7人に1人、日本に約1700万人いるとされる「境界知能」の人たち。
言語化が苦手、仕事の段取りを覚えられない、行動がワンテンポ遅い、対人関係の距離感が極端、金銭管理ができない、ダマされやすい……困っているのに気づかれなかった人々の実態とは?
注目の新刊『境界知能の人たち』では、当事者を見てきた第一人者の医師が、全体像をわかりやすく解説する。
(本記事は、古荘純一『境界知能の人たち』の一部を抜粋・編集しています)
境界知能の多様なケース
境界知能とは何か、境界知能と知的障害の違いなどがわかったところで、その実態に深く迫っていきましょう。
ここでは、私が臨床現場で経験した境界知能の事例を紹介・解説します(複数の事例の特徴を重ね合わせたうえで、個人情報に変更を加えています。いずれも仮名です)。
境界知能と一口にいっても、実に多様なケースがあります。
取り上げるのは、発達障害との併存、学習困難、いじめの被害、身体不調などさまざまな主訴(病院受診に至った症状や状況)で診察を受け、知的機能や適応状態の観点から、境界知能をふまえた対応・支援が必要であったケースです。しかし実際には、多くの境界知能の潜在層が診察まで至っていないと思われます。
事例には発達障害の診断名や支援に関わる用語も出てきます。
愛着障害と境界知能
母も父もいなくなり……
タイチとダイチは父親が異なるきょうだいです。母方の祖母が2人を養育してきました。母はタイチの出産後ほどなく育児を放棄するようになり、家にも寄り付かない状態で、父親がタイチを引き取って育てていました。
しかし、父も育てるのが難しくなり、妻(タイチの母)の実家にタイチを預けたまま疎遠になり、とうとう行方がわからなくなりました。そのためタイチは母方の祖父母に育てられていました。
3年後にタイチの母が実家に戻ってきました。タイチを育てるためではなく、ダイチを妊娠しており、その父親はだれかわからないということでした。ダイチを出産後、母親は再び実家を出ていき、戻ることはありませんでした。
タイチはそのときにいた母や父のことは記憶にないとのこと。母は1度自宅に戻ったものの、タイチを育てるつもりはまったくないようでした。
祖父からの暴力、耐えられない不安
祖父は、多動で落ち着きのないタイチには、「しつけ」と称して暴力をふるうこともありました。
タイチは小児科では、ADHDと診断されて治療を受けていました。そのときにIQ検査を受け、80という結果でした。
タイチが小学4年生のときに祖父が急死してからは、祖母が1人で養育をしていました。しかし、祖母の言うことを聞かなくなり、学校を休んだり、祖母のお金や物を持ち出したりするなど、小学校高学年から問題行動も目立ってきました。
一方ダイチは、大人しく不安の強い子でした。祖父がタイチを叱って暴力をふるう様子をみておびえていました。
タイチは中学生になると、学校をサボり、繁華街でゲームセンターに入りびたり、そこで窃盗の共犯で補導されました。タイチは医療機関を受診せず、また処方された薬も飲まず、衝動的な行為も増えて、祖母の前でも「学校に行っている」など、しばしばうそをついていました。中学卒業後は高校に進学せず、家に帰らない日が続いています。
弟のダイチは、学校になじめず不登校状態でした。心身の不調を訴えるため、私の外来を受診することに。人見知りが激しく、最初の受診時は、病院に来ても診察室で話をすることの不安に耐えられず診察室に入れない状態でした。
祖母からの問診を行い、その後、祖母が待合室にいるダイチを呼びに行きましたが、診察室に入ることができませんでした。私は待合室に出向いていき、ダイチに「がんばったね。今日はこれで終わり」と声をかけました。ダイチは顔を伏せ視線を合わせることもできませんでした。
2回目も同じ様子でしたが、私と視線を合わせることができました。3回目でようやく診察室に入りました。ただ、ずっと下を向いて、自分から話をすることができませんでした。採血など検査をいくつか提案したものの、「怖いから受けたくない」ということで、無理強いしませんでした。
心理面接とIQの測定を予定しましたが、人見知りの強いダイチの特性を考慮して、最初の数回は、診察室の中で担当心理士に同席してもらいました。結果、IQの数値は75で、境界知能領域でした。
つづく「多くの人が知らない「境界知能」のリアル《仕事や人間関係に自信が持てない》《困難を説明できない》」では、タイチとダイチの「境界知能」が生活にどんな影響を与えているのか、2人の特性が愛着障害によるものなのか境界知能によるものなのかなど掘り下げていく。