長年ハワイに暮らしながら現在は東京大学にも拠点をもつ、アメリカ文化研究者の吉原真里さん。法政大学で教鞭をとり、高校時代に出会った日本語で小説を書くグレゴリー・ケズナジャットさん。
英語と日本語のあいだを往来しながら暮らし、研究や教育に従事し、執筆活動をおこなう二人の頭の中はいったいどうなっているんだろう?……そんな素朴な疑問から始まった連載「英語と日本語を往来する」。二人が往復書簡方式で、言語について考えるテーマに沿って書き進めていきます。
ケズナジャットさんの前回 翻訳すると何が変わるのか…英語と日本語の「リズム」はこうしてずれる では、ヴァージニア・ウルフの原文と鴻巣友季子さんによる翻訳を比較しながら、英語と日本語のリズムについて論じました。今回は吉原さんが、英語と日本語が思考にどう影響するかについて、自らの経験を基に考えていきます。
地域固有のリズムや「ノリ」
グレゴリー・ケズナジャットさま
ふだんは大学の学事暦の制約もあるし、ハワイを拠点にしているとどこに行くにも飛行機に長時間乗らなければいけないのが億劫で、旅行や出張にはそれほど出かけないのですが、ここしばらくはやけに旅が続きました。前回のお便りを書いてから、学生交流プログラムの引率としてバングラデシュで2週間を過ごし、いったん日本に帰ってからこんどは1週間のハワイ出張に出かけ、再び日本に戻ったところで新学期が始まりました。年末年始の南米旅行も合わせると、数ヵ月のあいだにかなりいろんな場所を訪れたことになります。
アメリカと日本のふたつで人生が成り立っていた私にとって、バングラデシュで過ごした時間はほんとうに強烈で、世界観が揺さぶられる体験でした。往路復路ともにクアラルンプールで乗り継ぎをしたのですが、行きと帰りでは同じ空港の光景がまったく違ったものに見えたし、東京に戻ると、空気がきれいだとか、道にゴミが落ちていないとか、街を女性がふつうに歩いているとか、車道には車線や信号があり牛や犬や人間はなく車だけが一方向にだけ走っているとかいった、2週間前までは当たり前だったことにいちいち感動しました。そして、日本の大気や道路の状況がふたたび当たり前になってきた頃に、自分の拠点であるはずのハワイに出張で出かけ、日本の同僚たちと一緒にワイキキのホテルに泊まるという不思議な経験をしました。それぞれの場所で体験したことを書き始めると話題がどんどん逸れていってしまうので、ここもグッと我慢して、言葉の話題に限って話を進めましょう。
私はベンガル語をまったく解さず、文字も読めません。空港なら英語の表示もありますが、私が滞在したチッタゴンの街では、道路標識や店の看板を見ても何のことだかさっぱりわからないし、タクシーやCNGと呼ばれる三輪車の運転手さんに行き先を告げることもできないので、現地の人の案内がなければどこにも行けない。ひさしぶりに「言葉がわからないのでまったく何もできない」状況を味わいました。それでも、私が滞在したアジア女性大学ではバングラデシュ出身の学生だけでなく、アフガニスタンやインドやネパールやミャンマーや東チモールから来ている学生たちがみな英語で勉強や生活をしているし、街でも日本語ができる人はいないけれど英語ができる人は探せばいるという安心感はあり、ここでも英語話者の特権を感じました。
とはいえ、南アジアの英語は北米の英語とは大きく違います。単語の使いかたや発音もだけれど、いちばん違うのがまさにリズムではないでしょうか。北米英語に慣れた耳には、南アジアの英語を聞き取れるようになるまでしばらく時間がかかります。そしてハワイの英語、とくに地元で育ち公立学校に通った人たちのピジン英語も、私は30年近く住んでようやくだいぶ慣れてきたものの、最初はさっぱり聞き取れないものです。ハワイ語や日本語が由来の単語が混じっていたり、英単語が独特の綴りや発音に変化していたりすることもあるけれど、やはりいちばん特徴的なのが抑揚、そしてリズムです。ケズナジャットさんが関西弁について指摘しているように、ひとりの人が発話する言葉にその地域固有のリズムがあるだけでなく、言葉のキャッチボールのしかたや「ノリ」に独自のスタイルがあるのですよね。
外国語圏で長く暮らす人の日本語
さて、引用していただいたヴァージニア・ウルフの文章。カリフォルニアで中学に通っていた頃、英語(つまり国語)の授業で、主語と述語と目的語をまず線上に書いてからどの文節が何を装飾しているかを図式化するセンテンス・ツリーという練習を繰り返しやらされたのを思い出しましたが、この長たらしい文を読解するにはセンテンス・ツリーが役立ちそうですね。そして鴻巣友季子さんによる翻訳を使って英語と日本語の構造とそれが生むリズムを比較してくださいましたが、これはまさに目から鱗でした。というのも(という表現を使うたびに、英語の直訳みたいだなぁと自分で思うのですが)、日本語のセンテンスでは主語や動詞が軸になっているのに対して、英語では目的語が次の文節の主語になって流れていく(ことがある)という説明は、考えてみるとその通りだけれど、それぞれの言語の特徴について私が抱いていた思い込みと正反対だったからです。
私は、受けたインタビューの文字起こしを読んだり、自分の講演やウェビナーの録画を見たりすると、自分がダラダラダラダラと喋っているのでいつも自己嫌悪に陥るのです。英語でも話はとくべつ上手ではないけれど、そこまでダラダラ話しているという気にはならない。その違いは日本語と英語の構造のせいだと勝手に思っていました。日本語では、動詞にたどり着くまでに装飾語をてんこ盛りにできるし、やっと動詞が登場しても「〜してから」「〜であるし」「〜と思ういっぽうで」といった調子で、まさに「意識の流れ」のままにどんどんセンテンスが続いていく。結果的に、区切りのないダラダラした印象になってしまう。
それに対して英語は、センテンスの早い段階で動詞を出さなければいけないので、目的語はいくらでも長引かせられるけれど、なされる行為はわかっている。例のウルフの文でも、最初の単語はDisappearingですし、延々と続く描写で少しずつ解像度を増していく目的語のbedroomの前に、soughtという動詞があるので、子供たちとその寝室の関係性がわかっています。なので私は、英語ではセンテンスが多少長くても論点はわかりやすく、いっぽう日本語では辛抱強く読んだり聞いたりしていても結局なにを言いたいのかがわからないということがしばしば発生すると思っていました。実際それはその通りなのかもしれませんが、こうやって英語の原文と日本語の翻訳文を比べてみると、英語特有のダラダラ文(ウルフの文章を「ダラダラ文」なんて形容したら、あちこちから槍やら弾やら飛んできそうですが)を新たな目と耳で味わうことができます。
思うに、書き言葉と話し言葉で、リズムの感じかた、作りかたはだいぶ違うのではないでしょうか。このウルフの文章も、文芸作品として音読するぶんには味わいがありますが、実際の会話でこんなふうに話す人はまずいないし、いたとしたら聞くほうはえらい迷惑でしょう。それに対して日本語では、書き言葉は鴻巣さんの訳文のように「。」で区切られるけれど、話し言葉では、私自身を含めウルフの原文みたいなダラダラ文で話す人は多いですよね。
ひとつの言語のリズムがもうひとつの言語に影響することはあるかという質問に関連して、前から思っていたことがあります。バイオリニストの五嶋みどりさんの日本語でのインタビューを見たときに、「あ、この人はやはり英語圏で長く暮らしてきた人だな」と感じたのです。彼女の日本語はとても端正で明確なのですが、平均的な日本人の話しかたと違うのは、各センテンスが比較的短く、定期的に「。」を入れて区切りながら話すことだと思うのです。よって、ひとつひとつのポイントがわかりやすいのです。
ついこのあいだ観にいった、ピアニストのスタニスラフ・ブーニンについてのドキュメンタリー映画に出てくる、夫人の中島ブーニン・栄子さんの話しかたを見ても同じようなことを感じました。長年ドイツで暮らしているかたなので、英語ではなくドイツ語の影響が大きいのでしょうが、やはり「。」で区切りながら短めのセンテンスで話しているのが印象的でした。たとえば、中島ブーニンさんが「彼(ブーニン)にとって音楽とは、生きている証のようなものです」という箇所があるのですが、私だったらそこで「……生きている証のようなもので、たとえば……」という調子で続けてしまいそうですが、彼女は「です」の後はちゃんとピリオドで文を終える。そのほうが、インパクトがありますよね。
英語の思考、日本語の思考
自分自身にかんして言えば、英語のリズムが日本語に影響するのは、センテンスレベルではなく、話の持っていきかたかもしれません。これは自分ではあまり意識していないのですが、ひとに指摘されたことがあるのです。話をするとき、とくに授業やインタビューで質問を受けるときに、まず答えを言ってから、その理由なり説明なり例なりを(ダラダラと)語る。「というのは」という表現を使うたびに英語の直訳みたいだなあと思うとさっき書きましたが、まさにそういうことですね。英語のアカデミック・ライティングをはじめとする論理的な文章ではパラグラフの構造がとてもきっちりしていて、最初のトピック・センテンスで論旨をドーンと述べて、パラグラフの残りで順序立ててそれを証明していくのが定型ですが、長年そうした記述を生業としてきたので、それがデフォルトの思考パターンになってしまっている、職業病のひとつでしょう。
というわけで、英語の思考や論述のパターンが日本語の文章や会話に影を落とすことはありますが、逆に日本語のリズムが自分の英語の思考や文章に影響することは、あまりないような気がします。なぜでしょう。英語を身につけることで英語の世界に同化することに必死になったあまり、日本語のリズムが入る余地もないくらい英語のリズムに過剰適応してしまったからでしょうか。ケズナジャットさんは、日本語で話すときに、話題がアメリカ政治だと翻訳調の言葉になり、日本文学だとより自然な日本語のリズムになるとのことでしたが、英語で話すときはどうですか。日本について英語で話すとき、その英語が日本語的なリズムになったりもするのでしょうか。
そういえば、水村美苗さんの『日本語が亡びるとき』がベストセラーになった頃、私がお世話になっているある編集者が「水村さんの文章は英語的だなと感じるけれど、そう感じる理由がよくわからない」と言っていたのを覚えています。英語が普遍語として機能する世界において日本語という唯一無二の国語、とくに書き言葉を大切にすることの重要性を訴えた本の文章が英語的だというのは皮肉でもあり興味深くもありますが、私はあの本の文章が英語的に感じられるのは、「大事なことは簡潔に、断定的に、繰り返し書かれているから」だと思っています。でもそれは『日本語が亡びるとき』が評論文だからであって、「日本語で小説を書く」ことをとことん追求している水村さんの小説はやはり日本語独特のリズムですよね。
前のお便りを書いたときにはベネズエラ侵攻が始まったときでしたが、こんどはなんとイランとの戦争のまっただなか。お父さまはどんなに心を痛めておられることでしょう。ご親族はみなさんご無事で暮らしていらっしゃるでしょうか。こんなときだからこそ、ケズナジャットさんがペルシャ語の勉強を再開したと聞いて、胸が熱くなります。バングラデシュで訪れたアジア女性大学には、タリバン政権を逃れてやってきたアフガニスタン出身の学生が数多くいるのですが、プログラムのフェアウェルパーティでその一人が故郷と平和への想いを謳ったペルシャ語の詩を朗読していた光景は、私の心に深く刻まれました。ケズナジャットさんがペルシャ語で文章を読んだり書いたりするようになると、英語にも日本語にも新たな襞が加わることでしょう。
次のお便りは、それぞれこれまでとは別の場所から書くことになりますね。それがどこかは、読者のみなさんにはまだナ・イ・ショ(笑)。
2026年4月 東京 四谷のサービスマンションより
吉原真里
【第11回 了】
*次回執筆はグレゴリー・ケズナジャットさんです。