提供:野宮神社
60年から120年の周期で枯れる竹。その美しさを保つには人の手が不可欠だという。嵐山の竹の名所「竹林の小径」の入り口に位置する野宮神社は、その周期を見据え、景観を守っている。
人の手で守られ循環してきた古の都を偲ばせる情景
平安時代に創建された野宮神社は、いまではほとんど見られない古代様式の鳥居や、古典文学とゆかりが深いことで知られる。
周辺に広がる竹林がおりなす光景も相まって、平安当時の風情を感じられることでも親しまれている場所だ。
「竹林の小径」と名づけられ整備された一帯は、京都きっての名所。自生する真竹は野宮神社にちなみ野宮竹と称され、長らく人の手で保たれてきた。
竹は繁殖力が強く、成長が早い。加えて真竹は約120年周期で花を咲かせては枯れる性質があるため、新しい竹が育つよう地下茎に肥料を与えたり、除草したりといった長期的な整備が不可欠だ。神社周辺の竹林は1970年ごろに開花し、美しい景観が失われた経験から、地域の人びとが一丸となり、半世紀かけていまの景観を蘇らせた。
次の開花予定は2090年前後。そのときを見据え、保全活動を続けながら、伐採した竹の利活用や、観光資源としての可能性を模索する。
境内と周辺で伐採された竹は野宮神社で授与するお守りや、道沿いに設置されている竹垣の補修に利用。2025年には竹林の小径でライトアップイベントを実施し、その収益を竹林の整備や地域の観光産業に還元している。
人の手によって守られてきた野宮神社の情景。古都の趣とともに、この地で暮らし、景観を守ってきた人びとの思いを肌で感じてほしい。
源氏物語に登場する由緒ある神社
平安時代に執筆された源氏物語『賢木』の巻に描かれている野宮という場所が、現在の野宮神社であるとか。野宮とは、天皇に代わって伊勢神宮にお仕えする斎王(さいおう)が、伊勢に下る途中で身を清めるために設けられた場所。南北朝時代に斎王制度が廃絶した後、神社としてこの地の守り神になった。
紫式部『首書源氏物語』寛永17年刊 国立国会図書館デジタルコレクション
〈提供〉
野宮神社
https://nonomiya.com/
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Text:Wako Kanashiro