松岡正海とマイネルチャールズが歩んだ2008年クラシック戦線。その舞台裏にあったドラマとは。馬事文化賞受賞作品『相馬眼が見た夢 岡田繁幸がサンデーサイレンスに刃向かった日々』(河村清明著)より抜粋してお届けする。
弥生賞を完勝
マイネルチャールズに騎乗するなかで、松岡が繁幸からの信頼を厚くした一戦があった。08年の京成杯だ。
直線の入り口でチャールズと松岡はアクシデントに見舞われた。外をまくった馬に体をぶつけられ、内に押し込められた瞬間、すぐ前に馬がいたためチャールズは進路を失った。
「ツイテねー」
ともにテレビ観戦していた繁幸が声を上げた。
だが松岡は進路をさらに内に取ると、前を行く馬のあいだを鮮やかにすり抜けて見せた。重賞初挑戦で初制覇したチャールズにクラシックへの扉が大きく開いた瞬間だった。
「普通の騎手なら、ぶつかったときに諦めてますよ。松岡くんじゃなかったらこの1着は絶対になかった。すごい」
繁幸は興奮を抑えきれなかった。
続く弥生賞で繁幸は松岡にこんな指示を与えた。
「4コーナー手前からスパートして、いい脚をどれだけ使えるか試してほしい」
ダービーを念頭に置いた指示はコスモバルクの弥生賞前と同じだ。
松岡はスッと2番手を確保すると、直線で前の馬を早めにかわした。ゴール前、追い込んできた1番人気のブラックシェルに詰め寄られはしたものの、かわされる気配はなく、完勝と呼んでいい内容で重要なトライアルを制した。
「中団に控えてほしい」
ただ、揉まれない楽な展開ではあったため、繁幸は皐月賞でこう伝えた。
「ダービーに向けて、もう一度我慢を覚えさせたい。負けてもかまわないから中団に控えてほしい」
実はレース前、松岡は“前に行く馬が少ない、先団につければ勝てる”と考えていた。自分が逃げる展開さえ想定していたが、この指示にも忠実に従った。
皐月賞は前半1000メートルを61秒4で通過するスローに落ちた。9番手あたりを追走したチャールズは、直線で猛然と追い込んだものの、キャプテントゥーレに逃げ切りを許し、3着に甘んじた。
GⅠの舞台でさえダービーの予行演習に使っただけに、本番を前に繁幸から「好きに乗っていい」と言われて、松岡は呆然とした。
「あのあと社長が次の年のダービーの話を始めたんです。『いい馬がいるから来年こそは』って。ダービーにここまで賭けている人が『勝てない』と言うんだから、本当に敵わないんだろうな、と思うしかありませんでした。実際そのとおりの結果になりましたね」(松岡)
始まったレースで、1番人気のディープスカイは後方4~5番手を淡々と進んだ。直線だけで先団馬群をあっさり呑み込んだ末脚はまさにケタ違いだった。皐月賞を制したキャプテントゥーレに続き、その父・アグネスタキオンにクラシックタイトルを届けた。
中団に控えた松岡とチャールズも直線勝負に挑んだ。途切れない松岡のムチにチャールズは応えようとしたが、4着での入線が精一杯だった。
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