「右手」「右手中指」ではなく「右手中指の先」の意味
“右手の中指の先が完全に動かなくなりました… ALSに罹患してからマウスのクリックを 3年間支えてくれて その後はパソコンの決定スイッチを 1年半支えてくれて 最後の最後までわずかに動いてくれて ちょっとした感触をわからせてくれたのです♡ 右手中指の先〜今までありがとう~♪(^O^)”
3月16日、Xにこのように投稿したのは、Eテレで人気のキャラクター「ニャンちゅう」の声を30年以上つとめ、「ちびまる子ちゃん」など多くのアニメや舞台で活躍してきた声優の津久井教生さん。津久井さんが2019年10月にALS(筋萎縮性側索硬化症)を公表してから6年半になる。
しかし「右手が」「右手の指が」ではなく「右手の中指の先が完全に動かなくなりました」と書いているのはどういうことなのか。
津久井さんが2020年から「FRaUweb」にて続けた連載をベースに、視線入力での書き下ろし原稿を加えた書籍『ALSと笑顔で生きる 声を失った声優の「工夫ファクトリー」』が4月27日に発売となる。連載と書籍の担当者が、「中指の先」という言葉の意味を改めて振り返る。
突然大きく転んだのが2019年の3月のこと
津久井さんが体調に異変を感じたのは2019年3月、ちょうど7年前のこと。突然大きく転んだのだ。それからどんどん歩きにくくなり、半年間の検査入院ののち、感覚はあるままに体が動かなくなっていく難病「ALS」だと告知をされた。
足が動かなくなり、車いすになっても手はまだ動いていた。「奇跡」といわれながらも声が出て、ニャンちゅうをはじめとした声の仕事も続けた。2020年4月には、FRaUwebにて連載「ALSと生きる」を始める。「ALSになるとはどういうことなのか」「介護される人の本音は」などを、当事者がリアルタイムで伝える連載として、毎月2回、締め切りを完璧に守っていた。
担当編集には一切言わずにいたが、実は連載開始時にはすでに得意のピアノを弾くことはできなくなっており、手が上に上がらずお風呂で頭を洗うことができなくなっていたという。必死でキーボードを打って発信をつづけたのだ。
少しずつ指が動かなくなり、タイピングに困難を感じた津久井さんは、口にくわえた割り箸で一文字ずつうちこむ「秘技・割り箸入力」に変更した。打ち込んだ文字を変換したり改行したりするのにマウスを使うため、かすかな動きで稼働できるようなマウスの設定にし、2022年10月までほとんど休まず月2回、割り箸を口にくわえて文字を打ち込み、連載を続けた。
右手の親指が動かなくなったとき助けたのは…
だが、途中で「危機」が訪れる。マウスを動かしていた右手の親指が動かなくなっていったのだ。そのときのことを、津久井さんは『ALSと笑顔で生きる。 声を失った声優の「工夫ファクトリー」』の中で以下のようにつづっている。
“「割り箸入力」をはじめて一年ほどすぎたころ、2021年12月の冬への変わり目は、全身に寒さが浸透して体がこわばるような感覚に何度も襲われました。
(中略)
「あれっ、右手親指がおかしい」 と感じ始めて1ヵ月あまりで動かなくなりました。マウスのトラックボールに親指をのせてもらって前後左右に1センチずつ動かせれば最低限の作業は出来るように設定してあったのに、それができなくなったのです。最後の方は「あれっ、このままちょびっと動く状態で継続するかな」と思わせた次の日に動かなくなりました。朝起きたら動かないので す。「あぁ〜もう〜、寝るんじゃなかった!」などという間違った発想を口走ってしまいます。
(中略)
「割り箸入力での作業もこれで限界かな」と絶望しました。
このピンチを救ってくれたのが、左手の存在と、パソコンの設定の多様性でした。1回も使ったことのない左手用のマウスで、かすかに動き続けてくれている左手の親指の可動範囲の限界に合わせてパソコンのマウスの動きを設定する。(中略)左手の親指にはものすごく感謝しています。
左利きの私は最初に左手に症状が来てあっという間に動かなくなって凹んでいました。しかしながら全く動かなくなってしまったわけではなかったのです。動かなくなる直前の右手親指のように、指先がかすかにではあるが肘ごと動かそうとすると反応してくれたのです。”
(『ALSと笑顔で生きる 声を失った声優の「工夫ファクトリー」』より』
こうして、ピンチを迎えても左手親指の活躍で、それから1年近く、割り箸入力での執筆をつづけたのだ。
できなくなったら「工夫会議」
ALSという病気は、治療法は進行を遅らせることのみで、はっきりと「治す」ことは困難だという。つまり「今が一番元気」なのだ。病状が進むにつれ、津久井さんはやりたいことを諦めないために、早めに「視線入力」のトレーニングも始める。
これまでに、執筆のみならず、寝返りができなくなって眠れないこともあった。トイレに自力で行けなくなって苦悩した。夜中にのどが渇いて妻を起こすのが申し訳ないと思った。そのたびに、「できなくなったら工夫会議」だと、妻の雅子さんや介護のスタッフたちと相談し、新しいやり方を見つけていった。ほんの少しでも動くところ、ほんの少しでも使えるものをすべて使って、「やりたいことを諦めない」でいったのだ。
今回話題となったXで「右手が動かなくなりました」でも「右手の指が動かなくなりました」でもなく、「右手の中指の先が動かなくなりました」の意味は、ほんの数ミリの右手中指の先も思う存分活躍してもらったからなのだ。
挑戦し続ける明るさの源は、「夫婦漫才」の相方・妻の雅子さんの存在がある。ALSを告知されたときには「あなたって、こういう節目節目で派手なことやるよね」。呼吸困難で意識不明になり、気管切開するかいなかのときも「生きればいいじゃん」。こうして、今をそのまま受け入れたうえで諦めず、告知後も3年間ニャンちゅうを演じ続け、30周年の節目を迎えたのだった。
笑と涙と工夫の記録
割り箸入力による連載記事は2022年10月を最後としている。しかしその後も少しずつ連載は続き、さらに気管切開と胃ろうをしてからも執筆をつづけている。そう、割り箸入力のあとはトレーニングをしていた視線入力を利用し、「目で」書いているのだ。その文字数は60万字にも及んだ。
60万字の原稿を14万字に編集し、大幅に修正のうえ作られるのが『ALSと笑顔で生きる。 声を失った声優の「工夫ファクトリー」』。
「介護をされる人」や「胃ろうや呼吸器をつけた人」からの貴重な体験談でもあるし、声優の講師もつとめてきた津久井さんの「声優のなり方」「声の出し方」のノウハウもある。
津久井さんが全力で残す、これまで生きてきた中での笑いと涙と工夫の記録なのだ。
構成・文/FRaUweb新町真弓