店舗まで増やすことを目指しているという。
この約110億円という取得額に対し、一部報道では「高値掴みではないのか?」といった指摘も挙がっている。実際のところ、投資回収の目途は如何ほどなのだろうか。
まず、中小企業のM&Aなどで簡便的に用いられる企業価値の算出方法「年買法」で見てみたい。今回の取得価額が約110億円、株式会社しんぱちの純資産が約14億円(2025年10月期)、そして営業損益が7600万円の黒字(同)とある。投資回収の年数は、《(取得価額-純資産)÷営業損益》で算出できるが、その結果は……なんと“約126年”!
数字のまま受け取れば、実に100年かかっても投資回収は不可能、と考えることができるのだ。とはいえこの年買法という手法自体、理論的・学術的根拠が薄い、急成長している企業などを正当に評価できないなどのデメリットも多い。何より数字が100を超えること自体、ほぼ稀なケースだという。
代わって専門家たちが主に使うのが、EV(企業価値)をEBITDA(利払い前・税引き前・減価償却前利益)で割り、投資回収期間を測定する「EV/EBITDA倍率」だ。
「高値掴みでも」すかいらーくの思惑は
「しんぱち食堂」のリアルな投資回収期間はどれほどなのだろうか。フードビジネスコンサルタントの永田雅乙氏が解説する。
「株式会社しんぱちが非上場ということもあり、正確な有利子負債や現預金の詳細は不明ですが、私が調べているかぎりでは、EV/EBITDA倍率はだいたい30倍(=30年)程度の水準になりそうです。それでも、昨今盛んにおこなわれている外食業界のM&A事例の中では、突出して高いことに変わりはありません。
EV/EBITDA倍率については、10~12倍くらいで“大きいな”というイメージがあったんですが、すかいらーくが2024年に『資さんうどん』を買収した時には、約20倍と算出されたので驚かされました。ところが、『しんぱち食堂』はその時以上の数字なのです」
となると、額面通り「高値掴み」は真実なのだろうか。永田氏はつづけて「すかいらーくの思惑を鑑みれば十分許容の範囲内だ」と指摘する。
「ご存じの通り、すかいらーくは『ガスト』『ジョナサン』『バーミヤン』などファミリーレストランを中心とした業態を基盤として成長してきました。そのためか、地方ロードサイドは得意ですが、都心部は苦手としています。かつてはカウンター席中心の都心型業態『Sガスト』を展開していましたが、2020年に全店舗が閉店するなど、失敗に終わっています。
人口動態の変化により郊外型から都市型へのシフトが必要に迫られる中で、東京を中心に都心駅前の狭小立地で成長してきた『しんぱち食堂』は、すかいらーくにとってまさしく“最後のピースを埋める”存在になりえます。加えて同チェーンは、すかいらーくが他にも求めていたファーストフード要素、低価格要素も持っていますので、そこも高く評価したのでしょう」
【後編記事】『客に黙ってステルス値上げ?「定食界のサイゼリヤ」しんぱち食堂、大躍進のウラで“思わぬ弱点”が急浮上』へつづく。