「値上げ」の裏で始まる混乱の連鎖
ホルムズ海峡危機は、ガソリン価格の上昇や一部商品の不足といった単純な話ではないことがいま明らかになりつつある。
前編『日本で止まるのは「コンビニ」「病院」「物流」か…?日本が“正常運転”できなくなる「物資不足」のヤバすぎるシナリオ』で見てきたように、包装材、医療資材、物流、決済まで石油に支えられた現代社会では、ひとつの供給停止が次の混乱を呼ぶ「連鎖」が起きる。
では、なぜ日本はこれほどショックに弱い国になってしまったのか。後編では、その構造的な弱点に迫る。
石油は「エネルギー」ではなく「素材」
そもそも、多くの人は、「脱炭素社会へ向かっているのだから、石油が止まっても電気さえあれば何とかなる」と考えがちだ。だが、それは危うい誤解である。石油の本当の重要性は、燃料であること以上に、現代文明を支える素材そのものだという点にある。
とりわけ深刻なのが、原油から精製されるナフサの不足である。ナフサはプラスチック、合成ゴム、化学繊維などの基礎原料であり、供給が滞れば最初に消えるのは完成品ではなく、それを支える包装材や部材だ。
コンビニ弁当の容器、ペットボトル、物流用パレット、食品ラップ――こうした資材が不足すれば、たとえ農地に野菜があっても商品として流通させることはできない。医療現場では注射器や点滴バッグが不足し、育児や介護では紙オムツの原料となる吸水性樹脂が足りなくなる。農業では化学肥料が滞り、生産そのものが揺らぐ。
石油不足とは、単なる不便ではなく、生存基盤の消耗を意味するのだ。
日本社会を襲う「連鎖的崩壊」
さて、ホルムズ危機で起きるのは、単なる値上げではない。まず物流や製造の基盤が揺らぎ、食品トレーや包装材、医療用バッグ、農業用肥料など石油由来製品が不足し、市場からモノそのものが消えていく。
(図)現代社会の「連鎖的崩壊」の構造
次に、日本が進めてきた在庫削減型の供給網が弱点をさらす。数日分の在庫しか持たない工場や流通は、原料や燃料が止まれば一気に機能不全に陥る。さらに、電力・通信・決済システムまで混乱すれば、商品があっても売れず運べない。
そこへSNSが不安を瞬時に拡散し、買い占めや注文殺到が起きれば、実際の不足以上に市場は混乱する。現代の危機とは、供給停止と情報パニックが連鎖して社会全体を揺るがす複合災害なのである。
「効率化」の罠
日本社会の弱点は、平時の効率性を優先するあまり、危機への備えを削ってきた点にある。
(図)現代社会の「連鎖的崩壊」の構造②
まずエネルギーは中東、とりわけホルムズ海峡という単一ルートへの依存が大きく、代替経路も限られる。原油やLNGが滞れば、火力発電や物流、港湾機能まで連鎖的に影響を受ける。次に、企業はジャスト・イン・タイム方式で在庫を極小化し、部品や原料の供給が数日止まるだけで生産ラインが止まりやすい。
さらに、半導体材料や医薬品原薬、飼料穀物など重要な中間財を海外に依存しており、完成品を国内で作れても意味をなさない。加えて、国内物流の主力であるトラック輸送や内航海運は石油依存が極めて高い。つまり、日本は「効率国家」である一方、外部ショックには非常に脆い構造を抱えているのである。
「デジタル化」と「JIT」という劇薬
1973年の石油危機と決定的に違うのは、現代社会が高度なデジタル依存の上に成り立っていることだ。キャッシュレス決済、在庫管理クラウド、AIによる配送最適化――いずれも安定した電力と通信があって初めて機能する。
もしエネルギー危機が長引き、停電や通信障害が起きれば、財布に金があっても決済できず、商品があっても在庫の所在が分からず、物流も止まりかねない。効率化の名の下に、紙や人手による代替手段を切り捨ててきた結果、デジタル化そのものが危機を増幅する弱点にもなっている。
日本の製造業と物流を支えてきたのは、必要なものを必要な時に必要な分だけ届ける「ジャスト・イン・タイム(JIT)」の思想だった。在庫を減らし、無駄を省くことで、平時には高い競争力を生み出してきた。
しかし、有事にはこの仕組みが逆回転する。いまの日本社会は、流通現場も工場も余剰在庫が乏しく、燃料や原料の供給が止まれば数日で機能不全に陥りうる。トラックが止まり、工場ラインが止まり、店頭から生活必需品が消えるまで時間はかからない。
効率化を追い求めた結果、日本は耐性の低い社会になってしまったのである。
戦時モードにならない「日本の病理」
危機時の対応でも、日本の弱点は浮き彫りになる。たとえばフィリピンは、備蓄水準が低下する前段階で国家エネルギー緊急事態を宣言し、公的部門の稼働抑制や燃料節約へと動いた。
平時の論理をいったん脇に置き、生存に必要な分野へ資源を集中する判断を下したのである。
一方、日本は備蓄日数の多さを強調しつつ、補助金で価格上昇を抑える対応に軸足を置いてきた。もちろん短期的には必要な措置だが、それだけでは危機対応にならない。必要なのは、限られた資源を農業、医療、物流など社会維持に不可欠な分野へ優先配分する発想である。
平時の延長線ではなく、有事の体制へ切り替えられるかどうかが問われている。
ホルムズ危機が教えるのは、中東情勢の不安定さだけではない。日本社会そのものが、平時の効率を優先するあまり、有事への備えを失っていたという現実である。
さらに連載記事『ホルムズ海峡「完全封鎖で石油枯渇」の恐れを前にした日本がいま想定しておくべき「危機下の特措法」』でも、この危機の真相を伝えているので参考にしてほしい。